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「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由

ニューズウィーク日本版 2025年1月29日 14時30分

冷泉彰彦
<一時は米AI関連株が一斉に売られるパニックの様相を呈したが、その衝撃はすぐに収まった>

中国のAIベンチャー「DeepSeek」は1月20日に低コストで比較的高性能のAIモデルをアメリカで発表しました。当初は、その性能を疑問視する声もあったのですが、アップルのアプリストアでは、一気にダウンロード数全米1位となりました。そして、多くのユーザーが試用したところ、特にその経済性が画期的なことが明らかとなったのです。

その結果、1週間後の27日には米国市場ではAIに関連した株が一斉に売られ、特にAIの処理に必要なGPU大手であるエヌビディアの株価は、一時17%下落しました。瞬間的ではありますが、時価総額に換算すると6000億ドル(約93兆円)が吹っ飛んだというニュースまで流れました。エヌビディアの場合、1株が140~150ドルの水準で推移していたのが、ザラ場では一気に114ドルまで暴落したのですから大変です。

27日の市場は大荒れであったばかりではなく、AIの開発においてアメリカは中国に負けたという声も聞かれました。これは人工衛星を周回軌道に乗せるのに、ソ連に先行された1957年の状況と同じであり、「AIにおけるスプートニク・ショック」だとも言われたのです。

エヌビディアの場合は、DeepSeekの実現した経済性の高いAIが技術のブレークスルーを達成したということは、高価な高性能GPUが必ずしも必要なくなったのでは、という理由で株が激しく売られたのでした。また、米政府としては、エヌビディアの高性能GPUについては、中国向けには禁輸をしていました。その逆境を逆手に取って、DeepSeekは高性能GPUを必要としないAIモデルを開発したという皮肉なストーリーも語られています。

AI関連株の暴落は回避された

では、このままNY市場は暴落が続いたのかというと、翌日28日の市場は落ち着いていました。前日に下げたエヌビディア株にも終日にわたって買い注文が入り、9%アップとなっています。では、どうして暴落は回避されたのか、そこには5つの要因があったと考えられます。

1点目は、アメリカ側があっさり敗北を認めたことです。AI開発に必死になって巨額の投資をしていたシリコンバレー各社は、DeepSeekのテクノロジの優位性を認めています。また、一時期懸念されていた禁輸のはずの米国製(実際の製造はTSMCですが)の高性能GPUが密輸されていたという疑惑も事実ではないことが明らかとなりました。何かにつけて「もう1つの真実」を語りたがるトランプ大統領も、「アメリカも負けてはいられない」と発言。要するにDeepSeekの優位性を認めたのです。

2点目は、DeepSeekのテクノロジーが基本的にガラス張りだということです。つまり、主要なテクノロジに関する論文やデータが公開されているのです。DeepSeekの姿勢としては、その方が集合知、つまり世界中の学者やエンジニアが参加することで、技術の改良と欠陥の是正ができたとしています。

ということは、別に国別の競争に負けたということではなく、オープンな開発思想が、何でも自前でやって囲い込む開発姿勢に勝ったのだという認識が浸透しています。別にアメリカが負けたわけではないというわけです。

3点目は、シリコンバレーには反撃の戦略があるということです。DeepSeekに負けたので、猛烈なカネを使って巻き返すとか、追いつかねばならないという発想はありません。とにかくDeepSeekの技術はオープンなので、誰でも使っていいのです。ですから、各社とも猛烈なスピードで事業計画の書き換えに走っています。つまり、自分たちはDeepSeekに対抗するのではなく、その成果を取り込みながら、AIを実際に利用するインプリケーションの部分に資源を投入すればいい、各社はそのように戦略を組み替えつつあるのです。

そんな中で、アップル社の姿勢が注目されています。GAFAMの中でアップルはAI戦略に遅れを取っているとされてきました。自前のテクノロジは弱く、ChatGPTにかなりを依存する中で、iPhoneなどに搭載された「アップル・インテリジェンス」の評判はあまり良くありません。ですが、DeepSeekの登場により、遅れていたアップルも先行していた他社と「同じスタートライン」に立てたと言われています。28日のアップル株の上昇にはそうした見方が反映しているようです。

4点目はエヌビディアの戦略です。確かにDeepSeekの成功により、高性能GPUを必要としない形で高性能なAIが実現できることが証明されました。ですが、それはエヌビディアの将来が暗転したことにはなりません。DeepSeekのテクノロジーを利用すれば、簡単にAIの性能は確保できるわけで、その先のAIの利用にどんどん進むことができるわけです。そうなればAIによる高性能半導体の需要は落ち込むどころかかえって拡大する可能性はあるというわけです。

そのような声明をエヌビディアは明らかにしていますが、これは決して強がりではないと思われます。シリコンバレー各社が「DeepSeekの達成を前提条件にして」新しい技術開発に突っ走ろうとしている中では、市場はそのストーリーを信じたのです。

孫正義、アルトマンらのAI事業は......

5点目は、政治課題化がほぼ避けられたということです。DeepSeekは中国の会社ですから、政治的にセンシティブなキーワードを入れると回答を返してきません。また、そうした政治的にセンシティブな問題を意図的に取り上げて、利用環境を乱す動きは、サイバー攻撃とみなして摘発するとしています。ですが、現在のアメリカの政財界は、そうしたDeepSeekの姿勢を政治的に批判することは控えています。

現時点では、DeepSeekは、中国の国コード「+86」から始まる携帯電話がないと新規の利用者登録はできなくなっています。これは、この種の干渉を防止するということと、恐らくはアクセスが殺到しているので、リソースの拡大に時間がかかっているのだと思われています。アメリカ側はこうした点についても冷静であり、寛容です。

というわけで、27日に起きたパニックは1日で沈静化しました。AIの開発競争に関しては、全体的な景色は一変しましたが、シリコンバレーはヤル気満々です。但し、ソフトバンクの孫正義氏、オラクルのラリー・エリソン氏、ChatGPTのサム・アルトマン氏の3人が提案している5000億ドル(約78兆円)の投資計画は、少し話が別になります。電源などのインフラ投資を含むこの計画については、10倍近い高効率を達成した「DeepSeek後の世界」では、前提条件からの見直しが必要という声が上がっているからです。

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