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アメリカが「ロシア化」3つのパワーを解放し、世界をリードし続ける

ニューズウィーク日本版 2025年1月29日 14時38分

一田和樹
<トランプのアメリカの再開は、語弊を恐れずに言えば、「アメリカのロシア化」と言ってよい。アメリカは、形勢逆転のためのパワーを手にする>

トランプは就任前からお騒がせな発言をしていたが、就任式当日から26もの大統領令にサインして驚かせた。

さらに違法移民の強制送還が始まり、連邦政府のDEI(多様性、公平性、包摂性)事業関連の職員を即時有給休暇にした。

さらには、国務長官が一部の例外をのぞいて(ウクライナや台湾が例外に含まれるかは不明)対外援助を中止すると発表するなど、びっくりするようなことが続いているので、全体としてなにが起きているのかわからない人も多いと思う。

語弊を恐れずに言えば、アメリカのロシア化と言ってよいと思う。中国にも似ている。

3つのパワーを封じられていたアメリカ

これまで中露などの権威主義国はさまざまな手段で民主主義国陣営に攻撃を仕掛けてきた。

サイバー犯罪グループやNPO(一見まともそうだが、政府の影響下にある)、プロパガンダ・メディア、企業など、国内外のさまざまな組織が政府のプロキシ(隠れ蓑、匿名エージェント)となって活動している。

ロシアにはオリガルヒと呼ばれる政商がおり、中国では中国人民政治協商会議に民間企業が参加している。

その一方で民主主義を標榜している国は、そのようなことはできなかった。

たとえばアメリカやEUのどこかの国が、企業に命じて他国へのサイバー攻撃を実施したことがばれたら大スキャンダルになる。中露にとって、こうした活動が欧米に暴露されるのは、日常茶飯事だ。

そのためアメリカは中露を凌駕する3つのパワーを持っているにもかかわらず使うことができなかった。

1つ目のパワーは「プラットフォーム」だ。

ネットのプラットフォームはアメリカ企業が寡占している。

SNS、クラウドサービスがその典型だ。どちらも世界各国で使用され、それぞれの国の社会、文化、そして産業の基盤のひとつになっている。インフラと言ってもよいだろう。

日本でも多くのサービスがAmazonのAWSやマイクロソフトのAzureを利用している。これまでアメリカ政府はこれらのパワーを活用することはなく、逆に自由競争や社会への悪影響を抑えるために規制していた。民主主義的価値観に則って封じていたのだ。

2つの目のパワーは、「反主流派の力」だ。

陰謀論、白人至上主義、極右などの反主流派はアメリカから海外に広まっている。

混乱を輸出しているようなもので、もしアメリカでなくロシアだったら、世界中から非難されていただろう。

中露は各国の反主流派を扇動し、活性化させることに躍起になっているが、アメリカは実態として中露以上に世界各国の反主流派を取り込んでいるのだ。

たとえば2022年にドイツでクーデター未遂事件を起こしたグループはQAnonの影響を受けていた(ドイツはQAnon信者数世界第2位)。アメリカの白人至上主義グループは世界各地に活動を広げている。

だが、これまでアメリカ政府は非民主主義的な反主流派を規制し、抑制してきた。トランプは数少ない扇動者であり、彼らの力を意図的に利用することに成功した政治家と言える。

余談になるが、民主主義国で反主流派の影響力が高まっているのは、格差の拡大と富裕層の権力の集中が影響している。

たった10%の富裕層が世界の全資産の76%を保有しており、世界人口の半分は2%しか保有していない。さらにほとんどの政党はこうした貧困層を支持母体としなくなった。

不可視化された層が増加し、反主流派となり、近年それを支持母体とする政治家やインフルエンサーが台頭した。

コロナ禍において、反主流派が反ワクチンなどの陰謀論を投稿し、それを中露が拡散、テック・オリガルヒがアルゴリズムで露出を増やし、広告報酬を支払うことで反主流派、修正民主主義、テック・オリガルヒが結びつき、急速に反主流派は力をつけた。

3つ目のパワーは「グローバルサウスあるいは権威主義国の力」だ。

これまでアメリカは民主主義的価値観に沿って行動していた。人権の擁護や公平性、透明性を持たない国とは貿易せず、場合によっては制裁措置を行ってきた。

中露は逆に、民主主義的価値観を押しつけない大国としてグローバルサウスに食い込んでいった。トランプが当選した時、European Council on Foreign Relations (ECFR)が行った調査によれば、グローバルサウスにおけるトランプ人気はきわめて高かった。

出典:European Council on Foreign Relations (ECFR) 「Alone in a Trumpian world: The EU and global public opinion after the US elections」

グラフをご覧いただくとわかるように自分の国にとっても、世界平和にとってもトランプは期待できると答えている。グローバルサウスはトランプに期待しているのだ。

ロシア化で3つのパワーを解放し、世界のリーダー(のひとつ)となる

これまでアメリカは国際秩序を体現する国家として行動してきた。

これまでの国際秩序とは、民主主義を規範としたものだ。しかし、すでに世界の人口と国の数では非民主主義国の方が多いのが現実だ。アメリカが非民主主義国になれば日本などの同盟国も追随するだろう。

表だって非民主主義を標榜せず、表向き民主主義を標榜しながら実際はそうではないロシアやインドのような修正民主主義国家(illiberalism、民主主義のように見せかけながら実質は非民主主義)へ移行する可能性が高い。

民主主義国から独裁制への移行はハードルが高いが、修正民主主義への移行はグラデーションで抵抗が少なく、そもそもどこまでを民主主義とするかは議論がある。

アメリカとその同盟国の一部が加われば、人口や国の数だけでなく、非民主主義はGDPでも民主主義を凌駕する。より具体的に言えば、EU以外はほとんど非民主主義化すると言ってよいだろう。

かつてアメリカは多くの国の民主化を主導したが、今回はその逆をやるわけだ。前掲のECFRのレポートでもEUの孤立化を指摘していた。

「現代の全領域の戦いでは民主主義陣営は不利なため衰退している。ならば敵陣営を乗っ取ればいい」、という発想をしたのかはわからないが、アメリカはテック・オリガルヒ、反主流派、グローバルサウスを取り込んで再び世界のリーダーとなりそうだ(単一ではなく中国などと並んで)。

ロシアを越えるロシアになることとも言える。

もともと反主流派は第一次トランプ政権時からトランプを支持してきた。

就任式にテック・オリガルヒであるX、Meta、Amazon、アップル、グーグル、TikTokのバイトダンスのCEOが揃い踏みし、グローバルサウスがトランプを歓迎したことで、アメリカは、形勢逆転のためのパワーを手にした。ロシア化は順調に進んでいる。

トランプ政権は、反主流派に実質的な「選択的法執行」の特典を与え、テック・オリガルヒには規制緩和などの恩恵を与え、グローバルサウスには貿易や支援などの恩恵を与える。

「選択的法執行」とは、相手によって法の執行を行ったり、行わなかったりすることである。トランプは就任式の大統領令のひとつで、2021年1月6日トランプが落選した選挙を不正として連邦議事堂を襲撃して収監されている暴徒に恩赦を与えた。この暴動では死者まで出ていた。

アメリカではトランプのためであれば犯罪をおかしても恩赦されることを示した。

トランプとイーロン・マスクは大幅な予算削減を行う。

これによって、各種規制を行う体制は崩壊し、事業の自由度が増す。

民主主義的価値観の重要性が薄れたおかげで、これまで抑制されてきたテック・オリガルヒによる社会監視、統制システムの開発・販売が可能になる。過去に中国やイスラエルへの監視システム導入を邪魔されたグーグルは喜ぶだろう。

かつてのネット黎明期のようにプライバシーなどの人権への配慮なしにビジネスを広げられる。多大な人命のリスクや人権侵害を孕んだ脳インプラントや宇宙開発ビジネスのパイオニアには貴重なチャンスとなる。

瓦解するEU

残された民主主義国は実質的にEUのみと言っても過言ではない。少なくとも国際的な発言力、影響力があるのはEUのみだ。

EUが修正民主主義化すれば世界は修正民主主義に覆われることになる。残念ながら、このままだと、それも時間の問題だ。中露がEUにデジタル影響工作などの干渉を行い、イーロン・マスクがEU内の極右政党を煽っている状況で持ちこたえるのは難しい。

EUの多くの国ではすでに国内の反主流派の台頭が著しい。非民主主義化した方が国際関係が円滑になり、経済的にも有利であるとなれば国民の判断も揺れるだろう。

その試金石となるのが2025年2月に行われるドイツの総選挙だ。イーロン・マスクが「ドイツを救えるのはAfDだけだ」と、極右政党をプッシュしているのは有名だ。

つい先日、イーロン・マスクはドイツのAfDの党首とXのスペースで会談して話題になった。

ドイツで極右政党が躍進すればドイツの修正民主主義化は進む。さらにEUを脱退するようなことになればEUは瓦解し、EUの持っているパワーは失われ、相対的に非民主主義化したアメリカの影響力が増す。

バラエティ豊富な修正民主主義

ただ、修正民主主義といっても、それぞれの国でかなり異なる。アメリカが推進してきた民主主義はある意味画一的で価値観の押しつけが強かった、各国の文化に合わせたアレンジができる修正民主主義は自由度が高い。

アメリカが修正民主主義化した時、日本の修正民主主義化も避けられないかもしれない。その姿はいまだ見えていない。

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