Infoseek 楽天

【徹底解説】米国際開発庁(USAID)とは? 設立背景から削減議論まで、7つの疑問に回答

ニューズウィーク日本版 2025年2月12日 15時20分

ヘスス・メサ
<400億ドルの巨額予算を抱える米国際開発庁(USAID)が、大規模な予算削減の危機に直面している。なぜ今、削減が議論されているのか? USAIDの役割とその影響をわかりやすく解説する>

米国際開発庁(USAID)の未来が危機に瀕している。元大統領ドナルド・トランプ氏と億万長者イーロン・マスク氏が提案する歳出削減策により、職員が施設から締め出され、トランプ政権はUSAIDを国務省と統合する方針を進めている。これにより、USAIDの独立した運営能力が損なわれるのではないかとの懸念が広がっている。

USAIDは数十年にわたり、国際開発の要として機能してきた。年間400億ドル以上の予算を管理し、HIV・マラリア・結核対策、災害支援、安全な水の確保、経済発展支援など、途上国を中心とした様々なプログラムを展開している。

しかし、トランプ氏と、新たに創設された「政府効率化省(Department of Government Efficiency:DOGE)」を率いるマスク氏は、こうした支出の多くを「過剰」かつ「不要」と見なしている。連邦政府の縮小を目指す両者は、大幅な予算削減を推進しており、USAIDの支出には無駄が多く、削減すべきだと主張している。

USAIDとは?

USAIDは米国政府の主要な対外援助機関であり、人道支援、経済開発、保健事業などのために数十億ドル規模の資金を世界中に供給している。100カ国以上で活動し、災害支援、経済成長、医療、民主主義の促進、食料安全保障などのプログラムを展開している。

その使命は「世界の安定と繁栄の促進」であり、貧困、疾病、政治的不安定といった課題に取り組むことにある。USAIDはしばしば外国政府、非営利団体、民間企業と連携し、プログラムを実施している。

また、USAIDは米国の外交政策においても重要な役割を果たしており、「ソフトパワー」の手段として同盟国との関係を強化し、過激派の影響力を抑え、国際的な安全保障を高める役割を担っている。

USAIDの設立経緯は?

USAIDは1961年、ジョン・F・ケネディ大統領によって設立された。米国の対外援助プログラムを整理・拡充する目的で創設され、それ以前は複数の機関に分散していた援助政策を一元化する役割を果たした。

冷戦下にあった当時、ケネディ氏はソ連の影響力拡大を阻止するためにより効果的な支援策を求めていた。しかし、国務省では官僚的すぎて迅速な対応が難しいと判断し、独立した機関としてUSAIDを設立することを決断した。

議会は「対外援助法(Foreign Assistance Act)」を可決し、1961年にUSAIDが正式に発足した。ソ連が1991年に崩壊した後も、USAIDはロシアや中国の影響力に対抗する役割を担い続けている。特に、中国の「一帯一路」構想はUSAIDと競合する対外援助プログラムと見なされることが多い。

USAIDの批判者は、そのプログラムが無駄遣いであり、リベラルな政策を推進するものだと指摘する。一方、支持者は、USAIDの活動が世界の安定を促し、米国の利益にもつながると主張している。

USAIDの予算の使われ方は?

超党派の議会調査局(Congressional Research Service)が先月発表した報告書によると、2023会計年度における米国の対外援助予算は約400億ドルだった。米国は世界最大の人道支援供給国であるものの、対外援助は連邦予算全体の1%未満にすぎない。2024年時点で、USAIDの予算は総連邦支出のわずか0.3%を占めており、1980年の0.5%から減少している。この割合は過去10年間ほぼ安定している。

USAIDの分野別支出

・168億ドル:ガバナンス(統治支援)
・105億ドル:人道支援
・70億ドル:保健医療
・35億ドル:行政費用
・16億ドル:その他のプログラム
・13億ドル:農業
・11億ドル:教育
・10億ドル:インフラ整備
・7億ドル:経済成長支援

地域別の資金配分

USAIDの資金の大部分は、ウクライナの戦争支援と復興支援を中心としたヨーロッパ・ユーラシア地域に向けられた。

・172億ドル:ヨーロッパ・ユーラシア(主にウクライナ)
・121億ドル:サハラ以南アフリカ
・55億ドル:複数地域にまたがる支援
・39億ドル:中東・北アフリカ
・19億ドル:南アジア・中央アジア
・18億ドル:西半球(ラテンアメリカなど)
・11億ドル:東アジア・オセアニア

USAIDの主要な援助対象国

USAIDは2023会計年度に約130カ国へ支援を提供した。その中で最も多くの援助を受けた上位10カ国は以下の通り。

・ウクライナ
・エチオピア
ヨルダン
・コンゴ民主共和国
・ソマリア
・イエメン
・アフガニスタン
・ナイジェリア
・南スーダン
・シリア

世界銀行が指定する低所得・低中所得国77カ国のうち70カ国が2023年度の支援を受けており、USAIDの貧困削減への重点が反映されている。

USAID予算削減の影響は?

最近の予算案では、USAIDは数十億ドル規模の削減に直面しており、対外援助の提供能力が大幅に低下する可能性がある。トランプ氏とマスク氏は、USAIDの廃止を主張し続けている。

最も影響を受けるのはサハラ以南アフリカ地域とみられており、昨年だけで65億ドル以上の人道支援を受けていた。この影響で、1980年代のエイズ危機を抑えた米国の有名なプログラムが資金不足に陥り、HIV治療を求めるアフリカの患者たちがクリニックの閉鎖に直面している。

また、USAIDはジョージアやアルメニアなど、ロシアの影響が及ぶ国々でガバナンスやメディア支援プロジェクトを展開しているが、これらも削減の対象となる可能性が高い。

ラテンアメリカではすでに影響が出ている。

・メキシコ南部の移民シェルターでは医師が不足
・ベネズエラから逃れたLGBTQ+の若者を支援するメンタルヘルスプログラムが廃止
・コロンビア、コスタリカ、エクアドル、グアテマラの「安全な移動オフィス(Safe Mobility Offices)」が閉鎖され、移民の合法的な米国入国手続きが困難に

誤解を招く情報は?

ホワイトハウス報道官のカロライン・リーヴィット氏は、USAIDの廃止を正当化するために以下のような支出を非難した。

・150万ドル:セルビアの職場でDEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)を推進するための助成金
・7万ドル:アイルランドでのDEIミュージカル制作
・4万7千ドル:コロンビアでのトランスジェンダー・オペラ公演
・3万2千ドル:ペルーでのトランスジェンダーをテーマにしたコミック本の制作

これらの主張はソーシャルメディアで拡散されたが、実際にUSAIDが資金を提供したのは、セルビアの組織「Grupa Izadji」への助成金のみであり、残りは国務省の「国際広報・広報担当次官室(Office of the Under Secretary for Public Diplomacy and Public Affairs)」によるものであった。

なぜUSAIDの支出は「無駄遣い」と見なされるのか?

米国では、対外援助に対する意見が長年にわたり分かれている。

USAIDの使命は世界の安定と経済発展の促進にあるが、批判者はその支出が非効率で管理がずさん、あるいは不要だと主張している。

2023年3月に実施されたAP-NORCの世論調査によると、米国成人の約6割が「政府は対外援助に過剰な支出をしている」と考えていることが明らかになった。

さらに、具体的なコストについて尋ねたところ、約7割が「国際支援に投じられる資金が多すぎる」と回答。特に共和党支持者では約9割が対外援助の削減を支持しており、民主党支持者でも55%が同様の懸念を抱いている。

一部の政策立案者や専門家は、「数十億ドル規模の対外援助を国内の優先課題に振り向けるべきだ」と主張したり、「USAIDのプログラムは持続的で有意義な成果を生んでいない」と批判したりしている。

しかし、世論調査では米国民が対外援助の支出規模を大幅に過大評価していることも示されている。
KFFの調査によると、米国民の平均的な認識では、対外援助は連邦予算の31%を占めると考えられているが、実際には1%未満である。

トランプ氏はUSAIDを単独で解体できるのか?

民主党は、「大統領にはUSAIDを廃止する憲法上の権限はない」と主張している。しかし、トランプ氏の試みを阻止できる法的メカニズムがあるのかは不透明だ。

同様の法的対立は、トランプ氏の第1期政権でも発生した。当時、彼は対外援助予算を3分の1削減しようとしたが、議会がこれを拒否したため、トランプ政権は資金を凍結し、既に承認された予算の執行を制限するなどの手段を講じた。

しかし、米政府監査院(GAO)は、この措置が「予算統制法(Impoundment Control Act)」に違反しているとの判断を下した。

現在のところ、USAIDの存続は今後の政治的・法的な争いの行方次第となっている。

この記事の関連ニュース