ジェフ・ヤング(環境・サステナビリティー担当)
<原油の掘削もLNG輸出も拡大。前政権の排ガス規制は廃止して、メタンガスの放出は黙認。バイデン政権のエネルギー政策は180度転換される>
与党・共和党が多数派の米上院で、ドナルド・トランプ大統領が政府の要職に指名した人事を粛々と承認する儀式が続いている。
そんななか、エネルギー業界は政権に大胆な要求を突き付けてきた。なにしろ昨秋の選挙戦では、トランプだけでなく多くの共和党議員や知事の応援に記録的な資金を注ぎ込んできた。当然、元は取りたい。
全米石油協会(API)は1月14日、トランプ政権と議会に対してエネルギー政策の独自「ロードマップ」を提出した。とにかく掘らせろ、自動車の排ガス規制や天然ガスの輸出規則は撤回しろという内容だ。
「先の選挙ではアメリカのエネルギー政策が問われ、われらが勝った」。APIのマイク・ソマーズCEOは記者会見でそう述べた。大統領選も議会選も共和党が制した以上、石油業界の未来は明るいというわけだ。
選挙資金を追跡する非営利団体オープンシークレッツによると、石油・天然ガス業界は過去のどの選挙よりも多くの資金を共和党と保守系の候補者や政治団体に提供した。
昨年の選挙戦における業界の政治献金は総額約2億3900万ドルで、2020年の選挙より約60%多い。その約89%は共和党または保守派の団体に流入したが、大半は選挙資金規制の対象にならない「ソフトマネー」または候補者の陣営に直接渡さない「外部支出」という形だった。
カリフォルニア州サンホアキンバレーにあるサウスベリッジ油⽥の掘削現場 HALBERGMAN/GETTY IMAGES
アメリカの石油・天然ガス生産量はバイデン前政権下で急増し、今や押しも押されもせぬ世界最大の産油国だ。それでもソマーズはトランプ政権に対し、まずは大西洋岸、太平洋岸、およびメキシコ湾岸の数億エーカーに及ぶ海域での新規掘削禁止を撤回しろと要求した。
「今こそ国有地のリースに関してエネルギー第一の姿勢を復活させ、わが国はエネルギー投資を歓迎するというシグナルを送るべきだ」とソマーズは言う。
トランプ政権にはバイデン時代の禁止命令を覆す権限があると、法廷で主張する用意もあるという。ただし多くの環境法の専門家によると、そのような動きには議会の承認が必要だ。
ソマーズは液化天然ガス(LNG)の輸出ターミナル新設についても、バイデン政権による禁止措置の解除を求めている。ウクライナ戦争でロシアからの天然ガス供給が激減したため、今は欧州諸国がアメリカ産LNGをせっせと買っている。
しかし環境派の活動家に言わせると、LNGの輸出は温室効果ガスの排出を増やし、クリーンエネルギーへの転換を遅らせるだけだ。また輸出を増やせば米国内のエネルギー価格が上昇するとの懸念もある。
ちなみにエネルギー省が昨年12月に発表したところでは、大規模なLNG輸出基地は「それだけで世界141カ国それぞれの年間排出量よりも多くの温室効果ガスを排出する」そうだ。
輸出を増やせば国内向けの供給が減って価格が上がり、電気料金が上がるとも予測している。
対してソマーズは、S&Pグローバルの新しいデータによればLNG業界は過去10年間でGDPに4000億ドル以上の貢献をし、数十万人を雇用していると反論した。
エネルギー長官の指名承認公聴会で発言するクリス・ライト AL DRAGOーBLOOMBERG/GETTY IMAGES
自動車業界と利害対立?
APIは石油・ガスの掘削や輸送の過程で排出されるメタンガスに対する課金の廃止も求めている。メタンは天然ガスの主成分だが、二酸化炭素以上に強力な温室効果ガスであり、掘削現場や輸送管からの漏洩で大気中に放出されている。
高感度の観測衛星などにより、漏洩メタンが大気中のメタン濃度を押し上げていることも判明している。昨年夏には上空からの観測で、米国内の石油掘削現場からのメタンガス排出量が石油業界の自主規制値の8倍に上ることが分かった。
また7月にオンライン学術誌フロンティアズ・イン・サイエンスに掲載された研究によると、大気中のメタン濃度の増加率は「従来の想定ペースを上回っている」という。
ソマーズによれば、業界もメタン排出の抑制に取り組んでおり、一定の規制が必要なことは理解しているが、それでも排出量への課金には反対だという。
そんなことをすれば「アメリカ経済の原動力となっているこのエネルギー源の生産が、いずれ減少に転じかねない」からだ。
APIは自動車業界への規制にも言及している。具体的には、バイデン政権下の環境保護庁(EPA)が昨年3月に出した厳しい排ガス規制の廃止を求めている。
しかし、これは電動化に莫大な投資をしてきた自動車産業の利害と対立してしまう恐れがある。
実際、業界を代表する自動車イノベーション協会(AAI)のジョン・ボゼッラ会長はEPAの新たな排ガス規制を歓迎し、業界の「未来は電動化にある」と述べている。
厳しい排ガス規制があればこそ国内の自動車メーカーは電気自動車の開発・増産に注力でき、結果として国外市場での競争力も付くという。「自動車メーカーはこうした流れにコミットしている」ともボゼッラは言った。
ちなみに石油業界代表のソマーズは、「アメリカの消費者は電動化を望んでいない」と反論している。また35年までに在来型ガソリン車のほとんどの新規販売を禁止するとのカリフォルニア州の計画には、自動車業界も石油業界も反対している。
ただし気候変動への国際的な取り組みに関しては、APIはあえて触れていない。例えばパリ協定からの離脱は求めていない。
「アメリカ政府がパリ協定にとどまるか否かにかかわらず、石油業界は今後も、自らの事業において排出削減の努力を続ける」とソマーズも語っている。
昨年11月にアゼルバイジャンで開催されたCOP29(国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議)では、エクソンモービルのダレン・ウッズCEOがアメリカのパリ協定「再離脱」は望まないと語った。
そんな政策転換は「多くの不確実性を生み出す」だけで事業に悪影響を及ぼす。ウッズはウォール・ストリート・ジャーナルにそう語っている。
石油業界の独り勝ちに
APIが独自のエネルギー政策「ロードマップ」を発表した頃、トランプの指名したエネルギー・環境関係の閣僚候補たちは連邦議会に赴き、承認のための公聴会に臨んでいた。彼らの実績も主張もAPIの提言と見事なまでに一致している。
トランプがエネルギー長官に選んだクリス・ライトは、フラッキング(水圧破砕法)で岩盤中の天然ガスや石油を掘りまくっている会社リバティ・エナジーのCEO。
EPA長官に推挙されたリー・ゼルディンは元下院議員で、環境保護有権者連盟によると、在任中の彼は環境保護関連の採決でわずか14%しか賛成票を投じていない。もちろん主要な気候変動対策には反対した。
内務長官に起用されたダグ・バーガムは前ノースダコタ州知事で、昨年の大統領選では共和党の予備選に出馬していた。当時、彼は「バイデン政権のエネルギー政策を百八十度転換する」と叫んでいた。
見てきたとおり、2期目のトランプ政権はバイデン時代のエネルギー政策の撤回を急いでいる。ホワイトハウスの若き報道官キャロライン・レビットもX(旧ツイッター)への投稿で、これからは化石燃料一直線だと吹聴している。
「もっと掘ってガソリン代を安くしてくれとトランプ大統領に要求してきた国民の皆さん、安心してください。ジョー・バイデンの政策はもう終わりです」。
レビットはそう書き、トランプの大好きなスローガンを繰り返した。「そう、私たちは掘って掘って、掘りまくります」
This is a disgraceful decision designed to exact political revenge on the American people who gave President Trump a mandate to increase drilling and lower gas prices. Rest assured, Joe Biden will fail, and we will drill, baby, drill. https://t.co/NvWx7oA2vU— Karoline Leavitt (@karolineleavitt) January 6, 2025
<原油の掘削もLNG輸出も拡大。前政権の排ガス規制は廃止して、メタンガスの放出は黙認。バイデン政権のエネルギー政策は180度転換される>
与党・共和党が多数派の米上院で、ドナルド・トランプ大統領が政府の要職に指名した人事を粛々と承認する儀式が続いている。
そんななか、エネルギー業界は政権に大胆な要求を突き付けてきた。なにしろ昨秋の選挙戦では、トランプだけでなく多くの共和党議員や知事の応援に記録的な資金を注ぎ込んできた。当然、元は取りたい。
全米石油協会(API)は1月14日、トランプ政権と議会に対してエネルギー政策の独自「ロードマップ」を提出した。とにかく掘らせろ、自動車の排ガス規制や天然ガスの輸出規則は撤回しろという内容だ。
「先の選挙ではアメリカのエネルギー政策が問われ、われらが勝った」。APIのマイク・ソマーズCEOは記者会見でそう述べた。大統領選も議会選も共和党が制した以上、石油業界の未来は明るいというわけだ。
選挙資金を追跡する非営利団体オープンシークレッツによると、石油・天然ガス業界は過去のどの選挙よりも多くの資金を共和党と保守系の候補者や政治団体に提供した。
昨年の選挙戦における業界の政治献金は総額約2億3900万ドルで、2020年の選挙より約60%多い。その約89%は共和党または保守派の団体に流入したが、大半は選挙資金規制の対象にならない「ソフトマネー」または候補者の陣営に直接渡さない「外部支出」という形だった。
カリフォルニア州サンホアキンバレーにあるサウスベリッジ油⽥の掘削現場 HALBERGMAN/GETTY IMAGES
アメリカの石油・天然ガス生産量はバイデン前政権下で急増し、今や押しも押されもせぬ世界最大の産油国だ。それでもソマーズはトランプ政権に対し、まずは大西洋岸、太平洋岸、およびメキシコ湾岸の数億エーカーに及ぶ海域での新規掘削禁止を撤回しろと要求した。
「今こそ国有地のリースに関してエネルギー第一の姿勢を復活させ、わが国はエネルギー投資を歓迎するというシグナルを送るべきだ」とソマーズは言う。
トランプ政権にはバイデン時代の禁止命令を覆す権限があると、法廷で主張する用意もあるという。ただし多くの環境法の専門家によると、そのような動きには議会の承認が必要だ。
ソマーズは液化天然ガス(LNG)の輸出ターミナル新設についても、バイデン政権による禁止措置の解除を求めている。ウクライナ戦争でロシアからの天然ガス供給が激減したため、今は欧州諸国がアメリカ産LNGをせっせと買っている。
しかし環境派の活動家に言わせると、LNGの輸出は温室効果ガスの排出を増やし、クリーンエネルギーへの転換を遅らせるだけだ。また輸出を増やせば米国内のエネルギー価格が上昇するとの懸念もある。
ちなみにエネルギー省が昨年12月に発表したところでは、大規模なLNG輸出基地は「それだけで世界141カ国それぞれの年間排出量よりも多くの温室効果ガスを排出する」そうだ。
輸出を増やせば国内向けの供給が減って価格が上がり、電気料金が上がるとも予測している。
対してソマーズは、S&Pグローバルの新しいデータによればLNG業界は過去10年間でGDPに4000億ドル以上の貢献をし、数十万人を雇用していると反論した。
エネルギー長官の指名承認公聴会で発言するクリス・ライト AL DRAGOーBLOOMBERG/GETTY IMAGES
自動車業界と利害対立?
APIは石油・ガスの掘削や輸送の過程で排出されるメタンガスに対する課金の廃止も求めている。メタンは天然ガスの主成分だが、二酸化炭素以上に強力な温室効果ガスであり、掘削現場や輸送管からの漏洩で大気中に放出されている。
高感度の観測衛星などにより、漏洩メタンが大気中のメタン濃度を押し上げていることも判明している。昨年夏には上空からの観測で、米国内の石油掘削現場からのメタンガス排出量が石油業界の自主規制値の8倍に上ることが分かった。
また7月にオンライン学術誌フロンティアズ・イン・サイエンスに掲載された研究によると、大気中のメタン濃度の増加率は「従来の想定ペースを上回っている」という。
ソマーズによれば、業界もメタン排出の抑制に取り組んでおり、一定の規制が必要なことは理解しているが、それでも排出量への課金には反対だという。
そんなことをすれば「アメリカ経済の原動力となっているこのエネルギー源の生産が、いずれ減少に転じかねない」からだ。
APIは自動車業界への規制にも言及している。具体的には、バイデン政権下の環境保護庁(EPA)が昨年3月に出した厳しい排ガス規制の廃止を求めている。
しかし、これは電動化に莫大な投資をしてきた自動車産業の利害と対立してしまう恐れがある。
実際、業界を代表する自動車イノベーション協会(AAI)のジョン・ボゼッラ会長はEPAの新たな排ガス規制を歓迎し、業界の「未来は電動化にある」と述べている。
厳しい排ガス規制があればこそ国内の自動車メーカーは電気自動車の開発・増産に注力でき、結果として国外市場での競争力も付くという。「自動車メーカーはこうした流れにコミットしている」ともボゼッラは言った。
ちなみに石油業界代表のソマーズは、「アメリカの消費者は電動化を望んでいない」と反論している。また35年までに在来型ガソリン車のほとんどの新規販売を禁止するとのカリフォルニア州の計画には、自動車業界も石油業界も反対している。
ただし気候変動への国際的な取り組みに関しては、APIはあえて触れていない。例えばパリ協定からの離脱は求めていない。
「アメリカ政府がパリ協定にとどまるか否かにかかわらず、石油業界は今後も、自らの事業において排出削減の努力を続ける」とソマーズも語っている。
昨年11月にアゼルバイジャンで開催されたCOP29(国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議)では、エクソンモービルのダレン・ウッズCEOがアメリカのパリ協定「再離脱」は望まないと語った。
そんな政策転換は「多くの不確実性を生み出す」だけで事業に悪影響を及ぼす。ウッズはウォール・ストリート・ジャーナルにそう語っている。
石油業界の独り勝ちに
APIが独自のエネルギー政策「ロードマップ」を発表した頃、トランプの指名したエネルギー・環境関係の閣僚候補たちは連邦議会に赴き、承認のための公聴会に臨んでいた。彼らの実績も主張もAPIの提言と見事なまでに一致している。
トランプがエネルギー長官に選んだクリス・ライトは、フラッキング(水圧破砕法)で岩盤中の天然ガスや石油を掘りまくっている会社リバティ・エナジーのCEO。
EPA長官に推挙されたリー・ゼルディンは元下院議員で、環境保護有権者連盟によると、在任中の彼は環境保護関連の採決でわずか14%しか賛成票を投じていない。もちろん主要な気候変動対策には反対した。
内務長官に起用されたダグ・バーガムは前ノースダコタ州知事で、昨年の大統領選では共和党の予備選に出馬していた。当時、彼は「バイデン政権のエネルギー政策を百八十度転換する」と叫んでいた。
見てきたとおり、2期目のトランプ政権はバイデン時代のエネルギー政策の撤回を急いでいる。ホワイトハウスの若き報道官キャロライン・レビットもX(旧ツイッター)への投稿で、これからは化石燃料一直線だと吹聴している。
「もっと掘ってガソリン代を安くしてくれとトランプ大統領に要求してきた国民の皆さん、安心してください。ジョー・バイデンの政策はもう終わりです」。
レビットはそう書き、トランプの大好きなスローガンを繰り返した。「そう、私たちは掘って掘って、掘りまくります」
This is a disgraceful decision designed to exact political revenge on the American people who gave President Trump a mandate to increase drilling and lower gas prices. Rest assured, Joe Biden will fail, and we will drill, baby, drill. https://t.co/NvWx7oA2vU— Karoline Leavitt (@karolineleavitt) January 6, 2025