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「ハエへの殺虫効果」「オスにとって精力剤的な一面」を確認...岡山大「カフェイン×昆虫」研究の成果と期待される応用

ニューズウィーク日本版 2025年2月11日 9時45分

茜 灯里
<カフェインのヒト以外への正負の効能に迫る研究が進んでいる。「昆虫とカフェインの関係」を解明することで、ヒトがカフェインを取り過ぎた時の悪影響に関する新たな知見が得られる可能性も>

コーヒーやお茶、エナジードリンクなどに含まれるカフェインは、適度に摂取すると眠気を解消したり集中力を上げたりする効果があります。受験勉強や仕事の夜ふかしでお世話になる人も多いでしょう。

一方、カフェインを取り過ぎると眠れなくなることもよく知られています。昨今は研究が進み、過剰摂取によってめまいや下痢などの急性作用やカルシウム排出量を上げることによる骨粗鬆症リスクの増大が起こるといった負の作用が詳細に調べられているとともに、ヒト以外への正負の効能も注目を集めています。

岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域の宮竹貴久教授と大学院博士後期課程で国費留学生として研究するミャンマー出身のShine Shane Naingさんらは、腐った肉やゴミ捨て場の周辺でよく見られるヒロズキンバエに濃いカフェインを含んだ砂糖水を飲ませると7日以内に死滅することを確認しました。研究の詳細は、10日付で日本応用動物昆虫学会誌「Applied Entomology and Zoology」にオンライン掲載されました。

昆虫とカフェインの関係はどこまで分かってきたのでしょうか。この研究はどのような応用が期待されるでしょうか。概観してみましょう。

かんきつ類の花蜜にもカフェイン

カフェインと虫の関係は、2013年3月に著名科学誌「サイエンス」に掲載された「カフェインはミツバチの記憶能力や花粉媒介能力を強化する」という論文が掲載されて、一般からも関心を向けられるようになりました。

英ニューカッスル大学、グリニッジ大学などの共同研究によると、糖蜜にカフェインを入れて与えられたミツバチは、糖蜜のみを与えられた場合と比べて、24時間後も花の香りを覚えていた個体が3倍も多かったそうです。

研究者たちは、自然界でカフェインはコーヒーノキだけでなくかんきつ類の花蜜などに広く分布していることも発見しました。そこで、「ミツバチにとって苦い味のカフェインが花蜜に入っているのは、花から花へ飛び回るときに場所を覚えるために役立つからではないか」と仮説を立てました。

その後も、少量のカフェインがミツバチの延命に効果をもたらすことが示されたり、逆に高濃度のカフェインを昆虫に与えると発育抑制や寿命に対する負の効果が見られるといった報告があったりしました。けれど、害虫に対してカフェインがどのような影響を及ぼし、害虫駆除に有効かについてはよく分からないままでした。

高濃度のカフェインが昆虫の寿命に影響するとしたら、カフェインは除虫菊のような天然由来成分による殺虫剤や農薬の候補になる可能性があります。また、ヒトがカフェインを取り過ぎた時の悪影響に関しても新たな知見が得られるかもしれません。

「昆虫とカフェイン」にまつわる世界初の見解

今回、「ヒロズキンバエとカフェインの関係」について研究した宮竹研究室は、これまでも「昆虫とカフェイン」をテーマにユニークな研究をしてきました。

たとえば、20年にはカフェイン入りの砂糖水をコクヌストモドキ(貯蔵穀物の害虫)に飲ませてみたところ、カフェインを飲んだオスはメスへの求愛が活発になり、メスに早くマウントし、交尾器も早く突出させることが分かりました。けれど、より多くの卵を受精させる効果はなかったので、「カフェインは昆虫のオスにとって精力剤的な一面がある」という世界初の見解を発表しました。

本研究では、「今までカフェインによる害虫駆除としてコーヒー抽出物の散布などの方法が試されてきたが、効果が明瞭でなかったのはカフェインをきちんと昆虫の体内に取り込めていないからでないか」と考え、苦いカフェインを砂糖水に混ぜることでヒロズキンバエに経口で確実に摂取させて調べることにしました。

ヒロズキンバエは成虫が1~1.5センチ程度の大きさで、世界中に広く分布しています。通常、虫卵は腐敗した物質(動物の死体や糞便)に産み付けられます。つまり、死体にウジが湧いたり、生ゴミに虫がたかったりする時にイメージされる昆虫です。

病原体を媒介する害虫で、衛生状態が悪い国では傷口に虫卵が植え付けられる危険もあります。一方、近年はミツバチの代替としてイチゴの新たな花粉媒介昆虫としたり、無菌状態で繁殖させたウジに壊死組織を食べさせて治療に役立てたりする活用も注目されています。

実験では、あらかじめ4%濃度の砂糖水を与えるとヒロズキンバエの寿命が長くなることを確かめ、そこに異なる濃度のカフェインを混ぜて成虫に飲ませていきました。

ヒロズキンバエの平均寿命は通常は30日程度ですが、0.5%より濃いカフェインを含んだ砂糖水には強い殺虫効果が認められ、1週間以内にすべての個体が死にました。一方、それより薄い濃度のカフェイン入り砂糖水には殺虫効果は認められませんでした。また、カフェインを与えると成虫の歩行活動量と体内の脂肪量が減少することも分かりました。

化学農薬より心理的に受け入れやすいカフェイン農薬

研究者らは、「カフェインの過剰摂取は、ハエに対して明確な殺虫効果が認められたことから、今後、殺虫剤への使用の可能性が期待できる」としており、今後は歩行活動量と脂肪量がどのようにハエの短命化と関連しているのかを研究していくと言います。

「天然由来の物質だから、安全」とは言い切れませんが、研究者らは①カフェインは過剰に摂取しなければ化学農薬よりも人体に与える影響は少ないと考えられる、②これまでの害虫に対するカフェインの効果の研究は結果にばらつきがあったが、今回、経口摂取で確実に飲ませる方法で顕著な寿命短縮効果が検証された、としています。

実用化に向けては、広いフィールドにいる害虫に今回の実験のように確実にカフェインを摂取させるにはどうしたらよいかも鍵となります。けれど私たちにとって、カフェイン農薬は化学農薬よりも心理的にも受け入れやすいでしょう。

また今回、不快な虫のイメージが強いヒロズキンバエの用途の広さを知った方もいることでしょう。ハエは嫌いな人が多い昆虫ですが、「役に立つ意外な側面」もあるのです。

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