レイチェル・オコナー
<成功するボイコットと失敗するボイコットの違いとは? 過去の事例と専門家の見解をもとに、企業の姿勢を変えるための「正しいボイコット」の方法を探る>
米小売大手ターゲットが「ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン(DEI)」の取り組みを終了すると発表したことを受け、ボイコットを求める声が上がる一方で、反対意見も広がっている。
ターゲットのDEI施策には、女性やLGBTQ+コミュニティ、マイノリティ、人種的少数派、退役軍人、障がいを持つ人々の採用・昇進を促進するほか、多様な取引先との連携を強化する取り組みが含まれていた。しかし、1月24日、同社は「3年間にわたるDEI目標を終了し、外部向けのDEI関連調査もすべて停止する」と発表した。
一方で、ターゲットは「従業員や顧客、地域社会が一体感を持てるよう、インクルージョンへの取り組みを通じてビジネスを推進していく」と強調。本誌はこの件についてターゲットにコメントを求めている。
ターゲットの決定は、ドナルド・トランプ大統領の就任直後の一連の大統領令とも関連している。トランプ氏は就任直後にDEI政策の撤廃を含む大統領令を発令し、連邦政府のDEIA(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン・アクセシビリティ)関連職員を有給休職とし、オフィスの閉鎖を進めた。彼は選挙期間中からDEI廃止を公約しており、1月21日の大統領令では「DEIの取り組みは危険であり、侮辱的であり、倫理に反する」と断じた。
「支援すべき人々」を苦しめる可能性も
ターゲットの方針転換に対し、同社の商品をボイコットすべきだとする声が強まる一方で、反対意見も噴出している。その中には、エミー賞受賞女優でありヴィーガンライフスタイルのインフルエンサーでもあるタビサ・ブラウン氏のような著名人も含まれている。
ブラウン氏は2022年からターゲットと提携し、同社で水着やインテリア用品、調理器具などのコレクションを展開している。彼女は、ボイコットがターゲット内で展開されている黒人経営ブランドに打撃を与える可能性があるとして、ボイコットを控えるよう訴えた。本誌はブラウンにもコメントを求めている。
この議論が過熱する中、SNS上ではさまざまな意見が飛び交っている。本誌は、個人の見解を発信した2人のSNSユーザーと、DEIおよびビジネスの専門家計3人に話を聞き、ボイコットがどのような影響をもたらすのかを探った。
ボイコットするなら「徹底的に」
ロサンゼルスを拠点に活動するコンテンツクリエイターのダニーシャ・カーター氏(27歳)は、本誌の取材に対し、「普段はボイコットについてあまり意見を持たないけれど、誰が何をボイコットするかは自由だと思う」と語った。
しかし彼女は、「本当にボイコットを成功させたいなら、正しくやる必要がある」と警鐘を鳴らした。
自身のInstagram(@danishacarter)に投稿した動画では、「ボイコットの目的は、要求が通るまで企業に1セントも支払わないこと」と強調。「『3日後にボイコット終了』といった期限付きのボイコットは、企業に『じゃあ3日間予算をやりくりすればいいだけ』と思わせるだけ」と指摘した。
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さらに、「企業にダメージを与え、要求を飲ませるためには、消費者が本気でお金を落とさない姿勢を貫くことが重要」と付け加えた。
「倫理観と価値観」を基準にすべき
テキサス州オースティンでウェブデザイナーをしているジェン・エイブリー氏(38歳)は、自身のTikTokアカウント(@jen_avery)に動画を投稿し、2023年にターゲットがLGBTQ+プライド関連商品の一部を店頭から撤去した過去に言及した。これは保守派の圧力によるもので、当時もボイコットの動きがあった。
彼女は動画内で「流行だからってボイコットするのはやめて。今この話題が盛り上がっているから関心があるだけで、本当はターゲットにどっぷり依存していて、明日また買い物に行くのを誰にも見られたくないだけでしょ?」と皮肉を込めて語った。
2023年、ターゲットは一部地域でプライド関連商品を店頭から撤去。その理由について、同社は「一部顧客の敵対的な行動が、従業員の安全や精神的な健康に影響を及ぼしたため」と説明していた。
@jen_avery In 2023, Target CEO Brian Cornell said that removing the merchandise was "a good business decision, and it's the right thing for society, and it's the great thing for our brand." #target #winterboots #dei #boycott ♬ original sound - Soap
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翌年、ターゲットは「過去の販売実績に基づき、一部店舗とオンラインでのみプライド商品の取り扱いを続ける」と発表した。
本誌の取材に対し、エイブリー氏は「消費を控えることで抗議の意思を示さない限り、ターゲットはDEI方針の廃止が正しかったと考え続けるだろう」と指摘。「企業は、財務的な利益にならなければ、どんな取り組みやパートナーシップでも簡単に手放す」とも述べた。
「ボイコットするなら、自分の倫理観や価値観に照らし合わせて考えるべき。資本主義の中で完全に倫理的な消費や経営を貫くのは難しいけれど、それでも何が正しいかを見極めることが大切」と語った。
また、「DEIが本当に効果があったのかという議論もあるし、差別がなくならなかったという意見ももっとも。でも、言葉の持つ力は、時に意図以上に重要だということは、誰もが理解しているはず」と締めくくった。
感情的なボイコットは一時的な波に過ぎない
本誌は、インクルージョン評価プラットフォーム「Aleria」の創設者兼チーフサイエンティストであるパオロ・ガウディアーノ氏に取材した。同氏は、「このような『感情的な』ボイコットが、大きな影響を及ぼすという証拠はほとんどない」と指摘する。
「特に、SNSがネガティブな反応を増幅させる今、多くの人が不満を訴えるためにネットに投稿するが、大規模な社会的動乱でもない限り、企業が本質的な対応をする可能性は低い」
また、現在DEIが極端に政治問題化しており、「一部の企業は顧客からの圧力に屈してしまっているように見える」とも警鐘を鳴らした。しかし、実際には「そもそも経営層がDEIに本気で取り組んでいなかった企業にとって、この状況はコミットメントを撤回する口実になった可能性が高い」と分析した。
ボイコットが「バイコット」を生むことも
カリフォルニア州立大学サンマルコス校のマーケティング教授であるヴァシリス・ダラカス氏は、2021年に実施された複数のブランドに対するボイコットの影響を調査した研究を引用し、「ブランドの支持者がボイコットの効果を弱める可能性があり、ボイコットの脅しが必ずしも実際のボイコットにはつながらない」と述べた。
「私たちの研究でも明らかになったように、ボイコットを呼びかける動機は様々だ。本当に企業の行動を変えたいと考えている人もいれば、単に感情的な理由で賛成・反対を主張したいだけの人もいる」
また、ボイコットの呼びかけは「両陣営を活性化させる」傾向があると指摘した。つまり、企業に反対する人々がボイコットを呼びかける一方で、企業を支持する人々は「賛同の投稿を行い、むしろ購買を増やすと宣言する」動きが生まれる。この現象を「バイコット(buycott)」と呼ぶ。
「キーボードを叩いてボイコットを脅すことと、実際に財布を開かずにボイコットを実行することには、大きな違いがある」とダラカス氏は強調した。
ボイコットは「影響力大」
一方で、マーケティングプラットフォームSnov.ioのCMO、ダリア・シェフチェンコ氏は、イスラエルとハマスの戦争の最中に起きたスターバックスのボイコットを例に挙げ、「ボイコットは当然効果がある」と指摘した。
スターバックス・コーポレーションが2024年1月に発表した第1四半期の決算では、売上高が94億ドルと、市場予測の95.9億ドルを下回った。この結果について、シェフチェンコ氏は「この事例を見る限り、ボイコットは明確なメッセージに基づいていれば効果がある」とし、「企業のあらゆる過去の行為を罰するためではなく、狙いを定めた活動(ターゲット・アクティビズム)であるべき」と述べた。
「企業が経済的な圧力を感じ始めれば、行動を起こす。ただし、何を求めているのかを明確に示す必要がある」とも強調した。
スターバックスは、イスラエル・ハマス戦争に関連してボイコットの対象となった。きっかけは、同社の労働組合「スターバックス・ワーカーズ・ユナイテッド」がパレスチナへの連帯を示す投稿をSNSに行ったことだった。しかし、一部の人々は誤ってスターバックス本社自体がこの立場を表明したと認識し、これに反発する層がボイコットを呼びかける事態へと発展した。
<成功するボイコットと失敗するボイコットの違いとは? 過去の事例と専門家の見解をもとに、企業の姿勢を変えるための「正しいボイコット」の方法を探る>
米小売大手ターゲットが「ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン(DEI)」の取り組みを終了すると発表したことを受け、ボイコットを求める声が上がる一方で、反対意見も広がっている。
ターゲットのDEI施策には、女性やLGBTQ+コミュニティ、マイノリティ、人種的少数派、退役軍人、障がいを持つ人々の採用・昇進を促進するほか、多様な取引先との連携を強化する取り組みが含まれていた。しかし、1月24日、同社は「3年間にわたるDEI目標を終了し、外部向けのDEI関連調査もすべて停止する」と発表した。
一方で、ターゲットは「従業員や顧客、地域社会が一体感を持てるよう、インクルージョンへの取り組みを通じてビジネスを推進していく」と強調。本誌はこの件についてターゲットにコメントを求めている。
ターゲットの決定は、ドナルド・トランプ大統領の就任直後の一連の大統領令とも関連している。トランプ氏は就任直後にDEI政策の撤廃を含む大統領令を発令し、連邦政府のDEIA(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン・アクセシビリティ)関連職員を有給休職とし、オフィスの閉鎖を進めた。彼は選挙期間中からDEI廃止を公約しており、1月21日の大統領令では「DEIの取り組みは危険であり、侮辱的であり、倫理に反する」と断じた。
「支援すべき人々」を苦しめる可能性も
ターゲットの方針転換に対し、同社の商品をボイコットすべきだとする声が強まる一方で、反対意見も噴出している。その中には、エミー賞受賞女優でありヴィーガンライフスタイルのインフルエンサーでもあるタビサ・ブラウン氏のような著名人も含まれている。
ブラウン氏は2022年からターゲットと提携し、同社で水着やインテリア用品、調理器具などのコレクションを展開している。彼女は、ボイコットがターゲット内で展開されている黒人経営ブランドに打撃を与える可能性があるとして、ボイコットを控えるよう訴えた。本誌はブラウンにもコメントを求めている。
この議論が過熱する中、SNS上ではさまざまな意見が飛び交っている。本誌は、個人の見解を発信した2人のSNSユーザーと、DEIおよびビジネスの専門家計3人に話を聞き、ボイコットがどのような影響をもたらすのかを探った。
ボイコットするなら「徹底的に」
ロサンゼルスを拠点に活動するコンテンツクリエイターのダニーシャ・カーター氏(27歳)は、本誌の取材に対し、「普段はボイコットについてあまり意見を持たないけれど、誰が何をボイコットするかは自由だと思う」と語った。
しかし彼女は、「本当にボイコットを成功させたいなら、正しくやる必要がある」と警鐘を鳴らした。
自身のInstagram(@danishacarter)に投稿した動画では、「ボイコットの目的は、要求が通るまで企業に1セントも支払わないこと」と強調。「『3日後にボイコット終了』といった期限付きのボイコットは、企業に『じゃあ3日間予算をやりくりすればいいだけ』と思わせるだけ」と指摘した。
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さらに、「企業にダメージを与え、要求を飲ませるためには、消費者が本気でお金を落とさない姿勢を貫くことが重要」と付け加えた。
「倫理観と価値観」を基準にすべき
テキサス州オースティンでウェブデザイナーをしているジェン・エイブリー氏(38歳)は、自身のTikTokアカウント(@jen_avery)に動画を投稿し、2023年にターゲットがLGBTQ+プライド関連商品の一部を店頭から撤去した過去に言及した。これは保守派の圧力によるもので、当時もボイコットの動きがあった。
彼女は動画内で「流行だからってボイコットするのはやめて。今この話題が盛り上がっているから関心があるだけで、本当はターゲットにどっぷり依存していて、明日また買い物に行くのを誰にも見られたくないだけでしょ?」と皮肉を込めて語った。
2023年、ターゲットは一部地域でプライド関連商品を店頭から撤去。その理由について、同社は「一部顧客の敵対的な行動が、従業員の安全や精神的な健康に影響を及ぼしたため」と説明していた。
@jen_avery In 2023, Target CEO Brian Cornell said that removing the merchandise was "a good business decision, and it's the right thing for society, and it's the great thing for our brand." #target #winterboots #dei #boycott ♬ original sound - Soap
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翌年、ターゲットは「過去の販売実績に基づき、一部店舗とオンラインでのみプライド商品の取り扱いを続ける」と発表した。
本誌の取材に対し、エイブリー氏は「消費を控えることで抗議の意思を示さない限り、ターゲットはDEI方針の廃止が正しかったと考え続けるだろう」と指摘。「企業は、財務的な利益にならなければ、どんな取り組みやパートナーシップでも簡単に手放す」とも述べた。
「ボイコットするなら、自分の倫理観や価値観に照らし合わせて考えるべき。資本主義の中で完全に倫理的な消費や経営を貫くのは難しいけれど、それでも何が正しいかを見極めることが大切」と語った。
また、「DEIが本当に効果があったのかという議論もあるし、差別がなくならなかったという意見ももっとも。でも、言葉の持つ力は、時に意図以上に重要だということは、誰もが理解しているはず」と締めくくった。
感情的なボイコットは一時的な波に過ぎない
本誌は、インクルージョン評価プラットフォーム「Aleria」の創設者兼チーフサイエンティストであるパオロ・ガウディアーノ氏に取材した。同氏は、「このような『感情的な』ボイコットが、大きな影響を及ぼすという証拠はほとんどない」と指摘する。
「特に、SNSがネガティブな反応を増幅させる今、多くの人が不満を訴えるためにネットに投稿するが、大規模な社会的動乱でもない限り、企業が本質的な対応をする可能性は低い」
また、現在DEIが極端に政治問題化しており、「一部の企業は顧客からの圧力に屈してしまっているように見える」とも警鐘を鳴らした。しかし、実際には「そもそも経営層がDEIに本気で取り組んでいなかった企業にとって、この状況はコミットメントを撤回する口実になった可能性が高い」と分析した。
ボイコットが「バイコット」を生むことも
カリフォルニア州立大学サンマルコス校のマーケティング教授であるヴァシリス・ダラカス氏は、2021年に実施された複数のブランドに対するボイコットの影響を調査した研究を引用し、「ブランドの支持者がボイコットの効果を弱める可能性があり、ボイコットの脅しが必ずしも実際のボイコットにはつながらない」と述べた。
「私たちの研究でも明らかになったように、ボイコットを呼びかける動機は様々だ。本当に企業の行動を変えたいと考えている人もいれば、単に感情的な理由で賛成・反対を主張したいだけの人もいる」
また、ボイコットの呼びかけは「両陣営を活性化させる」傾向があると指摘した。つまり、企業に反対する人々がボイコットを呼びかける一方で、企業を支持する人々は「賛同の投稿を行い、むしろ購買を増やすと宣言する」動きが生まれる。この現象を「バイコット(buycott)」と呼ぶ。
「キーボードを叩いてボイコットを脅すことと、実際に財布を開かずにボイコットを実行することには、大きな違いがある」とダラカス氏は強調した。
ボイコットは「影響力大」
一方で、マーケティングプラットフォームSnov.ioのCMO、ダリア・シェフチェンコ氏は、イスラエルとハマスの戦争の最中に起きたスターバックスのボイコットを例に挙げ、「ボイコットは当然効果がある」と指摘した。
スターバックス・コーポレーションが2024年1月に発表した第1四半期の決算では、売上高が94億ドルと、市場予測の95.9億ドルを下回った。この結果について、シェフチェンコ氏は「この事例を見る限り、ボイコットは明確なメッセージに基づいていれば効果がある」とし、「企業のあらゆる過去の行為を罰するためではなく、狙いを定めた活動(ターゲット・アクティビズム)であるべき」と述べた。
「企業が経済的な圧力を感じ始めれば、行動を起こす。ただし、何を求めているのかを明確に示す必要がある」とも強調した。
スターバックスは、イスラエル・ハマス戦争に関連してボイコットの対象となった。きっかけは、同社の労働組合「スターバックス・ワーカーズ・ユナイテッド」がパレスチナへの連帯を示す投稿をSNSに行ったことだった。しかし、一部の人々は誤ってスターバックス本社自体がこの立場を表明したと認識し、これに反発する層がボイコットを呼びかける事態へと発展した。