Infoseek 楽天

「アメリカは抜けない...」諦めムードに沈む中国だが「ナンバー2」の方が「お得」かもしれない?

ニューズウィーク日本版 2025年2月5日 15時52分

ジョン・フェン(東アジア政治担当)、マイカ・マッカートニー(アジア安全保障担当)
<日本の二の舞になってしまうのか? 人類史上かつてない人口急減で成長は頭打ちに、遥かに強固な基盤を持つトランプ政権との対峙で中国が進む道とは──>

中国では、各地で地方当局の職員が未婚既婚を問わず女性に電話をかけ、子供を産むように促している。北京の政策立案者は長期化が予想される対米貿易戦争を見据えて国力の増強を目指しており、女性たちへの電話攻撃もその一環なのだ。

【関連記事】適齢期の女性に「なぜ生まないのか?」と電話...婚姻数急減に焦った中国の「逆効果な作戦」とは?

現在、中国の人口はアメリカの約4倍だが、国連の推計によれば2100年までにアメリカの人口が18%増えるのに対し、中国はおよそ55%減少する。戦争、疫病、飢饉の要因を抜きにここまで急激な人口減少に直面した社会は、歴史上かつてない。

出生率の低迷に対する中央政府の懸念を受け、地方政府は矢継ぎ早に出産奨励政策を打ち出している。全国規模での出産の呼びかけは、労働力の縮小と高齢化に対する不安が国の最高指導部に届いていることを示す確かな証拠だ。労働力の縮小と高齢化はどちらも、長期的な景気の拡大を著しく阻害する。

2020年代は習近平(シー・チンピン)国家主席にとって歴史的な10年になるはずだった。中国は破竹の勢いで成長を続け、経済力でアメリカを追い抜くのは必至とみられていた。

だから中国経済への逆風と人口問題の深刻さに、多くのエコノミストが驚いた。英シンクタンクの経済経営研究センターは20年、中国が28年までにアメリカを超え世界最大の経済大国になると予想したが、2年後にこれを36年と修正。さらに今年に入り、今後15年以内にアメリカを抜く可能性はないと再度改めた。

1200年の歴史を誇る仏教寺院 GOLF WAS HERE/GETTY IMAGES

原因は経済成長モデルの行き詰まりとデフレへの対処の失敗にあると、英オックスフォード大学中国センター(University of Oxford's China Centre)のジョージ・マグナス研究員はみる。

「今すぐ中国が世界の製造業と貿易に多大な影響を及ぼさなくなるわけではない。アジアを超えて力を行使しなくなるわけでもない」と、マグナスは言う。「だが影響力の基盤が経済にあった分、その影響力はおそらく既にピークを迎えており、今後は低下すると思われる」

第2次大戦後、中国の人口は急増し、これに歯止めをかけたのが1979年に導入された一人っ子政策だった。以降2016年に政策が廃止されるまで、中流層と都市部のエリート層は子供の数を制限された。

1970年代、1人の女性が生涯に産む子供の数は6人と高水準にあったが、国連によればこの数は、現在1人前後まで落ちている。上海などの大都市では少子化がさらに顕著で、合計特殊出生率は人口を維持するのに必要とされる2.1をはるかに下回る0.6だ。

経済的に豊かになる一方で、中国では高齢化も進む。社会保障の負担増加、生活コストの上昇、家族観の変化といった豊かな社会ならではの特徴が、多くの大都市に見て取れる。

ある市民は女性に対する圧力を、オンラインでこう批判した。「かつてこの国には生殖の自由がなかったが、今は当局が間接的に生殖の選択に干渉してくる。数十年の経済発展を経ても、政府による『人民』の統制、そして敬意と自由を軽んじる姿勢は変わらない」

当局が語ろうとしないのは、経済の低成長の影響だ。人口問題を克服しなくとも、経済大国ではいられる。だが世界の金融システムにおいてアメリカから覇権を奪いたいなら、これに対処しなくてはならない。

大都市の合計特殊出生率は0.6と人口維持に必要な2.1を下回る(重慶市の母子) CHENG XIN/GETTY IMAGES

コロナ禍の低迷を抜け出せず

中国が目指す多極的世界秩序の構築には権力の分散と脱ドル化が必要で、そのためにはドイツと日本を抜き世界第2位の経済大国になったときのような圧倒的な発展が求められる。しかし産業の原動力となってきた労働力は、減少しつつある。

国連の統計によれば、中国の人口は2040年までに現在の約14億人から13億人に減る。15〜64歳の生産年齢人口の割合は70%から64%に落ち、65歳以上の高齢者の割合は25年の15%から27%まで増えるとされる。

同時期で比べると、アメリカの人口は3億4700万人から3億7000万人に増加する。生産年齢人口の割合は64.5%から62%に減少し、高齢者の割合は18%から22%に増加する。

アメリカの出生率も1.6と人口維持に必要な2.1に届いていないが、決定的な違いが1つある。移民の数だ。

ピュー・リサーチセンターによれば2023年、アメリカには海外出身の居住者が4780万人おり、人口の14.3%を占めた。一方20年に実施された中国の国勢調査では在留外国人の数は143万人で、人口のわずか0.1%にすぎなかった。

かつての目覚ましい経済成長は、毛沢東の死後に行われた改革のたまものだった。新型コロナウイルスが猛威を振るう以前から、インフラへの過剰投資と不動産市場の過剰債務により成長には陰りが見られた。

厳しい行動制限を課した「ゼロコロナ政策」を政府が唐突に打ち切っておよそ2年が過ぎた今も、危機は続く。景気は緩やかな回復にとどまり、大きく持ち直してはいない。

2024年は不動産セクターの低迷、消費意欲の減退、地方政府の巨額債務に負けず何とか5%の成長目標を達成したが、過去に見せた余裕の2桁成長を思えば隔世の感がある。

「中国のGDPがアメリカを上回る可能性はほぼ消えたと思う。23年と24年、対世界・対米比率共に『中国の台頭』が始まって以来初めて後退した」と、オックスフォード大学のマグナスは本誌に語った。

少なくとも1つの基準では中国は既にトップだ。IMFのデータを見ると、中国の購買力平価(PPP、モノやサービスの値段を基準にした換算レート)は少なくとも17年以降はアメリカを上回っている。

PPPベースで防衛費を比較すると、中国の持続的な産業力と、中国が欧米当局のいう「最大の軍備増強」を達成できる理由が説明できる。

中国海軍の近代化は数十年単位ではなく数年単位で進んでいる可能性がある。米国防総省によれば、ロケット軍が運搬可能な核弾頭数は20年代末までに1000発に達する見込みだ。

防衛費の直接比較で言えば、中国の軍事支出はアメリカの国防予算8860億ドルの約4分の1。英シンクタンクの経済政策研究センターによるPPPベースの予測では、アメリカの3分の2だった。

旧正月に向けてランタンを作る浙江省の工場 WANG HUABINーVCG/GETTY IMAGES

「PPPベースの購買力は中国の国防費の購買力を測るのに役立つが、軍事支出イコール軍事力とは言えない」と、台湾の政治学者で国立台湾大学の中国研究センターのフィリップ・シュー所長は言う。

「アメリカは多くの兵器システムで今も中国より技術的優位にある。中国の軍の腐敗は深刻で、軍事費が毎年どの程度失われているか分からない」

かつての日本の二の舞いに?

1980年代、アメリカにとって最大の貿易摩擦の相手は最も緊密な同盟国の1つ、日本だった。日本製品の輸出攻勢はアメリカの製造業が衰退するのではないかという不安を招いた。だがそうした不安は間もなく日本のバブル崩壊で雲散霧消した。

IMFの昨年4月の世界経済見通しによれば、日本の名目GDPは今年インドに抜かれて世界5位に転落する見込みだ。

中国指導部は資本主義と計画経済が混在する状況下で予測不可能な市場要因に対処しなければならないだろう。アジアの隣国である日本はデフレスパイラルと「失われた数十年」と呼ばれる長期の景気低迷に陥った。

中国も同じ道をたどるとみる向きもあるが、国営メディアは頑として認めようとしない。

昨年12月の中央経済工作会議で、共産党と政府は「より積極的な財政政策」を実施する方針を打ち出した。米格付け会社スタンダード&プアーズ(S&P)は、これまでの政府の保守的なアプローチ──野心的だが期待外れで遅きに失した景気刺激策──は相対的な景気低迷を助長し、その結果、今年の経済成長率は5%以下にとどまるとみている。

中国政府が次なる技術革命の最前線に立つことがさまざまな指標の悪化を相殺するカギかもしれない。自動化とAI(人工知能)のテコ入れに成功しているならなおさらだ。

中国は既に再生エネルギーと電気通信分野では他をリードし、先端的な生産拠点はグローバルサウス(途上国の大半が位置する南半球)の手付かずのグリーン市場を獲得する一助となっている。

「商業用原子力や量子通信、一部の産業用AIアプリといった分野で、中国は既に世界の主要国と同等もしくは優位にある。特に戦略的テクノロジーの規模拡大では群を抜いている。

顕著な例がグリーンエネルギーと重要鉱物。最初の開発から消費者向け市場への参入までのプロセスで成功したたまものだ」と、アジア・ソサエティー政策研究所中国分析センターのフェローで中国経済を研究するリジー・C・リーは言う。

「だが技術的に優位に立つには(産官学連携の)イノベーションエコシステム全体の健全さが重要だ。その点、アメリカは分散型イノベーションモデルのおかげで圧倒的優位を保っている。中国のアプローチは戦略部門で迅速な成果を上げることには秀でているが、アメリカのシステムの柔軟性と順応性のほうが持続的イノベーションに貢献する」

第2次トランプ政権に対抗

中国政府はトランプ新政権による関税引き上げや半導体輸出規制など新たな貿易戦争に備えている。今回、米経済は貿易戦争への備えもできていると、IMFで中国部門の責任者を務めたコーネル大学のエスワー・プラサド教授(経済学)は本誌に語った。

「第1次トランプ政権の時、中国経済は好調で年間平均成長率は7%近かったが、今年と来年は目標の5%を達成するのに苦労するだろう。家計需要は低迷、輸出依存度が大幅に上昇している。アメリカの基盤のほうがはるかに強固で、米中貿易摩擦が激化すればトランプ政権の中国との交渉力が増すことになる」

バイデン前政権の産業政策は中国政府をひどくいら立たせた。アメリカの政策立案者たちは欧米のイノベーションが中国の軍拡をあおるのではないかと懸念。

AIとプロセッサ設計における中心的地位を確保するべく、国内の半導体産業を強化する「CHIPSおよび科学(CHIPSプラス)法」による資金提供や中国の締め出しに着手した。

バイデン政権は、中国への半導体輸出の制限を相次いで打ち出してきた。半導体分野における中国の研究開発を数十年単位で遅らせることが狙いだ。1月の退任直前にも、18カ国の友好国以外への先端半導体の輸出管理を強化する方針を発表した。

中国商務省は、1月の措置に関して、バイデン政権が国際貿易のルールに「甚だしく違反している」と非難した。もっとも、中国企業は既に半導体の備蓄を増やして準備していた。一方、このような輸出規制により、アメリカの半導体関連企業が巨大な中国市場を失いかねないとの指摘もある。

アメリカや友好国の政府は、中国製の電気自動車も標的にしている。EUは昨年10月、中国製の電気自動車に対する関税を最大45%まで引き上げることを決めた。5年前の関税率はわずか3%だった。

中国企業との取引に関しては、サプライチェーンの脆弱性を高めるのではないかという懸念も付いて回る。重要物資の調達先をアメリカ国内や友好国に変更する動きは、差し当たり続くだろう。

しかし、アメリカが本当に中国との関わりを断つことは難しいのかもしれない。中国はこの10年以上、アメリカにとって上位3カ国の貿易相手国の1つだからだ。

「競争が中国とアメリカの関係の全てではない。両国関係の全体を競争関係として捉えることに、わが国は反対する」と、在米中国大使館の劉鵬宇(リウ・ポンユィ)報道官は本誌に述べた。「実際には、中国とアメリカの経済面での相互補完関係は競争関係よりはるかに大きい」

中国経済の先行きに暗い影を落としている要素としては、中国への直接投資が近年大幅に減少していることも挙げられる。外国からの直接投資の減少は、経済成長と企業の事業拡大、雇用創出の足を引っ張る。

中国商務省によれば、昨年1~11月に外国から中国に流入した直接投資はおよそ1000億ドル。前年同期比で28%の減少だ。

もっとも、巨大な市場を擁する中国は、依然として魅力的な投資先であり続けている。それに、中国への直接投資が減少していることは事実にしても、近年はそもそも世界全体で対外直接投資が減少傾向にある。国連によると、23年にその規模は10%縮小している。

中国は、地理的にもっと自国に近い場所で手ごわい競争相手の挑戦を受けている。インドが中国を猛追しているのだ。インドは、23年に中国を抜いて世界で最大の人口大国に躍り出た。経済発展著しい途上国の大半がそうであるように、インドでも出生率は低下傾向にあるが、それでもまだ中国の2倍近い。

ナンバー2のほうが得かも

インドの経済規模は2020年代末までに、外国からの旺盛な直接投資を追い風に現在の3倍に拡大すると予測されている。中国を追い越すのはまだ先だが、ブルームバーグ・エコノミクスによると、インド経済の成長率は早ければ28年に、遅くとも37年には中国を上回り、世界1位になる見通しだ。

「インド経済の台頭により、インド太平洋地域とグローバルサウスにおけるインドの影響力が増大し、中国に対する強力な対抗勢力になることは間違いない。とはいえ、中国とインドの関係はゼロサムゲームではない。中国は先進製造業の分野に君臨し続け、インドはITサービスの分野と新興国市場で頭角を現していくだろう」と、アジア・ソサエティー政策研究所の南アジア部門責任者を務めるファルワ・アーメルは言う。

1月にBRICSに正式加盟したインドネシアも中国のライバルになり得る国の1つだ。国民の平均年齢は29歳。中国より10歳も若い。既に東南アジア最大の経済大国であり、年8%のペースの経済成長を目指している。2045年までに先進国に仲間入りすることが目標だ。

「インドは、世界最大の経済大国とまではいかなくても、世界の経済大国の1つにはなるだろう」と、昆山杜克大学(中国・蘇州)のピーター・サトラー上級講師(経済学)は言う。「世界の国々の経済的均衡が強まるだろう。今後は裕福な国がもっと増える。マレーシアの経済は力強く成長しているし、ベトナムもインドネシアも成長している。最近こそ危機に陥っているが、バングラデシュも成長している」

サトラーはさらに言う。「一部のアフリカ諸国も成長と発展を遂げるだろう。中南米諸国も豊富な人的資本を擁していて、先進国の所得水準に近づいていくはずだ」

一方、もし中国の経済がアメリカを追い抜けないとしても、中国が世界で強大な政治的・経済的影響力を振るえる可能性が縮小するわけではないと、アジア・ソサエティー政策研究所のリーは言う。

「ナンバー2にとどまるほうが地政学的に得策という可能性もある。言ってみれば『覇権国の重荷』を回避でき、紛争の解決や経済の安定などに関して世界規模の責任を担うことを期待されずに済む」

この記事の関連ニュース