木村正人
<メルツ党首率いるドイツ最大野党のキリスト教民主同盟(CDU)が極右「ドイツのための選択肢」の協力を得て提出した移民制限法改正案は否決されたが>
[ロンドン発]ドイツ連邦議会(下院)は1月31日、移民制限を厳格化するため次期首相の最有力候補フリードリヒ・メルツ氏率いる保守の最大野党キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)が極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の支持を得て提出した法改正案を否決した。
ドイツでの難民申請はシリア内戦の激化による欧州難民危機で2015、16年に計122万件超、ロシアのウクライナ全面侵攻で22年以降、計83万人超にのぼる。一方、大量の難民を支える経済力は対ロシア制裁、中国製電気自動車(EV)の台頭で苦境に追い込まれている。
昨年12月、マクデブルクのクリスマス市にSUVが突っ込み、6人が死亡、299人以上が負傷した。サウジアラビア出身で難民認定を受けた医師が逮捕された。ドイツでは最近、難民による無差別殺傷事件が相次いでいる。
このため反移民感情が強まり、ドイツ国民の約3分の2が移民制限と国境管理の強化を唱える中、2月23日に総選挙が行われる。
禁断の極右勢力との政治協力
同連邦議会は全733議席中、CDU/CSUが196議席、AfDが76議席。693議員が投票し、反対350票、賛成338票、棄権5票で否決された。極右勢力との協力に与野党から批判が噴出し、CDU/CSUからも造反者が出た。1月29日の動議に賛成した自由民主党(FDP)も反対に回った。
ドイツではナチスの反省から第二次大戦後、極右勢力との協力には厳格な「防火壁」が設けられてきた。CDU/CSUは総選挙の世論調査で30%と首位に立つ。20%台前半で2位のAfDを支持する保守層の奪還を狙って禁断の極右協力に踏み出したメルツ氏の戦略は裏目に出た格好だ。
メルツ氏が主導した移民流入制限法の強化案はドイツへの移民数を減らすことを目的にしている。難民が家族をドイツに呼び寄せることを制限し、不法滞在する人を強制送還するためより厳しい措置を求めていた。欧州の保守政党は極右に流れた票を取り戻そうと必死だ。
「難民・移民政策を転換するため多数派獲得を目指す」
メルツ氏は X(旧ツイッター) にこう投稿した。「私たちは私たちが正しいと考えること、正しいと信じることを表明した。残念ながら与党の社会民主党(SPD)と緑の党はこの道を一緒に歩もうとはしなかった。私たちは難民・移民政策を転換するため多数派獲得を目指す」
第2次トランプ政権に参加する実業家イーロン・マスク氏は自らが所有するXに「無能で愚か者のオラフ・ショルツ首相は即刻退陣すべきだ。ドイツの伝統的な政党は国民を完全に裏切っている。AfDこそドイツにとって唯一の希望だ」と投稿し、ドイツ政局をカオスに陥れた。
欧州難民危機で難民に門戸を開放し、AfD台頭を招いたアンゲラ・メルケル前首相(元CDU党首)は政界引退後、公の場には滅多に姿を見せない。回顧録『自由 記憶1954~2021年』を出版したが「停滞と自己満足と機会喪失の16年だった」(英紙タイムズ)とこき下ろされた。
「動議、法案。その次は」
昨年11月の演説で「たとえそれが一時的なものであったとしても一般的に敬遠されているAfDの支持を受けて政策を可決することには反対だ」と明言していたメルツ氏の転向にメルケル氏は「AfDの票で多数派を目指すのは間違っている」と後継者を痛烈に批判した。
アンナレーナ・ベアボック外相(緑の党)も「自分の家を燃やすのに鉄球で防火壁を壊す必要はない。穴を開け続けるだけで十分だ。動議、法案。次は何が来るのか」と強い懸念を示した。メルツ氏の政治的打算がナチスと同様、AfDのさらなる台頭を招くのか。
2月2日、ベルリンのブランデンブルク門に約16万人が集まり「われわれは防火壁だ。AfDとは協力しない」「メルツよ、恥を知れ」と書かれた横断幕が掲げられた。欧州政治において極右勢力の影響力はもはや無視できない。民主主義の原則が損なわれるとの懸念が深まっている。
<メルツ党首率いるドイツ最大野党のキリスト教民主同盟(CDU)が極右「ドイツのための選択肢」の協力を得て提出した移民制限法改正案は否決されたが>
[ロンドン発]ドイツ連邦議会(下院)は1月31日、移民制限を厳格化するため次期首相の最有力候補フリードリヒ・メルツ氏率いる保守の最大野党キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)が極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の支持を得て提出した法改正案を否決した。
ドイツでの難民申請はシリア内戦の激化による欧州難民危機で2015、16年に計122万件超、ロシアのウクライナ全面侵攻で22年以降、計83万人超にのぼる。一方、大量の難民を支える経済力は対ロシア制裁、中国製電気自動車(EV)の台頭で苦境に追い込まれている。
昨年12月、マクデブルクのクリスマス市にSUVが突っ込み、6人が死亡、299人以上が負傷した。サウジアラビア出身で難民認定を受けた医師が逮捕された。ドイツでは最近、難民による無差別殺傷事件が相次いでいる。
このため反移民感情が強まり、ドイツ国民の約3分の2が移民制限と国境管理の強化を唱える中、2月23日に総選挙が行われる。
禁断の極右勢力との政治協力
同連邦議会は全733議席中、CDU/CSUが196議席、AfDが76議席。693議員が投票し、反対350票、賛成338票、棄権5票で否決された。極右勢力との協力に与野党から批判が噴出し、CDU/CSUからも造反者が出た。1月29日の動議に賛成した自由民主党(FDP)も反対に回った。
ドイツではナチスの反省から第二次大戦後、極右勢力との協力には厳格な「防火壁」が設けられてきた。CDU/CSUは総選挙の世論調査で30%と首位に立つ。20%台前半で2位のAfDを支持する保守層の奪還を狙って禁断の極右協力に踏み出したメルツ氏の戦略は裏目に出た格好だ。
メルツ氏が主導した移民流入制限法の強化案はドイツへの移民数を減らすことを目的にしている。難民が家族をドイツに呼び寄せることを制限し、不法滞在する人を強制送還するためより厳しい措置を求めていた。欧州の保守政党は極右に流れた票を取り戻そうと必死だ。
「難民・移民政策を転換するため多数派獲得を目指す」
メルツ氏は X(旧ツイッター) にこう投稿した。「私たちは私たちが正しいと考えること、正しいと信じることを表明した。残念ながら与党の社会民主党(SPD)と緑の党はこの道を一緒に歩もうとはしなかった。私たちは難民・移民政策を転換するため多数派獲得を目指す」
第2次トランプ政権に参加する実業家イーロン・マスク氏は自らが所有するXに「無能で愚か者のオラフ・ショルツ首相は即刻退陣すべきだ。ドイツの伝統的な政党は国民を完全に裏切っている。AfDこそドイツにとって唯一の希望だ」と投稿し、ドイツ政局をカオスに陥れた。
欧州難民危機で難民に門戸を開放し、AfD台頭を招いたアンゲラ・メルケル前首相(元CDU党首)は政界引退後、公の場には滅多に姿を見せない。回顧録『自由 記憶1954~2021年』を出版したが「停滞と自己満足と機会喪失の16年だった」(英紙タイムズ)とこき下ろされた。
「動議、法案。その次は」
昨年11月の演説で「たとえそれが一時的なものであったとしても一般的に敬遠されているAfDの支持を受けて政策を可決することには反対だ」と明言していたメルツ氏の転向にメルケル氏は「AfDの票で多数派を目指すのは間違っている」と後継者を痛烈に批判した。
アンナレーナ・ベアボック外相(緑の党)も「自分の家を燃やすのに鉄球で防火壁を壊す必要はない。穴を開け続けるだけで十分だ。動議、法案。次は何が来るのか」と強い懸念を示した。メルツ氏の政治的打算がナチスと同様、AfDのさらなる台頭を招くのか。
2月2日、ベルリンのブランデンブルク門に約16万人が集まり「われわれは防火壁だ。AfDとは協力しない」「メルツよ、恥を知れ」と書かれた横断幕が掲げられた。欧州政治において極右勢力の影響力はもはや無視できない。民主主義の原則が損なわれるとの懸念が深まっている。