アンジェラ・ネイグル(作家・社会評論家)
<「デジタル革命」とはなりえなかった、「マノスフィア(manosphere)」について>
オルタナ右翼の専門家・アンジェラ・ネイグルによる話題書『普通の奴らは皆殺し インターネット文化戦争 オルタナ右翼、トランプ主義者、リベラル思想の研究』(Type Slowly)より第6章「マノスフィア(男性空間)に入会すること」を一部抜粋。
人類にとってひとつの「黒歴史」になるであろう歴史の軌跡を「サブカルチャー」という視点から丁寧に叙述した話題書より。
◇ ◇ ◇
近年、フェミニズムが拡張しウェブ上で繁栄を見せている。
だが、永遠に続くかのような過激なジェンダー・ポリティクスが、男性的なものを否定する言説をフェミニストのダークウェブ空間からメインストリームへと移行させて一般的なものにしていく状況のなか、男性中心主義者による反フェミニズムのポリティクスもふたたび発展を見せている。
オルタナ右翼のレトリックのなかで中心的なものだった「レッド・ピル(赤い薬)を飲む」という比喩は、インターネット上の右翼の異なる層と絶え間なく影響し合う男性中心主義で反フェミニズム的なポリティクスのサブカルチャーにとっても中心的なものだった。
こうしたウェブ上の反フェミニズム的運動と結びついた多くのサイトやサブカルチャーや自己認識が増大し、それが別の文化政治を進めていたならば、「デジタル革命」として記録されていたであろうことは疑いない。
これらのサブカルチャーは、しばしばお互いに敵意を抱いていたり、政治的哲学的に重要な違いがいくつかあったりしたが、見ていた者たちはそれらをひとまとまりで「マノスフィア(manosphere)」と表現した。
この単語は、男性の健康の軽視や自殺、あるいは社会的サービスの不公平といった進歩的な男性問題を扱うアクティビストたちに始まり、独身性への望まざる強迫やヘイトに満たされ、ルサンチマンをたっぷり含む、きわめて恐ろしいレベルのミソジニー文化に占拠されたインターネットの不快な一角にまでいたる、あらゆるものを説明するために用いられてきた。
炎上ばかりで光がささないような典型的な文化戦争の側面を探究する前に言っておくが、男性の権利運動のなかにもみられる、公正さを求める純粋に平等主義的な目的に対して、わたしはいっさい共感を示していないわけではない。
法廷における公正で平等な扱いはあらゆる人がもつ権利であり、男子のほうが学校の成績が悪い状態がずっと続いていることや、高い自殺率、男性ならば悪く言ってもいいという一般的な文化は、すべて批判を受け改善されねばならない。
多くのフェミニストや、わたしもそこに含まれているような[女性の]運動が、こうした男性の問題については不寛容で独断的であるという点では彼らは正しい。
だが、インターネット空間を観察してみると、凶暴で憎悪に満ちたミソジニーや、辛辣で陰謀論的な考え、あるいはそうした思考のなかに流れる一般的な意味でのひどい性格を否定することが単純に不可能になっている。
それゆえ、わたしのここでの説明は、Tumblrリベラリズムや4chanあるいはその他のものの最悪な部分の説明と同じように、一般的に「男性の運動」と呼ばれるものの描写ではなく、ウェブ上で栄えたさらにダークな最下層を説明するものだと述べておきたい。
本来の男性運動は、厳格で伝統的な性役割を批判するものとして、フェミニスト運動や性の解放運動から派生し、それと並行して発展した。このことを知れば、掲示板に粘着する大勢の住人は恐れおののくだろう、男性ジェンター学のマイケル・キンメル(アメリカの社会学者)はそう述べる。
男性の解放はのちにフェミニズムの動きから離れて発展したが、その理由は、フェミニズム第二波が徐々に男性に対して敵対的になり、レイプやDVをめぐる物言いのなかで男性全体を批判したことにあった。
男性の社会的役割の経験についての問題は、さまざまな思想家の話題となり、大きく異なった方向性をもつ党派に取り上げられたので、分裂傾向は強まった。
男性の運動が、男性が排除され差別を受けていた制度を最初に集中的に取り上げるようになったのは、90年代になってからのことだ。
アンジェラ・ネイグル(Angela Nagle)
1984年、アメリカ・テキサス州生まれ、アイルランド・ダブリン在住の作家・社会評論家。オルタナ右翼の専門家として「ニューヨーカー」「バッフラー」「ジャコバン」「アイリッシュ・タイムズ」ほか多くの雑誌に寄稿している。反フェミニストのオンライン・サブカルチャーに関する研究で博士号を取得。2017年に刊行した『KILL ALL NORMIES』は、白人至上主義のオルタナ右翼の起源に迫るドキュメンタリー『Trumpland: Kill All Normies』の原作となった。著書に『緊縮財政下のアイルランド 新自由主義の危機と解決策(Ireland under austerity: Neoliberal crisis, neoliberal solutions)』 (コリン・コールターとの共著)など。
『普通の奴らは皆殺し インターネット文化戦争 オルタナ右翼、トランプ主義者、リベラル思想の研究』(Type Slowly)
アンジェラ・ネイグル[著]
大橋完太郎[訳]/清義明 [監]
(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)
<「デジタル革命」とはなりえなかった、「マノスフィア(manosphere)」について>
オルタナ右翼の専門家・アンジェラ・ネイグルによる話題書『普通の奴らは皆殺し インターネット文化戦争 オルタナ右翼、トランプ主義者、リベラル思想の研究』(Type Slowly)より第6章「マノスフィア(男性空間)に入会すること」を一部抜粋。
人類にとってひとつの「黒歴史」になるであろう歴史の軌跡を「サブカルチャー」という視点から丁寧に叙述した話題書より。
◇ ◇ ◇
近年、フェミニズムが拡張しウェブ上で繁栄を見せている。
だが、永遠に続くかのような過激なジェンダー・ポリティクスが、男性的なものを否定する言説をフェミニストのダークウェブ空間からメインストリームへと移行させて一般的なものにしていく状況のなか、男性中心主義者による反フェミニズムのポリティクスもふたたび発展を見せている。
オルタナ右翼のレトリックのなかで中心的なものだった「レッド・ピル(赤い薬)を飲む」という比喩は、インターネット上の右翼の異なる層と絶え間なく影響し合う男性中心主義で反フェミニズム的なポリティクスのサブカルチャーにとっても中心的なものだった。
こうしたウェブ上の反フェミニズム的運動と結びついた多くのサイトやサブカルチャーや自己認識が増大し、それが別の文化政治を進めていたならば、「デジタル革命」として記録されていたであろうことは疑いない。
これらのサブカルチャーは、しばしばお互いに敵意を抱いていたり、政治的哲学的に重要な違いがいくつかあったりしたが、見ていた者たちはそれらをひとまとまりで「マノスフィア(manosphere)」と表現した。
この単語は、男性の健康の軽視や自殺、あるいは社会的サービスの不公平といった進歩的な男性問題を扱うアクティビストたちに始まり、独身性への望まざる強迫やヘイトに満たされ、ルサンチマンをたっぷり含む、きわめて恐ろしいレベルのミソジニー文化に占拠されたインターネットの不快な一角にまでいたる、あらゆるものを説明するために用いられてきた。
炎上ばかりで光がささないような典型的な文化戦争の側面を探究する前に言っておくが、男性の権利運動のなかにもみられる、公正さを求める純粋に平等主義的な目的に対して、わたしはいっさい共感を示していないわけではない。
法廷における公正で平等な扱いはあらゆる人がもつ権利であり、男子のほうが学校の成績が悪い状態がずっと続いていることや、高い自殺率、男性ならば悪く言ってもいいという一般的な文化は、すべて批判を受け改善されねばならない。
多くのフェミニストや、わたしもそこに含まれているような[女性の]運動が、こうした男性の問題については不寛容で独断的であるという点では彼らは正しい。
だが、インターネット空間を観察してみると、凶暴で憎悪に満ちたミソジニーや、辛辣で陰謀論的な考え、あるいはそうした思考のなかに流れる一般的な意味でのひどい性格を否定することが単純に不可能になっている。
それゆえ、わたしのここでの説明は、Tumblrリベラリズムや4chanあるいはその他のものの最悪な部分の説明と同じように、一般的に「男性の運動」と呼ばれるものの描写ではなく、ウェブ上で栄えたさらにダークな最下層を説明するものだと述べておきたい。
本来の男性運動は、厳格で伝統的な性役割を批判するものとして、フェミニスト運動や性の解放運動から派生し、それと並行して発展した。このことを知れば、掲示板に粘着する大勢の住人は恐れおののくだろう、男性ジェンター学のマイケル・キンメル(アメリカの社会学者)はそう述べる。
男性の解放はのちにフェミニズムの動きから離れて発展したが、その理由は、フェミニズム第二波が徐々に男性に対して敵対的になり、レイプやDVをめぐる物言いのなかで男性全体を批判したことにあった。
男性の社会的役割の経験についての問題は、さまざまな思想家の話題となり、大きく異なった方向性をもつ党派に取り上げられたので、分裂傾向は強まった。
男性の運動が、男性が排除され差別を受けていた制度を最初に集中的に取り上げるようになったのは、90年代になってからのことだ。
アンジェラ・ネイグル(Angela Nagle)
1984年、アメリカ・テキサス州生まれ、アイルランド・ダブリン在住の作家・社会評論家。オルタナ右翼の専門家として「ニューヨーカー」「バッフラー」「ジャコバン」「アイリッシュ・タイムズ」ほか多くの雑誌に寄稿している。反フェミニストのオンライン・サブカルチャーに関する研究で博士号を取得。2017年に刊行した『KILL ALL NORMIES』は、白人至上主義のオルタナ右翼の起源に迫るドキュメンタリー『Trumpland: Kill All Normies』の原作となった。著書に『緊縮財政下のアイルランド 新自由主義の危機と解決策(Ireland under austerity: Neoliberal crisis, neoliberal solutions)』 (コリン・コールターとの共著)など。
『普通の奴らは皆殺し インターネット文化戦争 オルタナ右翼、トランプ主義者、リベラル思想の研究』(Type Slowly)
アンジェラ・ネイグル[著]
大橋完太郎[訳]/清義明 [監]
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