内藤裕二(京都府立医科大学大学院医学研究科 生体免疫栄養学講座 教授)
<健康長寿の秘訣は「腸内細菌」にあった...。アッカーマンシア菌とは? 食事性炎症指数(DII)の低い「炎症抑制食品」とは?>
脳、がん、肥満、メタボ、長寿、免疫、老化、便秘...。すべては腸内細菌に関係があった。
腸内研究の第一人者である内藤裕二・京都府立医科大学教授による話題書『健康の土台をつくる 腸内細菌の科学』(日経BP)より第4章「長寿と老化に関係する腸内細菌」を一部抜粋。
◇ ◇ ◇
ピロリ菌の種類も違う? 沖縄エリアの腸内細菌はほかとは違う「欧米型」
残念なことに、この欧米で話題になっているアッカーマンシア菌は現代の日本人の腸にはほとんどいません。もともとはいたのに、食生活などの変化でいなくなったのか、もともといなかったのかはわかりません。
ですが、沖縄県大宜味村(おおぎみそん)で行われた調査から、沖縄の人の腸にはアッカーマンシア菌がいることが確認されています。
近年、沖縄では肥満やメタボリックシンドローム、生活習慣病が増加していますが、もともとは長寿者の多い地域として有名で、今でも、大宜味村は「ブルーゾーン」と呼ばれる世界の6つの長寿地域のひとつです。
沖縄の人の腸内細菌は、アッカーマンシア以外にも国内のほかの地域とは異なる特徴が見られます。たとえば、沖縄の人の胃にいるピロリ菌は、本州の人のピロリ菌とは遺伝子が異なります。
『健康の土台をつくる 腸内細菌の科学』(日経BP) 101頁より
日本人の場合、胃がんの患者さんの99%にピロリ菌が関与しているとされていますが、実はピロリ菌にも種類があり、ある特定のたんぱく質CagA(カグエー)を作るタイプだと、胃がんの発生リスクは10倍にも跳ね上がることが報告されています。
CagAはピロリ菌以外の菌では見つかっていない特殊なタンパク質で、胃粘膜表面に接着したピロリ菌がこのタンパク質を粘膜上皮細胞に注入することで、炎症や細胞のがん化が生じます。
日本の中でも沖縄以外の人が感染しているのはほとんどがこのタンパク質をつくる菌株ですが、沖縄の人の胃の中にいるのは、欧米でよく見られるCagAを持たない毒性が低い菌株です。実際、沖縄では胃がんの発生率は低いのです。
腸内細菌が出産時に母親から子どもへと代々引き継がれていくことを考えると、ピロリ菌のタイプが欧米型で、かつアッカーマンシア菌を持っているということは、沖縄の人の腸内細菌のルーツはどこかで欧米の腸内細菌タイプのルーツと重なっているのかもしれません。
長寿の腸内細菌には食事が重要? 注目が集まる「地中海食」
では、長寿につながる腸内細菌叢をつくる食事というのはどういうものなのでしょう。
腸内細菌と食事に関する研究は、日本より欧米のほうが進んでいます。長寿や健康、腸内細菌にいい食事というエビデンスが最も多いのは「地中海食」です。
地中海食とは、トマトやオリーブオイル、魚介類などを多く食べる地中海沿岸地域の伝統的な食事のことで、ヨーロッパの研究グループによって、これまでに肥満や糖尿病、高血圧などの生活習慣病の予防・改善や、心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患の予防に有用ということが明らかになっています。
すでに地中海食の介入試験により、加齢による心身の衰えである「フレイル」が予防可能であり、そのメカニズムに炎症抑制と腸内細菌叢の変化が関わることも明らかにされています[*]
その試験では、欧州5カ国で612人の高齢者(65〜79歳)を対象に、12カ月間の食事介入試験が実施されています。
対象者の半数を地中海食、残りの半数には通常の食事を継続してもらい、試験開始前と終了後の腸内細菌叢の変化およびフレイルの程度が評価されました。その結果、地中海食の継続と特定の微生物叢の変化の関連が確認されたそうです。
『健康の土台をつくる 腸内細菌の科学』(日経BP) 105頁より イラスト/二階堂ちはる
地中海食はフレイルや認知機能の改善と正の相関があり、炎症や組織の破壊が起きているときに増えるタンパク質や、炎症を促進する生理活性物質IL-17などの炎症マーカーと負の相関が見られています。また、腸内細菌叢は地中海食により短鎖脂肪酸産生菌(短鎖脂肪酸をつくる菌)が増えていました。
一方、米国では大腸がんが多いため、がん予防のために何を食べたらいいかという視点から腸内細菌やその代謝物の研究が進められました。その結果、炎症を防ぐポリフェノールや魚油などの抗酸化成分を多く含む食材など、食事性炎症指数(DII:dietary inflammatory index)の低い「炎症抑制食品」がいいという結論に行きついています。
抗酸化成分が腸内の活性酸素などを除去することで、腸内細菌バランスが改善し、腸そのものも元気になるという考えのようです。
確かに、お茶に含まれるカテキンや、ブルーベリーなどに含まれるアントシアニンなどのポリフェノールを多くとるとアッカーマンシア菌が増えるという研究もあります。
ただ、米国風の食生活がベースとなっているせいか、炎症抑制食品の中にはピザやビールなど、医師としては少し疑問に思う食品も含まれています。実際にどれくらい有効なのかは今後の研究に期待するところです。
【参考文献】
[*]Mediterranean diet intervention alters the gut microbiome in older people reducing frailty and improving health status: the NU-AGE 1-year dietary intervention across five European countries.Gut 2020, 69: 1218-1228.
内藤裕二(Yuji Naito)
京都府立医科大学大学院医学研究科 生体免疫栄養学講座 教授
京都府立医科大学卒業。米国ルイジアナ州立大学医学部分子細胞生理学教室客員教授、京都府立医科大学大学院医学研究科消化器内科学教室准教授、および同附属病院内視鏡・超音波診療部部長などを経て、2021年4月より現職。腸内細菌学、抗加齢医学、消化器病学を専門とする。2023年、胃腸の機能低下と病気のリスクとの関連について研究する「日本ガットフレイル会議」を発足。医師向けの『すべての臨床医が知っておきたい腸内細菌叢』(羊土社)のほか、一般向けの著書多数。
『健康の土台をつくる 腸内細菌の科学』
内藤裕二[著]
日経BP[刊]
(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)
<健康長寿の秘訣は「腸内細菌」にあった...。アッカーマンシア菌とは? 食事性炎症指数(DII)の低い「炎症抑制食品」とは?>
脳、がん、肥満、メタボ、長寿、免疫、老化、便秘...。すべては腸内細菌に関係があった。
腸内研究の第一人者である内藤裕二・京都府立医科大学教授による話題書『健康の土台をつくる 腸内細菌の科学』(日経BP)より第4章「長寿と老化に関係する腸内細菌」を一部抜粋。
◇ ◇ ◇
ピロリ菌の種類も違う? 沖縄エリアの腸内細菌はほかとは違う「欧米型」
残念なことに、この欧米で話題になっているアッカーマンシア菌は現代の日本人の腸にはほとんどいません。もともとはいたのに、食生活などの変化でいなくなったのか、もともといなかったのかはわかりません。
ですが、沖縄県大宜味村(おおぎみそん)で行われた調査から、沖縄の人の腸にはアッカーマンシア菌がいることが確認されています。
近年、沖縄では肥満やメタボリックシンドローム、生活習慣病が増加していますが、もともとは長寿者の多い地域として有名で、今でも、大宜味村は「ブルーゾーン」と呼ばれる世界の6つの長寿地域のひとつです。
沖縄の人の腸内細菌は、アッカーマンシア以外にも国内のほかの地域とは異なる特徴が見られます。たとえば、沖縄の人の胃にいるピロリ菌は、本州の人のピロリ菌とは遺伝子が異なります。
『健康の土台をつくる 腸内細菌の科学』(日経BP) 101頁より
日本人の場合、胃がんの患者さんの99%にピロリ菌が関与しているとされていますが、実はピロリ菌にも種類があり、ある特定のたんぱく質CagA(カグエー)を作るタイプだと、胃がんの発生リスクは10倍にも跳ね上がることが報告されています。
CagAはピロリ菌以外の菌では見つかっていない特殊なタンパク質で、胃粘膜表面に接着したピロリ菌がこのタンパク質を粘膜上皮細胞に注入することで、炎症や細胞のがん化が生じます。
日本の中でも沖縄以外の人が感染しているのはほとんどがこのタンパク質をつくる菌株ですが、沖縄の人の胃の中にいるのは、欧米でよく見られるCagAを持たない毒性が低い菌株です。実際、沖縄では胃がんの発生率は低いのです。
腸内細菌が出産時に母親から子どもへと代々引き継がれていくことを考えると、ピロリ菌のタイプが欧米型で、かつアッカーマンシア菌を持っているということは、沖縄の人の腸内細菌のルーツはどこかで欧米の腸内細菌タイプのルーツと重なっているのかもしれません。
長寿の腸内細菌には食事が重要? 注目が集まる「地中海食」
では、長寿につながる腸内細菌叢をつくる食事というのはどういうものなのでしょう。
腸内細菌と食事に関する研究は、日本より欧米のほうが進んでいます。長寿や健康、腸内細菌にいい食事というエビデンスが最も多いのは「地中海食」です。
地中海食とは、トマトやオリーブオイル、魚介類などを多く食べる地中海沿岸地域の伝統的な食事のことで、ヨーロッパの研究グループによって、これまでに肥満や糖尿病、高血圧などの生活習慣病の予防・改善や、心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患の予防に有用ということが明らかになっています。
すでに地中海食の介入試験により、加齢による心身の衰えである「フレイル」が予防可能であり、そのメカニズムに炎症抑制と腸内細菌叢の変化が関わることも明らかにされています[*]
その試験では、欧州5カ国で612人の高齢者(65〜79歳)を対象に、12カ月間の食事介入試験が実施されています。
対象者の半数を地中海食、残りの半数には通常の食事を継続してもらい、試験開始前と終了後の腸内細菌叢の変化およびフレイルの程度が評価されました。その結果、地中海食の継続と特定の微生物叢の変化の関連が確認されたそうです。
『健康の土台をつくる 腸内細菌の科学』(日経BP) 105頁より イラスト/二階堂ちはる
地中海食はフレイルや認知機能の改善と正の相関があり、炎症や組織の破壊が起きているときに増えるタンパク質や、炎症を促進する生理活性物質IL-17などの炎症マーカーと負の相関が見られています。また、腸内細菌叢は地中海食により短鎖脂肪酸産生菌(短鎖脂肪酸をつくる菌)が増えていました。
一方、米国では大腸がんが多いため、がん予防のために何を食べたらいいかという視点から腸内細菌やその代謝物の研究が進められました。その結果、炎症を防ぐポリフェノールや魚油などの抗酸化成分を多く含む食材など、食事性炎症指数(DII:dietary inflammatory index)の低い「炎症抑制食品」がいいという結論に行きついています。
抗酸化成分が腸内の活性酸素などを除去することで、腸内細菌バランスが改善し、腸そのものも元気になるという考えのようです。
確かに、お茶に含まれるカテキンや、ブルーベリーなどに含まれるアントシアニンなどのポリフェノールを多くとるとアッカーマンシア菌が増えるという研究もあります。
ただ、米国風の食生活がベースとなっているせいか、炎症抑制食品の中にはピザやビールなど、医師としては少し疑問に思う食品も含まれています。実際にどれくらい有効なのかは今後の研究に期待するところです。
【参考文献】
[*]Mediterranean diet intervention alters the gut microbiome in older people reducing frailty and improving health status: the NU-AGE 1-year dietary intervention across five European countries.Gut 2020, 69: 1218-1228.
内藤裕二(Yuji Naito)
京都府立医科大学大学院医学研究科 生体免疫栄養学講座 教授
京都府立医科大学卒業。米国ルイジアナ州立大学医学部分子細胞生理学教室客員教授、京都府立医科大学大学院医学研究科消化器内科学教室准教授、および同附属病院内視鏡・超音波診療部部長などを経て、2021年4月より現職。腸内細菌学、抗加齢医学、消化器病学を専門とする。2023年、胃腸の機能低下と病気のリスクとの関連について研究する「日本ガットフレイル会議」を発足。医師向けの『すべての臨床医が知っておきたい腸内細菌叢』(羊土社)のほか、一般向けの著書多数。
『健康の土台をつくる 腸内細菌の科学』
内藤裕二[著]
日経BP[刊]
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