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高圧的なトランプ関税の背景には中国を念頭に置いた「貿易の武器化」があり、世界貿易戦争の可能性は侮れない

ニューズウィーク日本版 2025年2月3日 17時52分

マーカス・ワグナー(ウーロンゴン大学トランスナショナル法・政策センター長)
<党派を問わずアメリカに伝統的に存在してきた国際貿易への疑念、それに中国の脅威が加わって、アメリカ国民の関税に対する許容度は以前より広がっている>

ドナルド・トランプ米大統領は2月1日、カナダとメキシコからの輸入品に25%の新たな関税を導入することを正式に発表した。中国に対しても、10%の追加関税を課すという。

大統領選挙期間中、トランプはこの3カ国すべてに対して関税をかけると脅し、「麻薬、特にフェンタニル」のアメリカへの流入を防ぐために十分な措置を講じていないためだと主張。同時にカナダとメキシコはアメリカでの「不法滞在者」の減少に十分な対策をしていないと非難した。

 

すべてに同じ関税が適用されるわけではないらしい。トランプは1月31日、石油とガスに対する関税は2月1日ではなく18日に発効し、カナダ産の石油に対する関税は10%にとどまる可能性が高いと述べた。

中国に対する10%の追加関税は最初の一手に過ぎないかもしれない。トランプは大統領就任前、中国製品には60%の関税をかけて安い中国製品の洪水に歯止めをかける、そうすれば雇用がアメリカに戻ると主張した。

だが、アメリカの近隣諸国に対するこうしたやり方は、関係する3カ国と北米の貿易にほぼ即座に大きな変化をもたらすだろう。 これは、国際貿易と政治的ガバナンスの根本的な再編成の始まりを意味する。

カナダとメキシコへの要求

トランプは自由貿易協定の相手国であるカナダやメキシコに懲罰的な高関税を課すことについて、表向きには、国境警備と麻薬貿易の取り締まり強化のためだとしているが、トランプ税にはもっと大きな思惑がある。

第1は保護主義だ。 トランプは大統領選挙中、自らをアメリカの労働者を擁護者と自任していた。昨年10月には、関税という言葉は「辞書のなかで最も美しい」と語った。保護主義的な貿易を好んでいることを隠そうともしない。

これは、トランプに限らずリベラル、保守を問わず極端な思想を持つアメリカの政治家たちがかねてから国際貿易に対していだいてきた猜疑心を反映している。

アメリカ、メキシコ、カナダは北米自由貿易協定(NAFTA)の後継であるアメリカ・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の締約国だ。

トランプは、地政学的な目標を達成するための武器として関税を使う意図を露わにしている。 これは、私が共同でリーダーを務める研究プロジェクトチームのいう「武器化された貿易」の典型だ。

それがあからさまに示されたのは、1月下旬。アメリカが不法滞在のコロンビア人を軍用機で強制送還したとき、コロンビアの大統領は着陸・受け入れを拒否した。するとトランプは、コロンビア製品に25%の関税を課すと言ってコロンビアを方針転換させた。

経済的な利害関係

アメリカ、カナダ、メキシコ間の貿易量は膨大で、さまざまな商品やサービスが含まれている。 最大の分野は、自動車製造、エネルギー、農業、消費財などだ。

2022年、アメリカとカナダの間で取引されたすべての商品とサービスの価値は、約9090億米ドル(1兆4600億豪ドル)に達した。同年のアメリカとメキシコの貿易は8550億米ドル(1兆3700億豪ドル)以上となった。

最も打撃を受ける産業のひとつは、国境を越えた取引に依存する自動車産業だ。 カナダ、メキシコ、アメリカで組み立てられる自動車は、北米全域からの部品供給に大きく依存している。

関税はこのサプライチェーン全体のコストを大幅に引き上げ、自動車価格の上昇を招き、アメリカに拠点を置く自動車メーカーの競争力は大きく損なわれる恐れがある。

農業にも影響は及ぶだろう。アメリカはカナダとメキシコに数十億ドル分のトウモロコシ、大豆、食肉を輸出し、メキシコからはアボカドやトマトなどの生鮮食品を輸入している。

関税は報復関税を招き、3カ国の農家や食品メーカーは経営た立ち行かなくなる可能性がある。

石油への関税賦課を延期し、引き下げるトランプの決定は、ある程度予想できた。アメリカのカナダ産原油の輸入量はここ数十年、着実に増加しており、関税は即座にアメリカの消費者の財布に打撃を与えることになる。

既視感のある展開

世界がトランプ関税への対応を迫られるのはこれが初めてではない。1期目のトランプ政権を振り返れば、今後の展開に関するヒントが得られるかも知れない。

2018年、トランプ政権は鉄鋼とアルミニウムの輸入品への追加関税を発表した。当時も今も、アメリカはカナダとメキシコの両国から大量の鉄鋼を輸入している。

そこで両国は、アメリカからの輸入品に報復関税を課した。結局、3カ国はUSMCAの締結に向けた交渉の中で、鉄鋼とアルミニウム製品への関税を撤廃することで合意した。

その一方で、トランプの通商政策の多くは後任となったジョー・バイデンに引き継がれた。

これは政党の垣根を超えて広がる自由貿易への懐疑論や、アメリカの政策当事者の間にある材料や部品も含めた製造業の国内回帰を目指す流れの一環と言える。

カナダとメキシコの選択肢は?

カナダとメキシコは今回も、アメリカに報復関税をかける姿勢を見せている。

一方で両国は、トランプの懐柔にも務めている。例えばカナダはフェンタニル輸出に対する「取締強化」に着手した。

一般論を言えば、この手の関税への対策としては、外交から攻撃的な報復措置まで幅広い選択肢が考えられる。カナダとメキシコは、農業やガソリンといった政治的に慎重な扱いが求められる分野(いずれもトランプの支持層を経済的に苦しめる可能性がある)を標的にするかも知れない。

法的な選択肢もある。カナダとメキシコはUSMCAの紛争解決メカニズムもしくは世界貿易機関(WTO)を通して訴えを起こすかも知れない。

いずれも不公正な貿易慣行に異議を唱えるための制度だ。だが時間がかかる上に結果がどうなるか見通せない。たとえ訴えが認められたとしても相手国から無視されることも少なくない。

カナダとメキシコの企業にとってもっと長期的な選択肢としては、輸出先を分散させてアメリカ市場への依存度を下げることが挙げられる。だが地理的条件から言っても、アメリカ市場の大きさから言っても、これは言うは易く行うは難しだ。

世界貿易戦争に拡大する恐れも

トランプがこのほど課した関税から見えてくるのは、対象品目とは無関係な地政学的目標を達成するための「オバートンの窓」が拡大しているという大きな流れだ。

オバートンの窓とは、政治家にとって一般大衆に受け入れられるような政策の選択肢の幅を指す。

中国が地政学的・地理経済学的なライバルとして台頭する中で、重要な産業をアメリカに回帰させ、国内の雇用を守り、外国のサプライチェーンへの依存を弱めることを求める声が、国民の間にも高まっているのだ。

この主張が勢いを増したのは新型コロナウイルス感染症のパンデミックの時期で、実際の政策にも反映されていった。

さらに規模の大きな貿易戦争が起きる恐れは高まっている。トランプが短期的に狙っているのは、他の国々から譲歩を引き出す道具として関税を引き上げることだったとしてもだ。

デンマークの自治領グリーンランドの支配権を手に入れようとするトランプが、デンマークに対して行った脅しがいい例だ。カナダやメキシコと比べはるかに強大な経済力を誇るEUは、デンマークを支持する姿勢を明らかにしている。

カナダとメキシコの政府の対応からは、北米地域における貿易戦争の可能性も見て取れる。そんな事態になれば、経済的損失は巨額なものとなり、貿易相手国同士の信頼が損なわれ、グローバル市場がさらに不安定化することにもなりかねない。



Markus Wagner, Professor of Law and Director of the UOW Transnational Law and Policy Centre, University of Wollongong

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.



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