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今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望している理由

ニューズウィーク日本版 2025年1月30日 6時45分

梶谷 懐(神戸大学大学院経済学研究科教授)、高口康太(ジャーナリスト、千葉大学客員教授)
<初期の一帯一路は失敗したが、金欠となった後も、中国の「国内経済事情」から継続されている。「質の高い発展」を掲げた対外政策はなぜ魅力を失ったか>

*本稿は、『幸福な監視国家・中国』で知られる気鋭の経済学者とジャーナリストが、世界を翻弄する中国の「宿痾」を解き明かした新刊『ピークアウトする中国――「殺到する経済」と「合理的バブル」の限界』(文春新書)より、一部を抜粋、加筆・編集したものです。

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前回の記事では、初期一帯一路とは、過剰な生産能力とマネーのはけ口として途上国を支援する構想を持っていたこと、そしてそれが中国の資本過剰が解消されたことによって数年で頓挫したことを述べた。

*前回の記事→ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「一帯一路」の真実

だが、その後も一帯一路は続いている。以前とは異なる、いわば「一帯一路2.0」はどのようなものに変貌しているのか。

「一帯一路2・0」への転換

「内向き」に転じた2019年頃から、習近平国家主席は一帯一路について新たな方向性を打ち出すようになる。それが「質の高い発展」への転換だ。

「質の高い発展」が具体的に何を意味するのかは判然としなかったが、2023年10月開催の第3回一帯一路国際協力サミット・フォーラムでようやくわかった。日本総研エコノミストの佐野淳也らによれば、一帯一路の方向性は徐々に変化してきたが、このサミット・フォーラムで公式に表明されたという。

サミット・フォーラムでは、グリーン投資やイノベーションといった「質」重視の姿勢への転換が打ち出された。習近平国家主席は、一帯一路に関する八つの行動計画を発表。電子商取引試験区の設置、職業教育、環境問題、人工知能(AI)、汚職防止といったソフト面の取り組み目標が多く掲げられた。

中国の資材と資金で途上国・新興国にインフラを建設するという「一帯一路1.0」から、中国製品・サービスの輸出と中国式統治ノウハウの伝授という「一帯一路2.0」への転換が鮮明に示されている。

グリーン・マーシャル・プランの可能性

また、一帯一路にかかわる企業の顔ぶれも変化した。「一帯一路1.0」の主要プレイヤーは融資を担当する国有銀行であり、大型インフラ建設を受注する国有企業であった。

2.0では民間企業が主役だ。今後、注目されるのはEV(電気自動車)、太陽光パネル、車載バッテリーといったグリーン製品の途上国・新興国への輸出がどれほど活発化するかだろう。

中国は今や世界最大のグリーン製品製造国だ。中国一国で全世界の必要量をすべてまかなうほどの生産力がある。しかし、先進国は自国産業を守るためにも、すべてを中国からの輸入でまかなうわけにはいかない。強く反発するだろう。米国や欧州が中国のEVを排除する動きを強めていることはその一例だ。

ならば、途上国・新興国に輸出すればいいという発想も当然だ。北京大学教授の黄益平は、発展途上国に融資し、その資金で中国のグリーン製品を輸出させるという中国版「グリーン・マーシャル・プラン」を提案している。

第二次世界大戦後、米国は欧州諸国の復興援助計画「マーシャル・プラン」を実施した。これは、共産主義陣営の拡大を防ぐという地政学的目的に加え、欧州との貿易活発化による米国経済振興策という経済的側面もあわせ持っていた。援助資金の多くは米国から物資を買うための代金として使われたのだ。

ただ、現実には中国版グリーン・マーシャル・プランの実現は困難だろう。前回記事で述べたとおり、中国の政府系金融機関による対新興国融資はすでに頭打ちだ。EVや太陽光パネルを購入してもらうための巨額の資金を新たに貸し付けることは難しい。

また、途上国・新興国側としても、脱炭素を進める必要性があるとはいえ、中国のグリーン製品を大々的に輸入することにメリットを感じないだろう。

途上国・新興国の論理

タイの事例は典型だ。中国からタイに輸入されるEV購入にタイ政府から補助金が支給されることとなり、中国EVメーカーは大挙して進出した。ただし、この補助金支給には条件があった。最終的にはタイでの現地生産が義務付けられているのだ。

2026年までにタイでの現地生産を始めた場合には輸入台数の2倍以上、2027年に生産を始める場合は3倍以上の国内生産が義務付けられる。補助金を武器に中国EVメーカーの工場誘致を目指したわけだ。野心あふれる中国企業は果敢に挑戦したが、タイ自動車市場の冷え込みもあり達成が困難な企業が多く、義務化の期限は延長された。

また、中国政府もEV工場の海外展開に対してジレンマに陥っている。中国メーカーの販売台数が増加すること自体は望ましいが、それが生み出す雇用、そしてEVの技術は中国外に流出してしまう。外国政府は現地生産を求めてくるが、中国政府はそれを抑制しようとする。企業は板挟みの立場に置かれるだろう。

また、「質の高い発展」が途上国・新興国にとって魅力的なフレーズかどうかは疑問がある。一帯一路1.0では融資が獲得できるという強烈なメリットがあったが、2.0ではお金がついてこない点が弱い。お付き合い程度には参加しても、たいしてやる気にはならないというのが実情だろう。

金の切れ目が縁の切れ目というが、融資という最大の武器を失った一帯一路は、今や魅力を失っているのだ。

参考文献:
佐野淳也・枩村秀樹(2023)「一帯一路フォーラムから読み解く中国の巨大経済圏構想の行方」『日本総研Viewpoint』2023年13号

『ピークアウトする中国――「殺到する経済」と「合理的バブル」の限界』
 梶谷 懐、高口康太 著
 文春新書

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[筆者]
梶谷 懐(かじたに・かい)
1970年、大阪府生まれ、神戸大学大学院経済学研究科教授。神戸大学経済学部卒業後、中国人民大学に留学(財政金融学院)、2001年に神戸大学大学院法学研究科博士課程修了(経済学)、神戸学院大学経済学部準教授などを経て、2014年より現職。著書に『中国籍済講義』(中公新書)など。

高口康太(たかぐち・こうた)
1976年、千集県生まれ、ジャーナリスト。千葉大学客員教授。千重大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国経済、中国企業、在日中国人社会を中心に各種メディアに寄稿。著書に『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、 『中国「コロナ封じ」の虚実』(中公新書ラクレ)など。



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