ニール・バルジライ (アルバート・アインシュタイン医科大学教授)
<重要なのは「寿命」ではなく、「健康寿命」...。長寿遺伝子発見者による、アンチエイジングの最前線から>
長寿遺伝子発見者による、最新研究と衝撃の提言書『SuperAgers スーパーエイジャー 老化は治療できる』(CCCメディアハウス)の第2章「なぜ老いるのか」より一部編集・抜粋。
重要なのは寿命(ライフスパン)ではなく、健康寿命(ヘルススパン)...。
◇ ◇ ◇
わたしが老化科学の研究を始めたころ、摂取カロリーを減らすと寿命が延びるという説が世界中の研究室で検証されていた。ふだん食べている量を減らすことを「カロリー制限」という。
動物実験では、老化を遅くし、平均寿命や最高寿命、そして健康寿命を延ばすのに再現可能な効果がもっともあることがわかった。何年ものあいだカロリー制限が遺伝科学の中心となってきたのは、それまで発見されたなかで、大幅に寿命を延ばし、加齢性疾患の発症を遅らせると信頼できる唯一の方法だったからだ。
わたしたちは、さまざまなげっ歯類で容易に再現できる実験で、ラットの摂取カロリーを40%制限してみた。すると、カロリー制限されたラットは、自由裁量で好きなだけ餌を食べたラットよりも約40%長生きした。この結果に世界中の研究室が色めきたち、カロリー制限で最高寿命が延びる理由を探りはじめた。
わたしたちの発見をまとめると、カロリー制限は、げっ歯類の加齢性病変、がん、その他の加齢性疾患を減らし、ほとんどの生理的機能の速度を落とすことがわかった。つまり寿命だけでなく、健康寿命も延びるのである。さらにうれしいのは、人間にも同じような効果がたしかにあると考えられることだった。
ただ、わたしは2型糖尿病の専門医なので、人々にとってカロリー制限がどんなに難しいかよく知っている。どの患者にも体重を減らすようにと指示するのだが、それができる人は3%以下だ。
もしカロリー制限が人間にもラットと同じぐらい効くのなら、制限が効くメカニズムを特定し、それほどカロリーを減らさなくてもよい薬や治療法を開発する必要があるだろう。いわば疑似カロリー制限だ。
大半の人はどんなにがんばっても、ふだんの食事量から毎食40%のカロリーを減らしつづけることはできないだろう。なんとかやっている人については、わたしはいつもこう言っている。「必ずとは言えませんが、たぶん長生きできると思いますよ」
脂肪の秘密を解く
わたしたちの研究では、たしかにカロリー制限が直接病気を減らし、寿命を延ばしているように見えた。でもわたしには、このように劇的な結果をもたらしているのがカロリー制限そのものだという確信がなかった。
そこでまず、少食は老化そのものではなく肥満を防ぎ、肥満でなくなることで病気の発症を遅らせる防御機能が働いて、寿命が延びるのではないかと考えた。そして次のようなことを思いついた。
外で暮らすラットは餌を探すため毎日何マイルも走るので、多くのカロリーを消費する。そのラットをケージに入れる。そこでは好きなだけ食べられるので、当然外にいたときよりたくさん食べ、しかも走りまわることができない。
これはある意味、肥満とやせについての実験であり、体重維持のための食事とカロリー制限についての実験ではない。そろそろ脂肪を新しい観点から見る時がきたのだ。わたしたちはそのための研究を始めた。
(略)
脂肪細胞は余分な脂肪を蓄えているにすぎないと思われていたが、脂肪すなわち脂肪組織が生体としての作用を持ち、ホルモンやペプチドを分泌していることをわたしたちは発見した。
そのホルモンのひとつは「レプチン」と呼ばれ、満腹になったことを脳に伝えるものだ。何年もまえのことだが、レプチンは体重減少の治療薬になるだろうと多くの科学者が考えていた。
ところが、たしかに脂肪細胞が多いほどレプチンも多いものの、脳の受容体はある時点を超えると反応するのをやめ、このホルモンの効果がなくなってしまう。満腹を伝える信号を受けとるかわりに、信号がブロックされ、まだ十分食べていないように感じるからだ。
ラットなどによるレプチンの実験では、若い動物で生じた効果が、高齢の動物では生じなかった。カロリー制限は概ね老化を食いとめるが、高齢の動物はカロリー制限していてもレプチンに反応しない。
このように高齢になるとレプチン耐性ができるので、レプチンはカロリー制限の疑似効果を持つ老化治療薬として使うことができないとわかった。
(略)
カロリー制限は期待通りの効果を示し、そのグループは制限なしのグループより約40%長生きした。内臓脂肪を取り除いたグループはそれほど長くないが、対照群より約20%長生きした。
このように、内臓脂肪を取り除くと、最高寿命がカロリー制限したラットの寿命に近づいた。つまり栄養そのもの、または栄養を与えた時間が老化の一因だが、内臓脂肪を取り除けば、長寿にめざましい効果があるということだ。
人々にこの手術をするつもりはないが、同じ効果がある侵襲性の低い治療法や薬を開発できるかもしれない。ある企業が腹腔内の脂肪をとかす方法を開発中で、わたしたちも協力している。
サルでは著しい代謝の向上が実証され、現在ヒトでの臨床試験を始めるところだ。なので、もうすぐ良い知らせをお伝えできるだろう。
また、皮下脂肪についてもすばらしいニュースがある。皮膚の下に少量の脂肪があるのは良いことだとわかってきている。
皮下脂肪はウイルスや細菌など、皮膚から侵入しようとする物質への防御バリアとして働くだけでなく、「善玉」ペプチドや、アディポネクチンのような脂肪ホルモンを分泌するからだ。これらはすでに述べたように、センテナリアン[編集部注:百寿者/100歳以上の人]の体内に多く見られる物質である。
(略)
カロリー制限が健康寿命と寿命を延ばしているらしいとわかったので、それが成長ホルモン、性ホルモン、甲状腺ホルモンの値や、インスリン値、コルチゾール値にどのように影響するか、学界が関心を持つようになった。
結果として、動物モデルでカロリー制限時のホルモン値を維持しても、それだけで寿命の延びは見られなかった。
これまでのところ、減少することで寿命に違いをもたらすとわかっている唯一のものは、成長ホルモンの減少だ(これについては本書『SuperAgers スーパーエイジャー 老化は治療できる』第4章で詳しく説明する)。
ストレスホルモンのコルチゾールについては、40%の食事制限がストレスをもたらすので値が上がるが、コルチゾールを高齢の動物に投与すると、じつは寿命が短くなる。
わたしの考えでは、ヒトにもっとも関係するカロリー制限の研究は、遺伝によってカロリー制限の効果がどう変わるかを示した研究だ。
サンアントニオ出身の同僚ジム・ネルソンが、同僚たちとともにこの興味深い研究を行い、遺伝的にまったく違う2匹のマウスを交配させた。
すると、マウスは41の遺伝的に異なる背景を持つオスとメスの子どもたちを産んだ。マウスたちは好きなだけ食べるか、カロリー制限されているかどちらかだが、意外にも、カロリー制限したマウスの約半数だけが、好きなだけ食べたマウスより長生きし、残りの半数は寿命が短かった。
これは遺伝的背景が重要であり、カロリー制限が例外なく効くわけではないことを意味している。ヒトの場合も、カロリー制限が長寿につながるかどうかは遺伝的背景による。また、制限すべきカロリー量もDNAによって違うかもしれない。
この研究の欠点のひとつは、カロリー制限を40%よりゆるくしていたら、長寿のマウスがもっと見られたかもしれないということだ。もしカロリーを20%減にしていたら、カロリー制限されたマウスの半数よりかなり多くが、好きなだけ食べたマウスより長生きしていたと思う。
ニール・バルジライ (Nir Barzilai)
1955年生まれ。アルバート・アインシュタイン医科大学教授。同大学老化研究所設立者。ポール・F・グレン老化生物学研究センター、およびアメリカ国立衛生研究所(NIH)ネイサン・ショック・センター加齢基礎生物学部門のディレクターも務めている。専門は内分泌学。100歳を超える長寿家系を調べ、ヒトの長寿遺伝子を世界で初めて発見した。長寿研究の世界的権威として、全米老年問題研究連盟(AFAR)「アーヴィング・S・ライト賞」など数々の賞を受賞している。本書が初の一般書となる。
『SuperAgers スーパーエイジャー 老化は治療できる』
ニール・バルジライ/トニ・ロビーノ[著]
牛原 眞弓[訳]
CCCメディアハウス[刊]
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<重要なのは「寿命」ではなく、「健康寿命」...。長寿遺伝子発見者による、アンチエイジングの最前線から>
長寿遺伝子発見者による、最新研究と衝撃の提言書『SuperAgers スーパーエイジャー 老化は治療できる』(CCCメディアハウス)の第2章「なぜ老いるのか」より一部編集・抜粋。
重要なのは寿命(ライフスパン)ではなく、健康寿命(ヘルススパン)...。
◇ ◇ ◇
わたしが老化科学の研究を始めたころ、摂取カロリーを減らすと寿命が延びるという説が世界中の研究室で検証されていた。ふだん食べている量を減らすことを「カロリー制限」という。
動物実験では、老化を遅くし、平均寿命や最高寿命、そして健康寿命を延ばすのに再現可能な効果がもっともあることがわかった。何年ものあいだカロリー制限が遺伝科学の中心となってきたのは、それまで発見されたなかで、大幅に寿命を延ばし、加齢性疾患の発症を遅らせると信頼できる唯一の方法だったからだ。
わたしたちは、さまざまなげっ歯類で容易に再現できる実験で、ラットの摂取カロリーを40%制限してみた。すると、カロリー制限されたラットは、自由裁量で好きなだけ餌を食べたラットよりも約40%長生きした。この結果に世界中の研究室が色めきたち、カロリー制限で最高寿命が延びる理由を探りはじめた。
わたしたちの発見をまとめると、カロリー制限は、げっ歯類の加齢性病変、がん、その他の加齢性疾患を減らし、ほとんどの生理的機能の速度を落とすことがわかった。つまり寿命だけでなく、健康寿命も延びるのである。さらにうれしいのは、人間にも同じような効果がたしかにあると考えられることだった。
ただ、わたしは2型糖尿病の専門医なので、人々にとってカロリー制限がどんなに難しいかよく知っている。どの患者にも体重を減らすようにと指示するのだが、それができる人は3%以下だ。
もしカロリー制限が人間にもラットと同じぐらい効くのなら、制限が効くメカニズムを特定し、それほどカロリーを減らさなくてもよい薬や治療法を開発する必要があるだろう。いわば疑似カロリー制限だ。
大半の人はどんなにがんばっても、ふだんの食事量から毎食40%のカロリーを減らしつづけることはできないだろう。なんとかやっている人については、わたしはいつもこう言っている。「必ずとは言えませんが、たぶん長生きできると思いますよ」
脂肪の秘密を解く
わたしたちの研究では、たしかにカロリー制限が直接病気を減らし、寿命を延ばしているように見えた。でもわたしには、このように劇的な結果をもたらしているのがカロリー制限そのものだという確信がなかった。
そこでまず、少食は老化そのものではなく肥満を防ぎ、肥満でなくなることで病気の発症を遅らせる防御機能が働いて、寿命が延びるのではないかと考えた。そして次のようなことを思いついた。
外で暮らすラットは餌を探すため毎日何マイルも走るので、多くのカロリーを消費する。そのラットをケージに入れる。そこでは好きなだけ食べられるので、当然外にいたときよりたくさん食べ、しかも走りまわることができない。
これはある意味、肥満とやせについての実験であり、体重維持のための食事とカロリー制限についての実験ではない。そろそろ脂肪を新しい観点から見る時がきたのだ。わたしたちはそのための研究を始めた。
(略)
脂肪細胞は余分な脂肪を蓄えているにすぎないと思われていたが、脂肪すなわち脂肪組織が生体としての作用を持ち、ホルモンやペプチドを分泌していることをわたしたちは発見した。
そのホルモンのひとつは「レプチン」と呼ばれ、満腹になったことを脳に伝えるものだ。何年もまえのことだが、レプチンは体重減少の治療薬になるだろうと多くの科学者が考えていた。
ところが、たしかに脂肪細胞が多いほどレプチンも多いものの、脳の受容体はある時点を超えると反応するのをやめ、このホルモンの効果がなくなってしまう。満腹を伝える信号を受けとるかわりに、信号がブロックされ、まだ十分食べていないように感じるからだ。
ラットなどによるレプチンの実験では、若い動物で生じた効果が、高齢の動物では生じなかった。カロリー制限は概ね老化を食いとめるが、高齢の動物はカロリー制限していてもレプチンに反応しない。
このように高齢になるとレプチン耐性ができるので、レプチンはカロリー制限の疑似効果を持つ老化治療薬として使うことができないとわかった。
(略)
カロリー制限は期待通りの効果を示し、そのグループは制限なしのグループより約40%長生きした。内臓脂肪を取り除いたグループはそれほど長くないが、対照群より約20%長生きした。
このように、内臓脂肪を取り除くと、最高寿命がカロリー制限したラットの寿命に近づいた。つまり栄養そのもの、または栄養を与えた時間が老化の一因だが、内臓脂肪を取り除けば、長寿にめざましい効果があるということだ。
人々にこの手術をするつもりはないが、同じ効果がある侵襲性の低い治療法や薬を開発できるかもしれない。ある企業が腹腔内の脂肪をとかす方法を開発中で、わたしたちも協力している。
サルでは著しい代謝の向上が実証され、現在ヒトでの臨床試験を始めるところだ。なので、もうすぐ良い知らせをお伝えできるだろう。
また、皮下脂肪についてもすばらしいニュースがある。皮膚の下に少量の脂肪があるのは良いことだとわかってきている。
皮下脂肪はウイルスや細菌など、皮膚から侵入しようとする物質への防御バリアとして働くだけでなく、「善玉」ペプチドや、アディポネクチンのような脂肪ホルモンを分泌するからだ。これらはすでに述べたように、センテナリアン[編集部注:百寿者/100歳以上の人]の体内に多く見られる物質である。
(略)
カロリー制限が健康寿命と寿命を延ばしているらしいとわかったので、それが成長ホルモン、性ホルモン、甲状腺ホルモンの値や、インスリン値、コルチゾール値にどのように影響するか、学界が関心を持つようになった。
結果として、動物モデルでカロリー制限時のホルモン値を維持しても、それだけで寿命の延びは見られなかった。
これまでのところ、減少することで寿命に違いをもたらすとわかっている唯一のものは、成長ホルモンの減少だ(これについては本書『SuperAgers スーパーエイジャー 老化は治療できる』第4章で詳しく説明する)。
ストレスホルモンのコルチゾールについては、40%の食事制限がストレスをもたらすので値が上がるが、コルチゾールを高齢の動物に投与すると、じつは寿命が短くなる。
わたしの考えでは、ヒトにもっとも関係するカロリー制限の研究は、遺伝によってカロリー制限の効果がどう変わるかを示した研究だ。
サンアントニオ出身の同僚ジム・ネルソンが、同僚たちとともにこの興味深い研究を行い、遺伝的にまったく違う2匹のマウスを交配させた。
すると、マウスは41の遺伝的に異なる背景を持つオスとメスの子どもたちを産んだ。マウスたちは好きなだけ食べるか、カロリー制限されているかどちらかだが、意外にも、カロリー制限したマウスの約半数だけが、好きなだけ食べたマウスより長生きし、残りの半数は寿命が短かった。
これは遺伝的背景が重要であり、カロリー制限が例外なく効くわけではないことを意味している。ヒトの場合も、カロリー制限が長寿につながるかどうかは遺伝的背景による。また、制限すべきカロリー量もDNAによって違うかもしれない。
この研究の欠点のひとつは、カロリー制限を40%よりゆるくしていたら、長寿のマウスがもっと見られたかもしれないということだ。もしカロリーを20%減にしていたら、カロリー制限されたマウスの半数よりかなり多くが、好きなだけ食べたマウスより長生きしていたと思う。
ニール・バルジライ (Nir Barzilai)
1955年生まれ。アルバート・アインシュタイン医科大学教授。同大学老化研究所設立者。ポール・F・グレン老化生物学研究センター、およびアメリカ国立衛生研究所(NIH)ネイサン・ショック・センター加齢基礎生物学部門のディレクターも務めている。専門は内分泌学。100歳を超える長寿家系を調べ、ヒトの長寿遺伝子を世界で初めて発見した。長寿研究の世界的権威として、全米老年問題研究連盟(AFAR)「アーヴィング・S・ライト賞」など数々の賞を受賞している。本書が初の一般書となる。
『SuperAgers スーパーエイジャー 老化は治療できる』
ニール・バルジライ/トニ・ロビーノ[著]
牛原 眞弓[訳]
CCCメディアハウス[刊]
(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)