トム・オコナー(外交担当副編集長)、エリー・クック(安全保障・防衛担当)
<「住民大移動」「アメリカによる開発」を突然ぶち上げたトランプ大統領だが、和平の実現には世界が「腐りきった」パレスチナ自治政府に向き合い「唯一の道」にたどり着く必要がある>
絶妙のタイミングだったのは間違いない。6週間の期限付きとはいえ、パレスチナ自治区ガザでの停戦が発効したのはドナルド・トランプが2度目の大統領就任式に臨む前日の1月19日。運がよければ、2023年10月に始まった戦争はこのまま終結に向かうかもしれない。
就任式当日にも、トランプは上機嫌で手柄話を繰り返していた。いわく、停戦案の大筋は昨年5月段階でまとまっていたのに前大統領ジョー・バイデンは決め切れなかった、だから自分がスティーブ・ウィトコフを特使として送り込み、ぎりぎりで突破口を開かせたのだ、などなど。
実際、イスラエル側の複数の情報源も本誌に、トランプ陣営のひと押しでみんなが動いたと証言している。
トランプは就任から1週間足らずで、イスラエルとレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラとの停戦合意の延長も見届けた。トランプ流「力による平和」路線の船出は、まず順調と言えそうだ。
しかし新政権が移民の大量強制送還やデンマーク領グリーンランドの「購入」構想などで、国内外で多くの物議を醸しているのも事実。この先を見据えるなら、そして今回の貴重な外交的勝利を無駄にしないためにも、中東和平には一段と真摯で慎重な取り組みが求められる。
「イスラエルのネタニヤフ首相はトランプにノーと言えなかった。カタールやエジプトはトランプに貸しをつくりたかった。だから(イスラム組織)ハマスを説き伏せ、あの時点での停戦をのませた。自分の政権下で戦闘が再開される事態をトランプは望まないという読みがあったからだ」。
ベテラン外交官でワシントン中近東政策研究所のデニス・ロスはそう語った。
中東和平交渉での辣腕を期待されるトランプ大統領 JULIA DEMAREE NIKHINSONーPOOL/GETTY IMAGES
ロスは1990年代に中東和平交渉で奔走した元国務省高官で、イスラエルとパレスチナの暫定自治拡大合意(オスロ合意)やイスラエルとヨルダンの平和条約締結に貢献した人物。
「大統領に復帰したトランプがこの停戦合意を自分の手柄にしたいなら、そして戦闘の再開を望まないなら、自分の影響力をもっと発揮する必要がある」とも指摘した。
しかしイスラエルの政治情勢は複雑だ。ネタニヤフは連立政権の維持に極右政党からの支持を必要としているため、全ての関係者(トランプを含む)が合意を発表した後になって、ようやく停戦合意の第1段階に踏み込む決断を下した。
それでも極右のイタマル・ベングビール国家治安担当相は抗議の辞任をしたし、ベツァレル・スモトリッチ財務相も強く反発している。
一方でネタニヤフは、3つの目標を達成するまで戦争を続けると宣言している。まずは23年10月7日のハマスによる奇襲攻撃(イスラエル人約1200人が死亡、約250人が人質に取られた)で拘束された人質全員の解放。
次に軍事・政治的に機能する組織としてのハマスの壊滅。そしてガザが二度とイスラエルにとっての脅威となり得ないようにすることだ。
アメリカが起草した停戦合意によると、第1段階では6週間の交戦停止期間中に人質と拘束パレスチナ人の交換を段階的に進め、軍の部分的撤収も行う。
その後も人質交換を進め、終わったらイスラエル軍は全面撤退し、それからガザの再建が始まる。ただし、ガザの将来的な統治形態には言及していない。
政権1期目にイスラエルのネタニヤフ首相と会談するトランプ DOUG MILLSーPOOLーSIPA USAーREUTERS
いわゆる「2国家共存」案での解決は難しい。それなりに平和が続き、この案に対する各方面の支持が高かった時期でさえ実現できなかった。ただしガザ戦争が始まって以来、サウジアラビアはイスラエルとの関係正常化の前提条件として、2国家共存の実現を求めている。
「150万人を立ち退かせよ」
ネタニヤフもトランプも、イスラエルとサウジアラビアの関係正常化には執念を燃やしている。トランプは20年の「アブラハム合意」でイスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、スーダン、そしてモロッコとの関係正常化を実現させた。
それ以前に中東でイスラエルと国交を結んでいたのはエジプトとヨルダンだけだったから、それは確かに歴史的な功績だった。
トランプはネタニヤフともサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子とも特別な関係を保っているし、中東和平を自身のレガシーにしたい思いも強い。しかしそのためには、まずもってガザの運命を決める必要がある。
ガザの保健当局によると、今回の戦争では既に約4万7000人以上のパレスチナ人が犠牲になっている。ハマスも多数のメンバーを失った上に、複数の幹部も殺害されたが、それでも健在で、その軍事力をガザの全域で見せつけている。
ヨルダン川西岸で閣議に臨む自治政府のアッバス議長(中央) PALESTINIAN PRESIDENCYーHANDOUTーANADOLU/GETTY IMAGES
前出のロスによると、バイデン政権下ではガザの戦後処理について真剣な議論が交わされていた。もちろん、バイデンもハマスの排除を前提にしていたという。
「アラブ側(UAE、エジプト、モロッコ)と国際社会の関与による1年半~2年の暫定統治が検討された。それで経済や暮らし、治安を取り戻す考えだった」とロスは言う。
「今でも、ガザの南部から北部へ戻る住民の検問は民間業者に委託している。同様に、戦後も治安と人道支援物資の配布は警備業者に任せることになっていた」
ただし、最終的にはガザをパレスチナ自治政府の管轄下に戻す計画だったという。
ちなみに現在の自治政府はパレスチナ解放機構(PLO)の主流派ファタハが支配し、05年にイスラエル軍が撤退してからはハマスと連携してガザを統治した。しかし06年の総選挙ではハマスが圧勝。その翌年からはハマスが単独でガザを実効支配してきた。
しかし今のパレスチナ自治政府は内部崩壊の危機に瀕している。国家元首に当たるマフムード・アッバス議長は89歳と高齢だし、各種の世論調査では一貫して支持率が低下していて、どう考えてもハマスに勝てない。しかも政権内部では汚職の蔓延が指摘されている。
自治政府の本拠地はヨルダン川西岸だが、ユダヤ人による入植地の拡大で統治の正統性は揺らいでいる。しかもガザでの停戦成立に伴い、今はイスラエル軍が西岸で新たな攻勢をかけている。
中東担当特使に起用された実業家のウィトコフ(左)はトランプのゴルフ仲間 AP/AFLO
「もちろん(ガザの再建)プロセスにはパレスチナ人の参加が欠かせないが、その前に自治政府の真の改革が必要だ」とロスは言う。
「今の自治政府は無力で腐り切っており、信頼性を欠くからまともな役割は果たせない。しかし着実に改革を進めて、少しずつでも有意義な役割を果たせるようになるべきだ」
「そうした改革の実現にはトランプ政権の積極的な関与が欠かせない。主要なアラブ諸国もパレスチナ自治政府に改革を迫っている。そうでないと、ガザを再び自治政府に委ねるわけにはいかないからだ」
PLOの幹部は以前から本誌の取材に対し、パレスチナ自治政府によるガザ統治の再開に前向きな姿勢を示している。ただし、それを決めるのはイスラエル政府ではなく、パレスチナ人自身だと一貫して主張してきた。
PLOの元報道官でイスラエル・パレスチナの和平交渉に何度も立ち会ってきたダイアン・ブトゥも、この立場に変わりはないと言う。
「将来のパレスチナ政府の在り方について、最も口を出すべきでない国、それがイスラエルだ」とブトゥは語った。「イスラエルは15カ月に及ぶジェノサイド(集団虐殺)を終えたばかりなのに、あたかもそんなことはなかったかのように話が進んでいる。実に不愉快だ」
なおアメリカ政府もイスラエル政府も、ガザにおけるイスラエルの行為はジェノサイドに当たらないと反論している。
「一番大事なのは、パレスチナ人がようやく自分たちの将来を自分で決められるようになること。それは選挙を通じてのみ可能であり、パレスチナ人が本当に自由になることによってのみ可能だ」とブトゥは言う。
「それが実現しなければ、どんな形であれイスラエルの軍事占領が続くことになる。そして世界各地で起きている軍事占領の例を見れば分かるはずだが、占領のあるところには必ず抵抗運動がある」
ちなみにハマスはエジプトの抵抗勢力であるムスリム同胞団の分派で、1980年代にガザで活動を始めた。67年の第3次中東戦争から続くイスラエルによる軍事占領に抵抗するためだった。
バイデンやネタニヤフと同様、トランプも今のハマスにはガザを統治する能力がないと述べているが、ハマスを壊滅させる具体的な道筋は示していない。
代わりに、さすが不動産業で財を成した男だけに、ガザの再開発には以前から熱を入れていた。そしてついに、ガザの再建につながると称する過激な提案をぶち上げ、例によって盛大な物議を醸している。
「あそこには150万ほどの人がいるが、みんな立ち退かせればいい」。トランプは1月25日、大統領専用機の機内で記者団にそう語った。既にヨルダンのアブドラ国王には電話したし、これからエジプトのアブデル・ファタハ・アル・シシ大統領に電話するとも明かした。
とんでもない暴論ゆえ、ヨルダンもエジプトも即座に拒否した。停戦合意への積極的な関与もあってトランプ政権に一定の期待を寄せていたハマスも、この提案は拒絶した。
「ガザのパレスチナ人が21世紀最大級の犯罪行為に巻き込まれても15カ月にわたる死と破壊に耐えてきたのは、ひとえに自分たちの土地と故郷にとどまるためだ」。ハマス政治部門幹部のバセム・ナイムは本誌に寄せた声明でそう述べた。
「それ故、トランプ大統領が口にしたような提案や解決策は誰も受け入れない。たとえ復興という名の見せかけの善意にくるまれていても」
「わが人民は何十年にもわたって、強制退去や集団移住の試みを全て阻止してきた。今回のような話も拒否する」と彼は続けた。「ガザに対する封鎖が解除されるなら、わが人民は間違いなく、ガザを以前よりも立派に再建できる」
トランプが描くガザ開発の夢
トランプは2月4日、ネタニヤフとのホワイトハウス共同記者会見でさらに踏み込み、記者団にこう語った。
「アメリカがガザを引き継ぎ、開発する。何千、何万もの雇用を創出するつもりだ。そうすれば中東全体が誇りに思えるような場所になるだろう」「中東のリビエラになる」
トランプはまた、それが「パレスチナに、もしかすると中東全体に安定をもたらす」と信じているとも述べた。同席したネタニヤフもこの提案を歓迎し、「歴史を変える可能性がある。実際にやってみる価値がある」と賛辞を贈った。
この共同記者会見での発言について、ハマスの幹部サミ・アブズフリは本誌に、次のように語った。
「われわれは『ガザの住民は出て行くしかない』というトランプの発言を拒絶する。それは地域に混乱と緊張をもたらすだけだと、われわれは考える。ガザにいるわが人民は、このような計画の実行を許さない。必要なのは、わが人民に対する占領と攻撃を終わらせることであり、彼らを彼らの土地から追い出すことではない」
ガザのパレスチナ人を集団移転させるという構想で、とばっちりを受けた国もある。
米NBCは匿名のトランプ政権高官の話として、移転先の候補としてインドネシアの名を挙げた。イスラエルのテレビ局「チャンネル12」は情報筋の話としてアルバニアの名を挙げた。もちろん両国とも、事実無根と否定している。
一方、トランプの中東和平への関与に懐疑的な見方を示していたイスラエルの極右勢力の間では、この提案が歓迎されている。ちなみに前出のベングビールやスモトリッチは、トランプ政権の下でならイスラエルがヨルダン川西岸をそっくり併合できると喜んでいるらしい。
「(トランプが)ヨルダンやエジプトにガザ住民の受け入れを迫り、そうやって民族浄化を進めるつもりなら大問題だ」とブトゥは言う。
「トランプは一方で『これは彼らの戦争だ』と言って干渉しないふりをしているが、(停戦の)第2段階、第3段階に進めるかどうかはアメリカの出方に懸かっている」
ガザの再建に関しては専門家の提言もある。
保守系の米シンクタンク「ランド研究所」が1月28日に出した報告書は和平交渉に向けた障害を列挙し、今は「イスラエルにもパレスチナにも、和平に向けて統率力を示してくれる信頼できるパートナーがほぼ皆無」だと指摘している。ハマスが武力闘争にこだわり、パレスチナ自治政府も無力なせいだ。
10人ほどの専門家が共同執筆した報告書は、一方で楽観的な論調も示している。
数十年に及んだ北アイルランド紛争や旧ユーゴスラビアの解体に至ったユーゴ紛争など7つの事例を挙げて、今は「和解不能」に見えるイスラエルとパレスチナの紛争にも和平合意は可能だとみる。
その上で、「イスラエルは望まぬ交渉相手である武装組織も含め、全関係者と交渉する必要がある」としている。
さらに、双方が永続的な平和を築くにはパレスチナ国家樹立への確実な道筋と、イスラエル国民とパレスチナ人からの幅広い支持、パレスチナの経済的自立を可能とする地理的な計画策定、具体的にはヨルダン川西岸とガザを結ぶ安全なルートの確保が必要だと述べている。
「自治政府の改革が無理なら別の組織が主導する形になってもいい」。ランド研究所の非常勤上級研究員で報告書の筆頭執筆者であるチャールズ・リースは本誌にそう述べた。
「大事なのはそうした組織が正統性を有し、パレスチナ人に明るい未来を約束でき、国際社会の後押しを得て、イスラエルと交渉できることだ。だが残念ながら、今はまだその段階まで来ていない」
交渉の障害には、ヨルダン川西岸でのイスラエル入植地の拡大やエルサレムの地位をめぐる問題も挙げられている。
エルサレムについては、イスラエルとパレスチナの双方が自国の首都だと主張してきた。
イスラエルは67年の第3次中東戦争で東エルサレムを占領し、80年に正式併合を宣言したが、これは国際社会で強く非難された。国連は今もエルサレムは東西に分割されているとの立場だ。
いずれ自治政府が本格的なパレスチナ国家に改組されれば、かなりの警察力は必要になるが、ランド研究所の見立てでは、戦車や大砲を備える規模の軍事力保有は禁じられる。
代わりに、まずは中東や西側の諸国で構成する「特別多国籍連合機関」が現地に展開し、その後に平和憲法が施行され、パレスチナの人々には自分たちの指導者を選挙で選ぶ機会が与えられる。そんな筋書きだ。
今のガザはイスラエル軍による激しい爆撃と地上作戦でほぼ壊滅状態にあるが、ランド研究所は金融や医療、教育や司法のシステムも新たにつくり直す必要があると指摘し、「物理的・社会的なインフラが荒廃したまま、希望が生まれにくい状況では、平和に向かって決然と舵を切ることはできない」としている。
いずれにせよ、ガザの再建案は中東諸国だけでなく国際社会にも支持される必要がある。サウジアラビアやエジプト、ヨルダンやUAEなどが仲介の労を取ってイスラエルとの貿易協定を締結する必要もある。
またアメリカやイギリス、EU加盟諸国はもちろん、中国も平和の維持に一定の役割を果たすものと想定されている。
ランド研究所によれば、「外国勢の影響力は時に(イスラエルとパレスチナの)紛争が続く要因となってきたが、今後はパレスチナの恒久的平和実現への道筋をつけるに当たって諸外国が決定的な役割を果たすことになる」と期待される。
2国共存が唯一の選択肢
ガザでの停戦は始まったばかりだが、次の段階に進む上では、やはりトランプが死活的に重要な役割を果たすことになりそうだ。
進歩派の米シンクタンク「センチュリー財団」の研究員でテルアビブ駐在のダリア・シャインドリンも本誌に、「この停戦が続き、運よく次なる合意に進めるかどうか。そこを決められるのはトランプだけだと、イスラエル国内では考えられている」と語った。
「今回の停戦を実現させた彼なら(次のステップでも)重要な役割を果たせると思う」と彼女は語り、こう続けた。「ただしバイデン政権でも停戦は実現できたはずだ。彼が本気で、アメリカ大統領の持つ影響力をもっと行使していたならば」
しかしシャインドリンは、サウジアラビアとの国交正常化に関するネタニヤフ政権の「本気度」には疑問符を付ける。今回のガザ戦争が始まるまでは、確かにイスラエル側からも前向きなサインがあった。
しかしイスラエル側が「望まざる譲歩」に応じるとは思えないと言う。サウジとの国交正常化は、昔も今も「あればうれしい戦利品だが、必需品ではない」からだ。
ガザの停戦を「次のステップに進めるには、あの地域の最終的なステータスに関する政治的解決、すなわちパレスチナ国家とイスラエルの共存に本気でコミットしなければならず、そのためには現在のイスラエルの政策を変える必要がある」とシャインドリンは指摘した。
「私はそれがイスラエルの国益にかなうと考えるが、あいにく今のイスラエル政府はそう思っていない」
<「住民大移動」「アメリカによる開発」を突然ぶち上げたトランプ大統領だが、和平の実現には世界が「腐りきった」パレスチナ自治政府に向き合い「唯一の道」にたどり着く必要がある>
絶妙のタイミングだったのは間違いない。6週間の期限付きとはいえ、パレスチナ自治区ガザでの停戦が発効したのはドナルド・トランプが2度目の大統領就任式に臨む前日の1月19日。運がよければ、2023年10月に始まった戦争はこのまま終結に向かうかもしれない。
就任式当日にも、トランプは上機嫌で手柄話を繰り返していた。いわく、停戦案の大筋は昨年5月段階でまとまっていたのに前大統領ジョー・バイデンは決め切れなかった、だから自分がスティーブ・ウィトコフを特使として送り込み、ぎりぎりで突破口を開かせたのだ、などなど。
実際、イスラエル側の複数の情報源も本誌に、トランプ陣営のひと押しでみんなが動いたと証言している。
トランプは就任から1週間足らずで、イスラエルとレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラとの停戦合意の延長も見届けた。トランプ流「力による平和」路線の船出は、まず順調と言えそうだ。
しかし新政権が移民の大量強制送還やデンマーク領グリーンランドの「購入」構想などで、国内外で多くの物議を醸しているのも事実。この先を見据えるなら、そして今回の貴重な外交的勝利を無駄にしないためにも、中東和平には一段と真摯で慎重な取り組みが求められる。
「イスラエルのネタニヤフ首相はトランプにノーと言えなかった。カタールやエジプトはトランプに貸しをつくりたかった。だから(イスラム組織)ハマスを説き伏せ、あの時点での停戦をのませた。自分の政権下で戦闘が再開される事態をトランプは望まないという読みがあったからだ」。
ベテラン外交官でワシントン中近東政策研究所のデニス・ロスはそう語った。
中東和平交渉での辣腕を期待されるトランプ大統領 JULIA DEMAREE NIKHINSONーPOOL/GETTY IMAGES
ロスは1990年代に中東和平交渉で奔走した元国務省高官で、イスラエルとパレスチナの暫定自治拡大合意(オスロ合意)やイスラエルとヨルダンの平和条約締結に貢献した人物。
「大統領に復帰したトランプがこの停戦合意を自分の手柄にしたいなら、そして戦闘の再開を望まないなら、自分の影響力をもっと発揮する必要がある」とも指摘した。
しかしイスラエルの政治情勢は複雑だ。ネタニヤフは連立政権の維持に極右政党からの支持を必要としているため、全ての関係者(トランプを含む)が合意を発表した後になって、ようやく停戦合意の第1段階に踏み込む決断を下した。
それでも極右のイタマル・ベングビール国家治安担当相は抗議の辞任をしたし、ベツァレル・スモトリッチ財務相も強く反発している。
一方でネタニヤフは、3つの目標を達成するまで戦争を続けると宣言している。まずは23年10月7日のハマスによる奇襲攻撃(イスラエル人約1200人が死亡、約250人が人質に取られた)で拘束された人質全員の解放。
次に軍事・政治的に機能する組織としてのハマスの壊滅。そしてガザが二度とイスラエルにとっての脅威となり得ないようにすることだ。
アメリカが起草した停戦合意によると、第1段階では6週間の交戦停止期間中に人質と拘束パレスチナ人の交換を段階的に進め、軍の部分的撤収も行う。
その後も人質交換を進め、終わったらイスラエル軍は全面撤退し、それからガザの再建が始まる。ただし、ガザの将来的な統治形態には言及していない。
政権1期目にイスラエルのネタニヤフ首相と会談するトランプ DOUG MILLSーPOOLーSIPA USAーREUTERS
いわゆる「2国家共存」案での解決は難しい。それなりに平和が続き、この案に対する各方面の支持が高かった時期でさえ実現できなかった。ただしガザ戦争が始まって以来、サウジアラビアはイスラエルとの関係正常化の前提条件として、2国家共存の実現を求めている。
「150万人を立ち退かせよ」
ネタニヤフもトランプも、イスラエルとサウジアラビアの関係正常化には執念を燃やしている。トランプは20年の「アブラハム合意」でイスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、スーダン、そしてモロッコとの関係正常化を実現させた。
それ以前に中東でイスラエルと国交を結んでいたのはエジプトとヨルダンだけだったから、それは確かに歴史的な功績だった。
トランプはネタニヤフともサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子とも特別な関係を保っているし、中東和平を自身のレガシーにしたい思いも強い。しかしそのためには、まずもってガザの運命を決める必要がある。
ガザの保健当局によると、今回の戦争では既に約4万7000人以上のパレスチナ人が犠牲になっている。ハマスも多数のメンバーを失った上に、複数の幹部も殺害されたが、それでも健在で、その軍事力をガザの全域で見せつけている。
ヨルダン川西岸で閣議に臨む自治政府のアッバス議長(中央) PALESTINIAN PRESIDENCYーHANDOUTーANADOLU/GETTY IMAGES
前出のロスによると、バイデン政権下ではガザの戦後処理について真剣な議論が交わされていた。もちろん、バイデンもハマスの排除を前提にしていたという。
「アラブ側(UAE、エジプト、モロッコ)と国際社会の関与による1年半~2年の暫定統治が検討された。それで経済や暮らし、治安を取り戻す考えだった」とロスは言う。
「今でも、ガザの南部から北部へ戻る住民の検問は民間業者に委託している。同様に、戦後も治安と人道支援物資の配布は警備業者に任せることになっていた」
ただし、最終的にはガザをパレスチナ自治政府の管轄下に戻す計画だったという。
ちなみに現在の自治政府はパレスチナ解放機構(PLO)の主流派ファタハが支配し、05年にイスラエル軍が撤退してからはハマスと連携してガザを統治した。しかし06年の総選挙ではハマスが圧勝。その翌年からはハマスが単独でガザを実効支配してきた。
しかし今のパレスチナ自治政府は内部崩壊の危機に瀕している。国家元首に当たるマフムード・アッバス議長は89歳と高齢だし、各種の世論調査では一貫して支持率が低下していて、どう考えてもハマスに勝てない。しかも政権内部では汚職の蔓延が指摘されている。
自治政府の本拠地はヨルダン川西岸だが、ユダヤ人による入植地の拡大で統治の正統性は揺らいでいる。しかもガザでの停戦成立に伴い、今はイスラエル軍が西岸で新たな攻勢をかけている。
中東担当特使に起用された実業家のウィトコフ(左)はトランプのゴルフ仲間 AP/AFLO
「もちろん(ガザの再建)プロセスにはパレスチナ人の参加が欠かせないが、その前に自治政府の真の改革が必要だ」とロスは言う。
「今の自治政府は無力で腐り切っており、信頼性を欠くからまともな役割は果たせない。しかし着実に改革を進めて、少しずつでも有意義な役割を果たせるようになるべきだ」
「そうした改革の実現にはトランプ政権の積極的な関与が欠かせない。主要なアラブ諸国もパレスチナ自治政府に改革を迫っている。そうでないと、ガザを再び自治政府に委ねるわけにはいかないからだ」
PLOの幹部は以前から本誌の取材に対し、パレスチナ自治政府によるガザ統治の再開に前向きな姿勢を示している。ただし、それを決めるのはイスラエル政府ではなく、パレスチナ人自身だと一貫して主張してきた。
PLOの元報道官でイスラエル・パレスチナの和平交渉に何度も立ち会ってきたダイアン・ブトゥも、この立場に変わりはないと言う。
「将来のパレスチナ政府の在り方について、最も口を出すべきでない国、それがイスラエルだ」とブトゥは語った。「イスラエルは15カ月に及ぶジェノサイド(集団虐殺)を終えたばかりなのに、あたかもそんなことはなかったかのように話が進んでいる。実に不愉快だ」
なおアメリカ政府もイスラエル政府も、ガザにおけるイスラエルの行為はジェノサイドに当たらないと反論している。
「一番大事なのは、パレスチナ人がようやく自分たちの将来を自分で決められるようになること。それは選挙を通じてのみ可能であり、パレスチナ人が本当に自由になることによってのみ可能だ」とブトゥは言う。
「それが実現しなければ、どんな形であれイスラエルの軍事占領が続くことになる。そして世界各地で起きている軍事占領の例を見れば分かるはずだが、占領のあるところには必ず抵抗運動がある」
ちなみにハマスはエジプトの抵抗勢力であるムスリム同胞団の分派で、1980年代にガザで活動を始めた。67年の第3次中東戦争から続くイスラエルによる軍事占領に抵抗するためだった。
バイデンやネタニヤフと同様、トランプも今のハマスにはガザを統治する能力がないと述べているが、ハマスを壊滅させる具体的な道筋は示していない。
代わりに、さすが不動産業で財を成した男だけに、ガザの再開発には以前から熱を入れていた。そしてついに、ガザの再建につながると称する過激な提案をぶち上げ、例によって盛大な物議を醸している。
「あそこには150万ほどの人がいるが、みんな立ち退かせればいい」。トランプは1月25日、大統領専用機の機内で記者団にそう語った。既にヨルダンのアブドラ国王には電話したし、これからエジプトのアブデル・ファタハ・アル・シシ大統領に電話するとも明かした。
とんでもない暴論ゆえ、ヨルダンもエジプトも即座に拒否した。停戦合意への積極的な関与もあってトランプ政権に一定の期待を寄せていたハマスも、この提案は拒絶した。
「ガザのパレスチナ人が21世紀最大級の犯罪行為に巻き込まれても15カ月にわたる死と破壊に耐えてきたのは、ひとえに自分たちの土地と故郷にとどまるためだ」。ハマス政治部門幹部のバセム・ナイムは本誌に寄せた声明でそう述べた。
「それ故、トランプ大統領が口にしたような提案や解決策は誰も受け入れない。たとえ復興という名の見せかけの善意にくるまれていても」
「わが人民は何十年にもわたって、強制退去や集団移住の試みを全て阻止してきた。今回のような話も拒否する」と彼は続けた。「ガザに対する封鎖が解除されるなら、わが人民は間違いなく、ガザを以前よりも立派に再建できる」
トランプが描くガザ開発の夢
トランプは2月4日、ネタニヤフとのホワイトハウス共同記者会見でさらに踏み込み、記者団にこう語った。
「アメリカがガザを引き継ぎ、開発する。何千、何万もの雇用を創出するつもりだ。そうすれば中東全体が誇りに思えるような場所になるだろう」「中東のリビエラになる」
トランプはまた、それが「パレスチナに、もしかすると中東全体に安定をもたらす」と信じているとも述べた。同席したネタニヤフもこの提案を歓迎し、「歴史を変える可能性がある。実際にやってみる価値がある」と賛辞を贈った。
この共同記者会見での発言について、ハマスの幹部サミ・アブズフリは本誌に、次のように語った。
「われわれは『ガザの住民は出て行くしかない』というトランプの発言を拒絶する。それは地域に混乱と緊張をもたらすだけだと、われわれは考える。ガザにいるわが人民は、このような計画の実行を許さない。必要なのは、わが人民に対する占領と攻撃を終わらせることであり、彼らを彼らの土地から追い出すことではない」
ガザのパレスチナ人を集団移転させるという構想で、とばっちりを受けた国もある。
米NBCは匿名のトランプ政権高官の話として、移転先の候補としてインドネシアの名を挙げた。イスラエルのテレビ局「チャンネル12」は情報筋の話としてアルバニアの名を挙げた。もちろん両国とも、事実無根と否定している。
一方、トランプの中東和平への関与に懐疑的な見方を示していたイスラエルの極右勢力の間では、この提案が歓迎されている。ちなみに前出のベングビールやスモトリッチは、トランプ政権の下でならイスラエルがヨルダン川西岸をそっくり併合できると喜んでいるらしい。
「(トランプが)ヨルダンやエジプトにガザ住民の受け入れを迫り、そうやって民族浄化を進めるつもりなら大問題だ」とブトゥは言う。
「トランプは一方で『これは彼らの戦争だ』と言って干渉しないふりをしているが、(停戦の)第2段階、第3段階に進めるかどうかはアメリカの出方に懸かっている」
ガザの再建に関しては専門家の提言もある。
保守系の米シンクタンク「ランド研究所」が1月28日に出した報告書は和平交渉に向けた障害を列挙し、今は「イスラエルにもパレスチナにも、和平に向けて統率力を示してくれる信頼できるパートナーがほぼ皆無」だと指摘している。ハマスが武力闘争にこだわり、パレスチナ自治政府も無力なせいだ。
10人ほどの専門家が共同執筆した報告書は、一方で楽観的な論調も示している。
数十年に及んだ北アイルランド紛争や旧ユーゴスラビアの解体に至ったユーゴ紛争など7つの事例を挙げて、今は「和解不能」に見えるイスラエルとパレスチナの紛争にも和平合意は可能だとみる。
その上で、「イスラエルは望まぬ交渉相手である武装組織も含め、全関係者と交渉する必要がある」としている。
さらに、双方が永続的な平和を築くにはパレスチナ国家樹立への確実な道筋と、イスラエル国民とパレスチナ人からの幅広い支持、パレスチナの経済的自立を可能とする地理的な計画策定、具体的にはヨルダン川西岸とガザを結ぶ安全なルートの確保が必要だと述べている。
「自治政府の改革が無理なら別の組織が主導する形になってもいい」。ランド研究所の非常勤上級研究員で報告書の筆頭執筆者であるチャールズ・リースは本誌にそう述べた。
「大事なのはそうした組織が正統性を有し、パレスチナ人に明るい未来を約束でき、国際社会の後押しを得て、イスラエルと交渉できることだ。だが残念ながら、今はまだその段階まで来ていない」
交渉の障害には、ヨルダン川西岸でのイスラエル入植地の拡大やエルサレムの地位をめぐる問題も挙げられている。
エルサレムについては、イスラエルとパレスチナの双方が自国の首都だと主張してきた。
イスラエルは67年の第3次中東戦争で東エルサレムを占領し、80年に正式併合を宣言したが、これは国際社会で強く非難された。国連は今もエルサレムは東西に分割されているとの立場だ。
いずれ自治政府が本格的なパレスチナ国家に改組されれば、かなりの警察力は必要になるが、ランド研究所の見立てでは、戦車や大砲を備える規模の軍事力保有は禁じられる。
代わりに、まずは中東や西側の諸国で構成する「特別多国籍連合機関」が現地に展開し、その後に平和憲法が施行され、パレスチナの人々には自分たちの指導者を選挙で選ぶ機会が与えられる。そんな筋書きだ。
今のガザはイスラエル軍による激しい爆撃と地上作戦でほぼ壊滅状態にあるが、ランド研究所は金融や医療、教育や司法のシステムも新たにつくり直す必要があると指摘し、「物理的・社会的なインフラが荒廃したまま、希望が生まれにくい状況では、平和に向かって決然と舵を切ることはできない」としている。
いずれにせよ、ガザの再建案は中東諸国だけでなく国際社会にも支持される必要がある。サウジアラビアやエジプト、ヨルダンやUAEなどが仲介の労を取ってイスラエルとの貿易協定を締結する必要もある。
またアメリカやイギリス、EU加盟諸国はもちろん、中国も平和の維持に一定の役割を果たすものと想定されている。
ランド研究所によれば、「外国勢の影響力は時に(イスラエルとパレスチナの)紛争が続く要因となってきたが、今後はパレスチナの恒久的平和実現への道筋をつけるに当たって諸外国が決定的な役割を果たすことになる」と期待される。
2国共存が唯一の選択肢
ガザでの停戦は始まったばかりだが、次の段階に進む上では、やはりトランプが死活的に重要な役割を果たすことになりそうだ。
進歩派の米シンクタンク「センチュリー財団」の研究員でテルアビブ駐在のダリア・シャインドリンも本誌に、「この停戦が続き、運よく次なる合意に進めるかどうか。そこを決められるのはトランプだけだと、イスラエル国内では考えられている」と語った。
「今回の停戦を実現させた彼なら(次のステップでも)重要な役割を果たせると思う」と彼女は語り、こう続けた。「ただしバイデン政権でも停戦は実現できたはずだ。彼が本気で、アメリカ大統領の持つ影響力をもっと行使していたならば」
しかしシャインドリンは、サウジアラビアとの国交正常化に関するネタニヤフ政権の「本気度」には疑問符を付ける。今回のガザ戦争が始まるまでは、確かにイスラエル側からも前向きなサインがあった。
しかしイスラエル側が「望まざる譲歩」に応じるとは思えないと言う。サウジとの国交正常化は、昔も今も「あればうれしい戦利品だが、必需品ではない」からだ。
ガザの停戦を「次のステップに進めるには、あの地域の最終的なステータスに関する政治的解決、すなわちパレスチナ国家とイスラエルの共存に本気でコミットしなければならず、そのためには現在のイスラエルの政策を変える必要がある」とシャインドリンは指摘した。
「私はそれがイスラエルの国益にかなうと考えるが、あいにく今のイスラエル政府はそう思っていない」