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連邦政府職員を「ディープステート」として国民の敵に仕立てて粛清し、トランプが得るものとは

ニューズウィーク日本版 2025年2月6日 16時34分

ジェームス・ビッカートン
<選挙で選ばれたわけでもないのに国家の中枢で隠然たる権力を振るい、トランプのような「改革者」の妨害をしてきた「ディープステート」とは、実際はどんな人間たちなのか>

米ドナルド・トランプ大統領が目指す連邦政府解体に向けた取り組みの一環として、連邦政府人事管理局(OPM)が200万人を超える連邦職員に早期退職を呼びかけたことに批判の声が上がっている。

だが人事管理局はこの批判を一蹴しており、同局のマクローリン・ピノバー報道官は米公共放送ナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)が報じた声明の中で、「(早期退職の提案は)組織の再編にあたって連邦職員を支援するため綿密な審査の上で考案された、またとない寛大なチャンス」だと述べた。



「誤った情報で職員たちを互いに争わせるのではなく、自分や家族のために最善の決断を下せるよう事実と自由を提供するべきだ」

米退役軍人保健局のある職員は、現場の士気は「きわめて低い」と次のように語った。「私たちは怠慢で無能だと言われている。私たちも一般の人々と同じように仕事を持つ普通の人間なのに、トランプは彼らと私たち連邦職員を敵対させようとしている。これこそ職員の士気をくじき混乱を招くやり方だ」

怠惰で無能なくせに、隠然たる力でトランプのような「選ばれた指導者」の邪魔立てをする、それが陰謀論者の言う「ディープステート」で、トランプが再び大統領に返り咲いた今、連邦政府職員は完全に一般国民と敵対し、粛清すべき存在となった。

メンタルヘルスを専門に扱う米退役軍人省のある職員は、「連邦職員を標的にする現政権のやり方が職場に大きなストレスを引き起こしており、自殺願望やPTSDに苦しむ退役軍人を支援するという本来の仕事に集中できなくなっている」と語った。「自分の仕事に情熱を持ってきたが、」今のような圧力の下でこの仕事を続けていけるのかどうか不安が募る」



「しかし」、と同職員は続ける。「現政権の狙いは裏目に出た。私も同僚も怒りで奮い立っており、最後まで辞職はしないと決意を固めている。この理不尽に立ち向かい、退役軍人のためにいい仕事を続けていきたい」

トランプの支持者たちは、連邦職員は高給だと指摘する。米社会保障局によれば、アメリカの平均給与額は6万6622ドル。これに対して本誌が2024年に分析したところでは、多くの連邦機関の平均給与額は10万ドルを超えている。



中でも最も給与が高いのが、金融業界の規制を担う米証券取引委員会(SEC)だ。人事局によれば、SECの平均給与額は21万3844ドル。職員の数は5000人弱だ。

一方、主な連邦機関の中で最も低給なのは米農務省。農務省の職員は9万2000人超で、平均給与額は年間8万6425ドルだという。

だが連邦職員たちは本誌に対して、給与が全てではないと語っている。彼らは合衆国憲法を守ることが自分たちの第一の責務であり、違法な命令には従わないと述べた。

ニューイングランドにある連邦機関で働くある職員は「連邦職員には違法な命令に背く権利がある。憲法を守る使命があるからだ」と語る。「連邦議会議員と同じこの誓いを、私たちは真剣に受け止めている。この国を愛しているし、自分たちの使命を信じている」



メリーランド州で働く米国市民権・移民業務局のある職員はこう述べた。「私は(入局にあたって)憲法に対して宣誓したのであって、大統領にではない。リンカーンが述べたように、この国の政府は『人民の、人民による、人民のための』ものだ。現政権はそれを思い出す必要がある。われわれはアメリカ国民に仕えているのであって、大統領にではない」

Hold the line! We made an oath to protect the constitution from threats, both foreign and domestic. byu/SarahOfBramblewood infednews



別の国防総省の職員はトランスジェンダーであることから「多大なストレスにさらされている」と言う。「新政権には完全に頭にきている」

トランプは就任早々から、新政権はトランスジェンダーに対する全国レベルの保護政策を取りやめようと動いている。19歳未満の若者の性転換治療に対する連邦政府からの支援停止を盛り込んだ大統領令がその一例だ。



国防総省に対しては、トランスジェンダーを軍務から締め出すための政策を再検討するよう指示した。性別は男性と女性しか認めないとする大統領令にも署名している。

トランスジェンダーの人々の権利を狙い撃ちするという戦術は、トランプの選挙運動でも特に効果を上げたものの1つだった。

トランプの選挙広告には、カマラ・ハリス副大統領(当時)が服役中のトランスジェンダーの人々の性転換治療を支持すると語る20年の大統領選挙の時の動画がしばしば使われた。キャッチフレーズはこうだ。「カマラは連中の味方。トランプ大統領はあなたの味方」

連邦政府の職員で、連邦刑務所局やインディアン保健局など複数の連邦機関と仕事をする医師は、トランスジェンダーの権利について具体的に言及はしなかったが、強い調子でこう述べた。

「政治家はわれわれを利用して、公務員や公務員がやっている必要不可欠な仕事に関して嘘をついている。(だが)政治家が姿を消した後もずっと残って働き続けるのはわれわれ公務員だ」



トランプ政権の高官たちは、思い切った連邦政府改革が必要だと主張し続けてきた。2024年11月の大統領選挙でトランプが勝利した後、イーロン・マスクは自らが所有するソーシャルメディアのX(旧ツイッター)で、いつもの調子でこう切り捨てた。

「政府の無駄使いの規模たるや、目も当てられないひどさだ!」

セントルイス連邦準備銀行によれば、2022年夏以降、連邦政府の職員数は増加を続けている。

財務省のデータによれば、2022年度の連邦政府の歳出総額は6兆7500億ドル。つまりマスクの掲げる2兆ドルの歳出削減目標を達成するには、政府の規模を一気に三分の一に削る必要がなる。そうなれば、トランプ政権と政府内の批判派の緊張はさらに悪化することになる。

トランプが法も理念も無視して何でも自分の思う通りに事を運ぼうとする限り、トランプへの抵抗を示す「ホチキスと星」の旗が降ろされることはなさそうだ。

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