シャノン・パワー(エンターテインメント担当)
<終業後、エレベーターのドアが閉まるとき従業員の記憶は「リセット」される──脳に埋め込まれたチップでコントロールされる人々を描くSFスリラーの魅力に迫る(インタビュー)>
人気のドラマシリーズ『セヴェランス(Severance)』(アップルTVプラスで配信中)に出演しているパトリシア・アークエット(Patricia Arquette)は、このSFスリラーが現代の現実を映し出していると考えている。そう思えない人も、1月17日に配信が始まったシーズン2を見たら納得するかもしれない。
【予告編】「完璧なワークライフバランス」?を描くSFスリラー『セヴェランス』
簡単に言うと、これはアメリカのどこにでもあるような街の一見普通のオフィスビルで働く、一見普通のオフィスワーカーの物語だ。彼らは出社して警備員に挨拶し、エレベーターで階下に降りて、低いパーティションで区切られたデスクで8時間、仕事をする。終業後は再びエレベーターに乗って、警備員に挨拶し、殺風景な駐車場に並んだ平凡な車に乗って帰宅する。
ただし、エレベーターのドアが閉まるとき、彼らの記憶はリセットされる。ルーモン・インダストリーズに入社した際に、脳にチップを埋め込んで記憶を分離(セヴェランス)する医療的処置を受けているのだ。
会社での人格(インニー)は、会社の外の人格(アウティー)について何も知らない。オフィスに入ると仕事の記憶しかなく、オフィスを出たら私生活の記憶しかない。別の人格の自分がいて別の生活を送っていることは認識しているが、自分が本当は何者なのかは分からない。
『ズーランダー(Zoolander)』などで知られる俳優ベン・スティラー(Ben Stiller)が制作総指揮に就き、一部のエピソードでは監督も務めた『セヴェランス』は、2022年にシーズン1が配信されると多くの批評家から年間のベスト作品に選ばれた。
制作総指揮として裏方に徹するスティラー(左) ALBERTO E. RODRIGUEZ/GETTY IMAGES
「本当の自分」はどこに
現実の人生も『セヴェランス』の奇妙さとそれほど懸け離れてはいないと、アークエットは感じている。「人は皆、いろいろな顔を持っている。家があって家族がいても、不倫をして恋に落ち、ティーンエージャーのようになる人もいる。一貫性なんてない」
「どんな場面であれ、ありのままの自分でいる」ことはできないと、彼女は続ける。例えば、オンラインゲームの世界では現実の自分と全く異なるアバターが活動する。
「人はそれぞれ自分の世界の中で、職場ではある人格になり、友人や家族といるときは別の人格になったりする。自分を再び1つに統合して、本来の感情を感じ、どこにいても本当の自分でいるためにはどうすればいいのだろう」
ルーモンの従業員が手術を受けた理由はそれぞれだ。主人公のマーク・スカウト(アダム・スコット、Adam Scott)は妻の死を忘れたいと思うあまり入社を決めたが、悲しみを忘れていられるのは仕事中だけだ。
ルーモンが開発した「セヴェランス(分離)」の手法は、完璧なワークライフバランスを見つける解決策とされる。しかしシーズン1で、一部の従業員が疑問を感じ始める。マクロデータ改良部で働くスカウトと彼のチームの同僚は謎を解明しようと格闘するが、自分たちの仕事の本当の意味を突き付けられる。
マクロデータ改良部はどうなるのか JON PACK/APPLE TV+
ルーモンの非道さは事情を探っているスカウトには衝撃的かもしれないが、この会社の奇妙な仕事を見ている視聴者は驚かないだろう。スーツ姿の男性従業員が子ヤギに哺乳瓶でミルクを飲ませていたり、目標達成のご褒美が「5分間の音楽ダンス体験」だったりという具合だ。
ベテラン俳優クリストファー・ウォーケン(Christopher Walken)が演じるバート・グッドマンは光学デザイン部の部長。彼のチームはオフィス内にサブリミナル効果を計算した絵画を飾っている。
アークエットが演じる中間管理職のハーモニー・コベルは、会社のカルト的なやり方に心酔している。従業員の反抗を抑え込む責任者として厳しく管理し、規則に従わない者には激高する。一方、会社の外の生活ではスカウトの隣人であり、特に害もなさそうな年長者として、彼のアウティーの生活に溶け込んで監視している。
冷淡なコベルはポーカーフェースに徹しているが、非常に危険な人物でもあるとアークエットは語る。
会社に忠実な管理職であることに全人生をささげてきたコベルは、シーズン1の終盤でクビになったときから壊れ始める。シーズン2の序盤では、自暴自棄になった彼女が、これまで以上に不穏な行動を取る様子が描かれる。
途方に暮れる会社人間
「コベルは宗教じみた会社にどっぷり洗脳されてきたから、会社から自由になるとはどういうことか分からない」と、アークエットは説明する。
「シーズン1の終わりに(ルーモンについての)大きな暴露がなされ、シーズン2の序盤で、コベルはそれまで対処する必要がなかった問題に直面する。会社が人生の全てだった彼女は、会社から切り離されると、物事をどう考えていいか分からなくなる」
シーズン2ではコベルの内面に大きな変化が起き、「自分の内なる声や直感にもっと従うようになる」と、アークエットはネタばれに注意しつつ教えてくれた。
アークエットは、祖父クリフが人気コメディー俳優で、父ルイスも1970年代に活躍した映画俳優、そしてきょうだいのロザンナ、デービッド、リッチモンド、アレクシスも俳優として知られる芸能一家に生まれ育った(アレクシスは16年に死去)。
10代の頃から俳優活動を始め、映画『トゥルー・ロマンス(True Romance)』(93年)でブレイク。テレビでも05年から主演ドラマ『ミディアム 霊能者アリソン・デュボア(Medium)』を大ヒットさせたほか、『ボードウォーク・エンパイア 欲望の街(Boardwalk Empire)』などの話題作にも出演している。
賞レースでは、15年に映画『6才のボクが、大人になるまで。(Boyhood)』でアカデミー賞助演女優賞に輝いた。また、ゴールデングローブ賞やエミー賞を何度も受賞しており、業界内でもその実力は十分に認められている。
そんなアークエットも、コベル役は「とても難しく」て、俳優人生で最も難しい役の1つだと22年に語っている。
だがコベルになり切る時間が長くなり、コベルのキャラクターが進化するにつれて、考えが変わってきたようだ。1人の視聴者として『セヴェランス』の熱狂的ファンであることも、苦手意識が低下した大きな理由だと、アークエットは語る。
「自分とは関係のないシーンでもセットに行ってしまうほど、このドラマ作りに興奮している。ものすごく手が込んでいて独創的だから」
1960年代をイメージしたオフィスから衣装まで、『セヴェランス』の独特の舞台作りは、アークエットがコベルの役柄に「深くのめり込む」のに役立っているという。スタッフの細部へのこだわりが、彼女の演技や理解、メンタリティーに影響しているというのだ。
葛藤と自己欺瞞と渇望と
物語は毎週1話ずつ公開されるから、今シーズンのコベルの行く末はまだ分からない。ただ、このドラマ全体と同じように、コベルのキャラクターも現実世界を思わせるものになりそうだ。
コベルの日常は大きく揺さぶられ、自分という人間を見つめ直すようになると、アークエットは分析する。さらに、そうしたことは現実の世界でも起こり得ると語る。「誰もが人生のどこかでこういう経験をすると思う。自己欺瞞や他人の欺瞞に加担してきたことに気付く時が来る」
「この種の葛藤と自己欺瞞の根底には、愛され、評価されたいという渇望があると思う」と、アークエットは語る。
『セヴェランス』は一見したところSFドラマのようだが、「犯罪サスペンスのように感じられる」ことも「ばかげていて危険」に感じられることもある。ただ、これは根本的にはヒューマンドラマだと、アークエットは言う。
「仕事の自分とプライベートの自分が同じでないのは、このドラマやSFの世界だけの話ではない。現実の世界でも誰もがそうだと思う」と、彼女は言う。「しかもテクノロジーによって、そうした状態がますます悪化し、ますますゆがめられているのかもしれない」
『セヴェランス』シーズン2予告編
<終業後、エレベーターのドアが閉まるとき従業員の記憶は「リセット」される──脳に埋め込まれたチップでコントロールされる人々を描くSFスリラーの魅力に迫る(インタビュー)>
人気のドラマシリーズ『セヴェランス(Severance)』(アップルTVプラスで配信中)に出演しているパトリシア・アークエット(Patricia Arquette)は、このSFスリラーが現代の現実を映し出していると考えている。そう思えない人も、1月17日に配信が始まったシーズン2を見たら納得するかもしれない。
【予告編】「完璧なワークライフバランス」?を描くSFスリラー『セヴェランス』
簡単に言うと、これはアメリカのどこにでもあるような街の一見普通のオフィスビルで働く、一見普通のオフィスワーカーの物語だ。彼らは出社して警備員に挨拶し、エレベーターで階下に降りて、低いパーティションで区切られたデスクで8時間、仕事をする。終業後は再びエレベーターに乗って、警備員に挨拶し、殺風景な駐車場に並んだ平凡な車に乗って帰宅する。
ただし、エレベーターのドアが閉まるとき、彼らの記憶はリセットされる。ルーモン・インダストリーズに入社した際に、脳にチップを埋め込んで記憶を分離(セヴェランス)する医療的処置を受けているのだ。
会社での人格(インニー)は、会社の外の人格(アウティー)について何も知らない。オフィスに入ると仕事の記憶しかなく、オフィスを出たら私生活の記憶しかない。別の人格の自分がいて別の生活を送っていることは認識しているが、自分が本当は何者なのかは分からない。
『ズーランダー(Zoolander)』などで知られる俳優ベン・スティラー(Ben Stiller)が制作総指揮に就き、一部のエピソードでは監督も務めた『セヴェランス』は、2022年にシーズン1が配信されると多くの批評家から年間のベスト作品に選ばれた。
制作総指揮として裏方に徹するスティラー(左) ALBERTO E. RODRIGUEZ/GETTY IMAGES
「本当の自分」はどこに
現実の人生も『セヴェランス』の奇妙さとそれほど懸け離れてはいないと、アークエットは感じている。「人は皆、いろいろな顔を持っている。家があって家族がいても、不倫をして恋に落ち、ティーンエージャーのようになる人もいる。一貫性なんてない」
「どんな場面であれ、ありのままの自分でいる」ことはできないと、彼女は続ける。例えば、オンラインゲームの世界では現実の自分と全く異なるアバターが活動する。
「人はそれぞれ自分の世界の中で、職場ではある人格になり、友人や家族といるときは別の人格になったりする。自分を再び1つに統合して、本来の感情を感じ、どこにいても本当の自分でいるためにはどうすればいいのだろう」
ルーモンの従業員が手術を受けた理由はそれぞれだ。主人公のマーク・スカウト(アダム・スコット、Adam Scott)は妻の死を忘れたいと思うあまり入社を決めたが、悲しみを忘れていられるのは仕事中だけだ。
ルーモンが開発した「セヴェランス(分離)」の手法は、完璧なワークライフバランスを見つける解決策とされる。しかしシーズン1で、一部の従業員が疑問を感じ始める。マクロデータ改良部で働くスカウトと彼のチームの同僚は謎を解明しようと格闘するが、自分たちの仕事の本当の意味を突き付けられる。
マクロデータ改良部はどうなるのか JON PACK/APPLE TV+
ルーモンの非道さは事情を探っているスカウトには衝撃的かもしれないが、この会社の奇妙な仕事を見ている視聴者は驚かないだろう。スーツ姿の男性従業員が子ヤギに哺乳瓶でミルクを飲ませていたり、目標達成のご褒美が「5分間の音楽ダンス体験」だったりという具合だ。
ベテラン俳優クリストファー・ウォーケン(Christopher Walken)が演じるバート・グッドマンは光学デザイン部の部長。彼のチームはオフィス内にサブリミナル効果を計算した絵画を飾っている。
アークエットが演じる中間管理職のハーモニー・コベルは、会社のカルト的なやり方に心酔している。従業員の反抗を抑え込む責任者として厳しく管理し、規則に従わない者には激高する。一方、会社の外の生活ではスカウトの隣人であり、特に害もなさそうな年長者として、彼のアウティーの生活に溶け込んで監視している。
冷淡なコベルはポーカーフェースに徹しているが、非常に危険な人物でもあるとアークエットは語る。
会社に忠実な管理職であることに全人生をささげてきたコベルは、シーズン1の終盤でクビになったときから壊れ始める。シーズン2の序盤では、自暴自棄になった彼女が、これまで以上に不穏な行動を取る様子が描かれる。
途方に暮れる会社人間
「コベルは宗教じみた会社にどっぷり洗脳されてきたから、会社から自由になるとはどういうことか分からない」と、アークエットは説明する。
「シーズン1の終わりに(ルーモンについての)大きな暴露がなされ、シーズン2の序盤で、コベルはそれまで対処する必要がなかった問題に直面する。会社が人生の全てだった彼女は、会社から切り離されると、物事をどう考えていいか分からなくなる」
シーズン2ではコベルの内面に大きな変化が起き、「自分の内なる声や直感にもっと従うようになる」と、アークエットはネタばれに注意しつつ教えてくれた。
アークエットは、祖父クリフが人気コメディー俳優で、父ルイスも1970年代に活躍した映画俳優、そしてきょうだいのロザンナ、デービッド、リッチモンド、アレクシスも俳優として知られる芸能一家に生まれ育った(アレクシスは16年に死去)。
10代の頃から俳優活動を始め、映画『トゥルー・ロマンス(True Romance)』(93年)でブレイク。テレビでも05年から主演ドラマ『ミディアム 霊能者アリソン・デュボア(Medium)』を大ヒットさせたほか、『ボードウォーク・エンパイア 欲望の街(Boardwalk Empire)』などの話題作にも出演している。
賞レースでは、15年に映画『6才のボクが、大人になるまで。(Boyhood)』でアカデミー賞助演女優賞に輝いた。また、ゴールデングローブ賞やエミー賞を何度も受賞しており、業界内でもその実力は十分に認められている。
そんなアークエットも、コベル役は「とても難しく」て、俳優人生で最も難しい役の1つだと22年に語っている。
だがコベルになり切る時間が長くなり、コベルのキャラクターが進化するにつれて、考えが変わってきたようだ。1人の視聴者として『セヴェランス』の熱狂的ファンであることも、苦手意識が低下した大きな理由だと、アークエットは語る。
「自分とは関係のないシーンでもセットに行ってしまうほど、このドラマ作りに興奮している。ものすごく手が込んでいて独創的だから」
1960年代をイメージしたオフィスから衣装まで、『セヴェランス』の独特の舞台作りは、アークエットがコベルの役柄に「深くのめり込む」のに役立っているという。スタッフの細部へのこだわりが、彼女の演技や理解、メンタリティーに影響しているというのだ。
葛藤と自己欺瞞と渇望と
物語は毎週1話ずつ公開されるから、今シーズンのコベルの行く末はまだ分からない。ただ、このドラマ全体と同じように、コベルのキャラクターも現実世界を思わせるものになりそうだ。
コベルの日常は大きく揺さぶられ、自分という人間を見つめ直すようになると、アークエットは分析する。さらに、そうしたことは現実の世界でも起こり得ると語る。「誰もが人生のどこかでこういう経験をすると思う。自己欺瞞や他人の欺瞞に加担してきたことに気付く時が来る」
「この種の葛藤と自己欺瞞の根底には、愛され、評価されたいという渇望があると思う」と、アークエットは語る。
『セヴェランス』は一見したところSFドラマのようだが、「犯罪サスペンスのように感じられる」ことも「ばかげていて危険」に感じられることもある。ただ、これは根本的にはヒューマンドラマだと、アークエットは言う。
「仕事の自分とプライベートの自分が同じでないのは、このドラマやSFの世界だけの話ではない。現実の世界でも誰もがそうだと思う」と、彼女は言う。「しかもテクノロジーによって、そうした状態がますます悪化し、ますますゆがめられているのかもしれない」
『セヴェランス』シーズン2予告編