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ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「一帯一路」の真実

ニューズウィーク日本版 2025年1月29日 19時45分

梶谷 懐(神戸大学大学院経済学研究科教授)、高口康太(ジャーナリスト、千葉大学客員教授)
<「一帯一路」は実は外交的野心ではなく、中国国内の「供給サイドの改革」とほぼ同時期に打ち出された経済政策だった。ではなぜ、長く続かなかったのか>

*本稿は、『幸福な監視国家・中国』で知られる気鋭の経済学者とジャーナリストが、世界を翻弄する中国の「宿痾」を解き明かした新刊『ピークアウトする中国――「殺到する経済」と「合理的バブル」の限界』(文春新書)より、一部を抜粋、加筆・編集したものです。

◇ ◇ ◇

中国の一帯一路政策は有名だ。アジアとヨーロッパを陸路と海上航路でつなぐルートを作り、貿易を活発化させて経済成長を目指すという構想だが、国際的地位と軍事的プレゼンスの向上という中国の野心のあらわれとして解釈されることも多い。だが実際には、当初から生産能力過剰を抱える中国国内の経済対策という側面が強かった。

中国は強大すぎるインフラ建設能力を持つ。空港や港、高速道路、そして不動産と中国国内に作りまくってきた。それが必要だった間はいいのだが、もう十分だ、これ以上作っても無駄になるだけとなると困ったことになる。

海外への輸出は一つの解決策だが、急拡大させれば貿易摩擦につながる。そこで貿易摩擦を生み出さない海外での需要創出策として考案されたのが、「一帯一路」に代表される積極的な対外援助であった。

途上国を使った過剰生産の解消手段

中国政府は、経済が「新常態(ニューノーマル)」と呼ばれる安定的な成長段階に入ったと主張するようになった。その対応として、市場メカニズムを重視した改革の継続、投資に過度に依存した成長路線からの転換、いわゆる「供給サイドの改革」がさかんに説かれるようになった。

中国国内では消費しきれない過剰な生産物は海外に輸出する必要がある。だが、先進国に輸出すると貿易摩擦が起きる。新興国、途上国向けならば問題はないが、彼らには金がない。そこで中国が融資して、その資金で中国のインフラ建設プロジェクトを行うという方策が編み出された。これが「一帯一路」だ。「供給サイドの改革」と「一帯一路」がほぼ同時期に打ち出されたのは偶然ではない。

中国は生産力が過剰なだけではなく、資金も余っていた。中国国民は消費に消極的で貯蓄率が高い。この貯蓄が中国国内の投資に向かえば、さらに生産力が高まり、いびつな経済バランスは解消されない。投資依存の成長路線から脱却するためには、このマネーを国内ではなく、海外への投資に振り向ける必要があった。

興味深い実証研究がある。ハイデルベルグ大学教授のアクセル・ドレハーらの研究グループは、2000年から2014年にかけての中国の途上国支援をデータベースとし、どのような要因が援助額に影響を与えているかを分析している。その結果、鉄鋼やアルミ、セメントなどといった生産財の過剰生産、そして外貨準備額の増加が、対外資金援助額の増加と相関していることが明らかとなった。

すなわち、外交的野心ではなく、過剰な国内資本や外貨準備を海外に「逃がし」、生産能力の過剰を緩和することが一帯一路に代表される対外資金援助の狙いであると裏付けられたのだ。

しかし、対外資金援助攻勢を通じて新興国の成長を促す、という意味での一帯一路構想は、長くは続かなかった。

大判ぶるまいから借金取りへ

『ピークアウトする中国――「殺到する経済」と「合理的バブル」の限界』より

上図は中国から新興国への「純資金フロー」の推移を示している。活発に行われていた援助は2016年をピークに減少し、2019年以降はむしろマイナス基調に転じている。つまり、新たに融資する額よりも償還する額が上回ったことを意味している。

金を貸すフェイズから回収するフェイズに入ったわけだ。中国国内のありあまる資金をなりふり構わず新興国・途上国に振り向けるという一帯一路のイメージは、かなり早い段階で実態とかけ離れていた。

なぜ、中国は「内向き」に転じたのだろうか。3つの要因が挙げられる。

(1)元高から元安へ
一帯一路が提起された2010年代前半は人民元高基調だった為替レートが、現在では元安に振れているためだ。一時は1ドル=6元を割り込む寸前まで元高が進んだが、現在(2024年12月)は7元強にまでレートは戻った。

人民元は長期的に元高に進んでいくという期待から、世界の資金が中国に流れ込み、投資マネーの過剰が生まれていたのだが、この状況はもう終わっている。むしろ米ドルの上昇期待が高まっている状況だ。対外経済援助は通常、ドル建てで行われる。ドル高に振れれば、中国のコストも、被援助国の返済ハードルも上がってしまう。

(2)債務不履行リスク
発展途上国の債務不履行リスクだ。世界銀行エコノミストのセバスチャン・ホーンらによると、中国の対外融資のうち、債務危機にある高リスク国への比率は、2010年の約5%から約10年間で60%にまで増加したという。

国家開発銀行や輸出入銀行などの中国政府系金融機関が主に融資を担当しているが、十分な調査が行われてこなかったため、返済が滞るリスクが高い。返せる見込みのない、リスクある相手にも中国は大胆に金を貸す。

返済できないほどの融資を行って、相手国をいいなりにする「債務の罠」だなどと言われることが多いが、むしろ、調査がずさんだったために、リスクある相手に融資してしまったというのが現実に近い。

(3)ウクライナ戦争
ウクライナ戦争の影響だ。開戦後、欧米諸国はロシアの海外資産を凍結したが、これは中国にとっても衝撃的な事態であった。

元中国人民銀行政策委員で経済学者の余永定は、ロシアに対する金融制裁を念頭に、中国が抱える多額の外貨準備が新たなリスク要因になると指摘している。米国が中国のドル建て資産を凍結すれば、ロシアと同じ苦境におちいりかねない。

金融システムの改革によってその脆弱性を減らすこと、為替レートにできるだけ柔軟性を持たせること、国境を越えた資本移動の規模を縮小すること、さらに米国債の保有比率を減らし、債務のコスト構造を見直すことで、海外資産・負債の構造を調整し、外貨準備の規模を縮小していくことを、余は提言している。

また、前述のホーンらも、ウクライナ戦争が中国の対外融資に大きな障害をもたらすと指摘している。中国の政府系金融機関がロシアとウクライナ、およびベラルーシに対して行っている融資額は大きい。

中国の国有銀行は2000年以降、エネルギー関連の国有企業を中心に、累積で1250億ドル以上をロシアに融資してきた。ウクライナに対しても農業とインフラプロジェクトを中心に70億ドルほど、さらにベラルーシに対しても80億ドルほど融資している。

この3カ国への融資を合計すると、過去20年間の中国の海外向け融資の20%近くを占めるという。戦争のようなアクシデントがおきれば、これだけの融資が一気に回収できなくなるリスクがあると、ウクライナ戦争によって現実を突きつけられたのだった。

さらに中国の高齢化も貯蓄率低下の要因となる。若い間は貯蓄し、年をとるとそれを取り崩すというサイクルは世界中どの国でも共通している。みなが消費せずに貯蓄するので投資マネーが過剰になる、という図式が従来あったが、高齢化によってそれが崩れつつあるわけだ。

かくして、中国の金を貸して中国の輸出を増やすという初期一帯一路の図式は崩れた。では、後期の一帯一路、すなわち金欠となった一帯一路はどのような狙いを持つのだろうか。

*続きはこちら→今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望している理由

参考文献:
Dreher, Axel, Andreas Fuchs, Bradley Parks, Austin Strange and Michael J. Tierney. 2021. "Aid, China, and Growth: Evidence from a New Global Development Finance Dataset." American Economic Journal: Economic Policy 13(2): 135─74.

『ピークアウトする中国――「殺到する経済」と「合理的バブル」の限界』
 梶谷 懐、高口康太 著
 文春新書

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[筆者]
梶谷 懐(かじたに・かい)
1970年、大阪府生まれ、神戸大学大学院経済学研究科教授。神戸大学経済学部卒業後、中国人民大学に留学(財政金融学院)、2001年に神戸大学大学院法学研究科博士課程修了(経済学)、神戸学院大学経済学部準教授などを経て、2014年より現職。著書に『中国籍済講義』(中公新書)など。

高口康太(たかぐち・こうた)
1976年、千集県生まれ、ジャーナリスト。千葉大学客員教授。千重大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国経済、中国企業、在日中国人社会を中心に各種メディアに寄稿。著書に『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、 『中国「コロナ封じ」の虚実』(中公新書ラクレ)など。



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