高口康太(ジャーナリスト、千葉大学客員教授)
<「バブル崩壊」の一方で「EVとAIが躍進」する中国。矛盾する14億人経済の謎を、話題の新刊『ピークアウトする中国』を著者自らが解説>
中国経済は今、どんな状況にあるのか?
シンプルな問いだが、答えるのは案外難しい。AI(人工知能)やEV(電気自動車)など、輝かしい成果を出している産業や企業が多い一方で、不動産価格の下落は止まらず消費不況の色も強まっている。光と影、いったいどちらの中国が真の姿なのか?
最新AIディープシークの衝撃
まずは光の側面を見ていこう。
中国発の最新AIディープシークが世界に衝撃を与えた。性能の高さもさることながら、開発にかかるコストが従来の10分の1、運用コストは数十分の1という劇的なコストダウンが世界に衝撃を与えた。これまでAI開発はパラメータ数(変数の数)、データ量、計算量を肥大化させれば性能が上がるという法則に準じて開発を進めてきた。どれだけ資金を投入できるか、米エヌビディア社の最先端GPU(画像処理半導体)をどれだけ確保できるかという体力勝負だったが、ディープシークは創意と工夫で別の道を見いだした。
本当はもっとコストがかかっているのではないか、不正な手段で入手したGPUやデータを使っているのではないかと疑う声も上がっている。おそらく疑惑の一部は事実だろう。ただ、それでディープシークが全くのまがいものとは言えない。彼らはオープンソースでAIを公開し、開発手法についても詳細を発表しており、世界中の検証にさらされているからだ。
そもそも中国人のAI開発能力は本物だ。米ポールソン研究所傘下のシンクタンク「マクロポロ」のグローバルAIタレントトラッカーによると、世界的AI研究者の47%が中国人。オープンAIなど米AI企業もディープシークなどの中国企業も、中国人によって支えられている。
自動車メーカーのBYDが韓国で開いたEVの新車発表会(1月) SEONG JOON CHOーBLOOMBERG/GETTY IMAGES
EVでも中国は世界のリーダー
EVでも中国は世界のリーダーだ。昨年の販売台数は1287万台、世界市場の4分の3は中国市場が占めている(プラグインハイブリッド含む)。単に台数が多いだけではない。高い処理性能を持つ車載コンピューターと大型ディスプレイによって、動画視聴やゲームなどの車内エンターテインメント性能、アップデートによる機能追加も高く評価されている。また、ハイエンドのADAS(先進運転支援システム)を搭載する車が多い。今年発売されるEVの2割以上はレベル2+(プラス)自動運転に対応するとみられている。メーカーは事故の責任を負えないため、運転の主体は人間とするレベル2だと定義しているが、人間が介入せずに運転できる比率が高まっている。昨年には運転者のいないロボタクシー「アポロ・ゴー」の商用運行が始まった。
「未来の車」開発で、アメリカではテスラ1社が独走状態であるのに対し、中国では10社を超える企業が死闘を繰り広げ、競争の中で技術力を高めている。自動運転のレベルで中国勢がテスラに打ち勝ったとまでは言えないが、EVのコストダウンについては圧倒している。中国では既にガソリン車よりも安いとされるレベルにまで到達した。
圧倒的な製造力で過去最高の貿易黒字
WTO(世界貿易機関)加盟前後である1990年代末から21世紀初頭にかけて、中国からの労働集約的な工業製品の輸入が急増し、米国内における雇用を減少させたことを「チャイナショック」と言う。マサチューセッツ工科大学のデビッド・オーター教授らの研究では、米国内で200万人もの失業をもたらしたと推計されている。
その直撃を受けたミシガン州やペンシルベニア州はラストベルト(赤さび地帯)と呼ばれ、格差拡大が政治的分断につながり、最終的にはドナルド・トランプ大統領誕生の伏線となった。
当時、中国輸出の主力製品は鉄鋼やガラスなどの原材料、衣料品、電化製品(の組み立て)など付加価値が低い製品が中心だった。競合製品を作っていた先進国の製造業は苦しんだ一方で、工業機械や中核部品、サービスなどを中国に輸出する企業にとっては追い風だった。中国では「8億枚のシャツとボーイング1機の交換」とも言われた。
だが、その状況は既に大きく変わった。前述したとおり、AIやEVといった高付加価値のハイテク産業までも中国は独自にカバーできるようになった。より多くの付加価値が中国に落ちるようになったわけだ。
昨年、中国の貿易黒字は9921億ドルと過去最高を更新した。この数年、地政学的な問題から中国からの輸入を避ける動きも伝えられていたが、圧倒的な製造力でねじ伏せた。
出所:国家統計局
中国政府系不動産大手が開発した住宅の建築が途中で止まった(遼寧省) ANDREA VERDELLIーBLOOMBERG/GETTY IMAGES
「合理的バブル」の終焉
ここまで中国の明るい一面を見てきたが、その輝きに負けぬほどに闇は深い。
経済成長率を最終消費、固定資産形成、純輸出と要素ごとに見ていくと消費減速は明らかだ。2023年は5.4%成長のうち消費が4.6ポイント、24年は5%のうち2.2ポイントと大きく減少している。この穴を埋めたのがマイナス0.6ポイントから1.5ポイントと改善した純輸出だった。過去20年を振り返っても、ここまで経済成長が輸出に依存したことはなかった。
発端は不動産市場の急落だ。21年後半から中国の住宅販売額は下落が続いており、既にピークから4割もの減少となった。価格も政府統計では15%の下落とされるが、売りに出しても買い手がつかない、価格があまりにも下がりすぎていると売りに出さないケースも多く、実勢価格は統計よりも悪いとみていい。
ついに中国の不動産バブルがはじけた、そうみるべきなのだろうか。
その答えを出す前に、まずは中国の不動産バブルについて説明が必要だ。中国の不動産は90年代後半に取引が自由化されるが、その時点で平均的な住宅価格は年収の9倍程度、いわゆるバブル水準にあった。
ただ、中国の土地バブルはいわゆる「バブル」とは異なる。資産バブルとは投機によって価格が本質的価値からどんどん懸け離れて上昇し、持続不可能になって暴落することを意味する。中国の不動産はこの間価格上昇が続いたが、そのペースはおおむね中国の経済成長、中国人の可処分所得に見合ったものだった。風船がどんどん膨らんでいき最後に破裂するのが一般的にイメージされるバブルなら、大きく膨らんだまま形を変えずに浮かんでいるのが中国の不動産だった。
なぜそんなことが可能なのか?
1つには中国政府が不動産価格の急騰、急落の気配が見られると、速やかに対策を打ち出して価格をコントロールしていたことが挙げられる。だが、それだけではない。近年、「合理的バブル」という現象が注目を集めている。
「低金利下での高成長」「本質的価値よりも高く取引される資産があり、その資産価値が年々上昇すること」という2つの条件を満たしたときに発生するもので、ある特定の資産が経済成長率を上回らない程度、緩やかに価格上昇していくことを指す。
本質的価値以上の価格で取引されているという意味ではバブル的だが、一気に価格上昇して崩壊するようなパターンを描かない。90年代から続く中国不動産の価格上昇は、まさにこの「合理的バブル」だったと考えられる。「合理的バブル」が終焉したのは、前述した2つの条件が満たされなくなったためだ。
まず「低金利下の高成長」だが、中国経済の成熟に伴って成長率は年々低下傾向にある。一方、金利はアメリカの金融政策に大きく左右される。米中の金利差が大きくなれば、資産の国外流出リスクが高まる。アメリカがインフレ対策の高金利を続けている以上、中国政府もおいそれと金利を下げることはできない。
そして、不動産危機が始まって3年あ余りが過ぎた今、第2の条件である「資産価値が年々上昇」という条件も失われた。この20年余りで不動産価格が下落したのは08年、14年の2回だけだった。いずれも翌年には上昇トレンドに復帰している。21年後半から起きた3年連続の価格下落は初の事態で、「中国の不動産神話」が崩れた。
「代替スタバ」のラッキンコーヒーが中国では人気(重慶) CHENG XIN/GETTY IMAGES
天安門事件と新型コロナ期に次ぐ消費減速
現在、不動産市場の低迷は消費にまで拡大している。24年の社会消費品小売総額(小売外食売上高)は3.5%増、1978年の統計開始以来ワースト4位と低迷した。ワースト1位は新型コロナウイルス流行初期の20年、2位はオミクロン株流行によるロックダウンが相次いだ22年、3位が天安門事件の翌年の90年。天安門事件と新型コロナ期を除けば過去最大の消費減速となった。
不動産価格が下落しても売却するまで損失が確定することはない。だが、資産価値の下落が消費マインドに影響する「所得効果」の影響は甚大だ。消費ダウングレードと呼ばれる節約志向の広がりによって、今までよりもワンランク安いものに乗り換えるという動きがある。米スターバックスコーヒーは中国市場で苦戦を強いられているが、同じコーヒーを飲むにしても安い中国企業のコーヒーを買おうといった消費者の嗜好の変化が見られる。
節約志向が高まるなか、どうにかして消費意欲を引き出そうと「9.9元ブーム」が起きた。コーヒー1杯9.9元(約210円)の喫茶店、料理が9.9元均一のレストラン、商品全て9.9元均一の雑貨店......などなど。日本の「100円ショップ」を彷彿とさせる動きだ。
不動産急落で地方財政逼迫
民間の需要が不足しているときには政府が需要を創出するべきというのが経済学の教科書的な対応だが、中国ではこれがうまくいっていない。というのも、そうした財政出動の主な担い手は地方政府だが、コロナ対策で財政は逼迫している。中国・東呉証券の試算によると、PCR検査の費用だけでも年1兆4500億元(約30兆円)が拠出された。
一方で財政収入は厳しい。中国の地方政府は土地使用権の払い下げ金を主要な収入源としていたが、不動産市場が急落するなか、この収入が大きく減少している。21年のピークからは44%の減少だ。
減った分の収入を補塡しようと、10年以上前の税金未納に巨額の追徴課税を徴収するといった不正行為が多発している。90年代の中国では財源確保のための罰金徴収が横行した。土地払い下げ収入が確保されるようになってからは鳴りを潜めていたが、財政難からかつての悪行が復活してしまった。
◇ ◇ ◇
光の面だけを強調すれば中国の未来は明るく見え、影の部分だけを見れば悲観論となる。だが、いずれか片方だけ見るのは誤りだ。
好調な輸出の背景には、中国の消費低迷により行き場を失った製品が輸出に回った一面がある。一方、不動産市場の縮小に伴い、投資先を失ったマネーがAIやEVに投じられた。光と影の両面はつながっている。
中国の問題は国内需要の低迷にある。もともと供給が過大で需要が過小だったが、不動産市場縮小でさらに需要が減少したことで、その傾向が強まった。行き場を失った供給が輸出に回っているのだが、今後激しい貿易摩擦を生むことは間違いない。トランプ大統領のアメリカはもちろん欧州や日本など他の国々も警戒感を強めている。
不動産に頼らない形での需要拡大ができるのかが問われているのだが、習近平(シー・チンピン)国家主席に意欲は見られない。むしろ「新しい質の生産力」政策など、さらに供給を拡大する政策に執心している。
改革開放が始まった78年以降の中国は、供給優先の経済政策で成長を成し遂げてきた。さらに製造業の革新はこの10年間、EVや太陽光パネルに代表される大きな成果を生んだ。この成功体験が習と中国共産党を呪縛しているのだ。
(著者の近著に『ピークアウトする中国』〔文春新書、梶谷懐氏との共著〕がある)
『ピークアウトする中国――「殺到する経済」と「合理的バブル」の限界』
梶谷 懐、高口康太 著
文春新書
(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)
[筆者]
梶谷 懐(かじたに・かい)
1970年、大阪府生まれ、神戸大学大学院経済学研究科教授。神戸大学経済学部卒業後、中国人民大学に留学(財政金融学院)、2001年に神戸大学大学院法学研究科博士課程修了(経済学)、神戸学院大学経済学部準教授などを経て、2014年より現職。著書に『中国籍済講義』(中公新書)など。
高口康太(たかぐち・こうた)
1976年、千集県生まれ、ジャーナリスト。千葉大学客員教授。千重大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国経済、中国企業、在日中国人社会を中心に各種メディアに寄稿。著書に『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、 『中国「コロナ封じ」の虚実』(中公新書ラクレ)など。
<「バブル崩壊」の一方で「EVとAIが躍進」する中国。矛盾する14億人経済の謎を、話題の新刊『ピークアウトする中国』を著者自らが解説>
中国経済は今、どんな状況にあるのか?
シンプルな問いだが、答えるのは案外難しい。AI(人工知能)やEV(電気自動車)など、輝かしい成果を出している産業や企業が多い一方で、不動産価格の下落は止まらず消費不況の色も強まっている。光と影、いったいどちらの中国が真の姿なのか?
最新AIディープシークの衝撃
まずは光の側面を見ていこう。
中国発の最新AIディープシークが世界に衝撃を与えた。性能の高さもさることながら、開発にかかるコストが従来の10分の1、運用コストは数十分の1という劇的なコストダウンが世界に衝撃を与えた。これまでAI開発はパラメータ数(変数の数)、データ量、計算量を肥大化させれば性能が上がるという法則に準じて開発を進めてきた。どれだけ資金を投入できるか、米エヌビディア社の最先端GPU(画像処理半導体)をどれだけ確保できるかという体力勝負だったが、ディープシークは創意と工夫で別の道を見いだした。
本当はもっとコストがかかっているのではないか、不正な手段で入手したGPUやデータを使っているのではないかと疑う声も上がっている。おそらく疑惑の一部は事実だろう。ただ、それでディープシークが全くのまがいものとは言えない。彼らはオープンソースでAIを公開し、開発手法についても詳細を発表しており、世界中の検証にさらされているからだ。
そもそも中国人のAI開発能力は本物だ。米ポールソン研究所傘下のシンクタンク「マクロポロ」のグローバルAIタレントトラッカーによると、世界的AI研究者の47%が中国人。オープンAIなど米AI企業もディープシークなどの中国企業も、中国人によって支えられている。
自動車メーカーのBYDが韓国で開いたEVの新車発表会(1月) SEONG JOON CHOーBLOOMBERG/GETTY IMAGES
EVでも中国は世界のリーダー
EVでも中国は世界のリーダーだ。昨年の販売台数は1287万台、世界市場の4分の3は中国市場が占めている(プラグインハイブリッド含む)。単に台数が多いだけではない。高い処理性能を持つ車載コンピューターと大型ディスプレイによって、動画視聴やゲームなどの車内エンターテインメント性能、アップデートによる機能追加も高く評価されている。また、ハイエンドのADAS(先進運転支援システム)を搭載する車が多い。今年発売されるEVの2割以上はレベル2+(プラス)自動運転に対応するとみられている。メーカーは事故の責任を負えないため、運転の主体は人間とするレベル2だと定義しているが、人間が介入せずに運転できる比率が高まっている。昨年には運転者のいないロボタクシー「アポロ・ゴー」の商用運行が始まった。
「未来の車」開発で、アメリカではテスラ1社が独走状態であるのに対し、中国では10社を超える企業が死闘を繰り広げ、競争の中で技術力を高めている。自動運転のレベルで中国勢がテスラに打ち勝ったとまでは言えないが、EVのコストダウンについては圧倒している。中国では既にガソリン車よりも安いとされるレベルにまで到達した。
圧倒的な製造力で過去最高の貿易黒字
WTO(世界貿易機関)加盟前後である1990年代末から21世紀初頭にかけて、中国からの労働集約的な工業製品の輸入が急増し、米国内における雇用を減少させたことを「チャイナショック」と言う。マサチューセッツ工科大学のデビッド・オーター教授らの研究では、米国内で200万人もの失業をもたらしたと推計されている。
その直撃を受けたミシガン州やペンシルベニア州はラストベルト(赤さび地帯)と呼ばれ、格差拡大が政治的分断につながり、最終的にはドナルド・トランプ大統領誕生の伏線となった。
当時、中国輸出の主力製品は鉄鋼やガラスなどの原材料、衣料品、電化製品(の組み立て)など付加価値が低い製品が中心だった。競合製品を作っていた先進国の製造業は苦しんだ一方で、工業機械や中核部品、サービスなどを中国に輸出する企業にとっては追い風だった。中国では「8億枚のシャツとボーイング1機の交換」とも言われた。
だが、その状況は既に大きく変わった。前述したとおり、AIやEVといった高付加価値のハイテク産業までも中国は独自にカバーできるようになった。より多くの付加価値が中国に落ちるようになったわけだ。
昨年、中国の貿易黒字は9921億ドルと過去最高を更新した。この数年、地政学的な問題から中国からの輸入を避ける動きも伝えられていたが、圧倒的な製造力でねじ伏せた。
出所:国家統計局
中国政府系不動産大手が開発した住宅の建築が途中で止まった(遼寧省) ANDREA VERDELLIーBLOOMBERG/GETTY IMAGES
「合理的バブル」の終焉
ここまで中国の明るい一面を見てきたが、その輝きに負けぬほどに闇は深い。
経済成長率を最終消費、固定資産形成、純輸出と要素ごとに見ていくと消費減速は明らかだ。2023年は5.4%成長のうち消費が4.6ポイント、24年は5%のうち2.2ポイントと大きく減少している。この穴を埋めたのがマイナス0.6ポイントから1.5ポイントと改善した純輸出だった。過去20年を振り返っても、ここまで経済成長が輸出に依存したことはなかった。
発端は不動産市場の急落だ。21年後半から中国の住宅販売額は下落が続いており、既にピークから4割もの減少となった。価格も政府統計では15%の下落とされるが、売りに出しても買い手がつかない、価格があまりにも下がりすぎていると売りに出さないケースも多く、実勢価格は統計よりも悪いとみていい。
ついに中国の不動産バブルがはじけた、そうみるべきなのだろうか。
その答えを出す前に、まずは中国の不動産バブルについて説明が必要だ。中国の不動産は90年代後半に取引が自由化されるが、その時点で平均的な住宅価格は年収の9倍程度、いわゆるバブル水準にあった。
ただ、中国の土地バブルはいわゆる「バブル」とは異なる。資産バブルとは投機によって価格が本質的価値からどんどん懸け離れて上昇し、持続不可能になって暴落することを意味する。中国の不動産はこの間価格上昇が続いたが、そのペースはおおむね中国の経済成長、中国人の可処分所得に見合ったものだった。風船がどんどん膨らんでいき最後に破裂するのが一般的にイメージされるバブルなら、大きく膨らんだまま形を変えずに浮かんでいるのが中国の不動産だった。
なぜそんなことが可能なのか?
1つには中国政府が不動産価格の急騰、急落の気配が見られると、速やかに対策を打ち出して価格をコントロールしていたことが挙げられる。だが、それだけではない。近年、「合理的バブル」という現象が注目を集めている。
「低金利下での高成長」「本質的価値よりも高く取引される資産があり、その資産価値が年々上昇すること」という2つの条件を満たしたときに発生するもので、ある特定の資産が経済成長率を上回らない程度、緩やかに価格上昇していくことを指す。
本質的価値以上の価格で取引されているという意味ではバブル的だが、一気に価格上昇して崩壊するようなパターンを描かない。90年代から続く中国不動産の価格上昇は、まさにこの「合理的バブル」だったと考えられる。「合理的バブル」が終焉したのは、前述した2つの条件が満たされなくなったためだ。
まず「低金利下の高成長」だが、中国経済の成熟に伴って成長率は年々低下傾向にある。一方、金利はアメリカの金融政策に大きく左右される。米中の金利差が大きくなれば、資産の国外流出リスクが高まる。アメリカがインフレ対策の高金利を続けている以上、中国政府もおいそれと金利を下げることはできない。
そして、不動産危機が始まって3年あ余りが過ぎた今、第2の条件である「資産価値が年々上昇」という条件も失われた。この20年余りで不動産価格が下落したのは08年、14年の2回だけだった。いずれも翌年には上昇トレンドに復帰している。21年後半から起きた3年連続の価格下落は初の事態で、「中国の不動産神話」が崩れた。
「代替スタバ」のラッキンコーヒーが中国では人気(重慶) CHENG XIN/GETTY IMAGES
天安門事件と新型コロナ期に次ぐ消費減速
現在、不動産市場の低迷は消費にまで拡大している。24年の社会消費品小売総額(小売外食売上高)は3.5%増、1978年の統計開始以来ワースト4位と低迷した。ワースト1位は新型コロナウイルス流行初期の20年、2位はオミクロン株流行によるロックダウンが相次いだ22年、3位が天安門事件の翌年の90年。天安門事件と新型コロナ期を除けば過去最大の消費減速となった。
不動産価格が下落しても売却するまで損失が確定することはない。だが、資産価値の下落が消費マインドに影響する「所得効果」の影響は甚大だ。消費ダウングレードと呼ばれる節約志向の広がりによって、今までよりもワンランク安いものに乗り換えるという動きがある。米スターバックスコーヒーは中国市場で苦戦を強いられているが、同じコーヒーを飲むにしても安い中国企業のコーヒーを買おうといった消費者の嗜好の変化が見られる。
節約志向が高まるなか、どうにかして消費意欲を引き出そうと「9.9元ブーム」が起きた。コーヒー1杯9.9元(約210円)の喫茶店、料理が9.9元均一のレストラン、商品全て9.9元均一の雑貨店......などなど。日本の「100円ショップ」を彷彿とさせる動きだ。
不動産急落で地方財政逼迫
民間の需要が不足しているときには政府が需要を創出するべきというのが経済学の教科書的な対応だが、中国ではこれがうまくいっていない。というのも、そうした財政出動の主な担い手は地方政府だが、コロナ対策で財政は逼迫している。中国・東呉証券の試算によると、PCR検査の費用だけでも年1兆4500億元(約30兆円)が拠出された。
一方で財政収入は厳しい。中国の地方政府は土地使用権の払い下げ金を主要な収入源としていたが、不動産市場が急落するなか、この収入が大きく減少している。21年のピークからは44%の減少だ。
減った分の収入を補塡しようと、10年以上前の税金未納に巨額の追徴課税を徴収するといった不正行為が多発している。90年代の中国では財源確保のための罰金徴収が横行した。土地払い下げ収入が確保されるようになってからは鳴りを潜めていたが、財政難からかつての悪行が復活してしまった。
◇ ◇ ◇
光の面だけを強調すれば中国の未来は明るく見え、影の部分だけを見れば悲観論となる。だが、いずれか片方だけ見るのは誤りだ。
好調な輸出の背景には、中国の消費低迷により行き場を失った製品が輸出に回った一面がある。一方、不動産市場の縮小に伴い、投資先を失ったマネーがAIやEVに投じられた。光と影の両面はつながっている。
中国の問題は国内需要の低迷にある。もともと供給が過大で需要が過小だったが、不動産市場縮小でさらに需要が減少したことで、その傾向が強まった。行き場を失った供給が輸出に回っているのだが、今後激しい貿易摩擦を生むことは間違いない。トランプ大統領のアメリカはもちろん欧州や日本など他の国々も警戒感を強めている。
不動産に頼らない形での需要拡大ができるのかが問われているのだが、習近平(シー・チンピン)国家主席に意欲は見られない。むしろ「新しい質の生産力」政策など、さらに供給を拡大する政策に執心している。
改革開放が始まった78年以降の中国は、供給優先の経済政策で成長を成し遂げてきた。さらに製造業の革新はこの10年間、EVや太陽光パネルに代表される大きな成果を生んだ。この成功体験が習と中国共産党を呪縛しているのだ。
(著者の近著に『ピークアウトする中国』〔文春新書、梶谷懐氏との共著〕がある)
『ピークアウトする中国――「殺到する経済」と「合理的バブル」の限界』
梶谷 懐、高口康太 著
文春新書
(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)
[筆者]
梶谷 懐(かじたに・かい)
1970年、大阪府生まれ、神戸大学大学院経済学研究科教授。神戸大学経済学部卒業後、中国人民大学に留学(財政金融学院)、2001年に神戸大学大学院法学研究科博士課程修了(経済学)、神戸学院大学経済学部準教授などを経て、2014年より現職。著書に『中国籍済講義』(中公新書)など。
高口康太(たかぐち・こうた)
1976年、千集県生まれ、ジャーナリスト。千葉大学客員教授。千重大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国経済、中国企業、在日中国人社会を中心に各種メディアに寄稿。著書に『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、 『中国「コロナ封じ」の虚実』(中公新書ラクレ)など。