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注目の劇作家横山拓也が新作「ワタシタチはモノガタリ」重要な役割を果たす文通に実体験

日刊スポーツ 2024年9月5日 7時53分

<情報最前線:エンタメ 舞台>

注目の劇作家横山拓也(47)の新作舞台「ワタシタチはモノガタリ」が9月8日から30日まで東京・渋谷のパルコ劇場で上演される。中学生の時から15年間文通を交わした男女の物語で、江口のりこ(44)松岡茉優(29)千葉雄大(35)松尾諭(48)ほかが出演する。昨年上演された新作戯曲を対象にした鶴屋南北戯曲賞を受賞するなど、話題作を連発する横山に話を聞いた。(敬称略)【林尚之】

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★現実と虚構が交錯

横山は2018年(平30)から5回連続(20年は中止)で鶴屋南北戯曲賞にノミネートされた。18年は子供同士のもめごとで片目を失明する事故を巡る許しをテーマにした「逢いにいくの、雨だけど」、19年は障がい者支援の作業所を舞台にした「ヒトハミナ、ヒトナミノ」、21年はトンカツ屋を舞台に後継者問題、働く外国人への偏見を描いた文学座公演「ジャンガリアン」、22年はひきこもりを抱えた家族を描いた俳優座公演「猫、獅子になる」と続いた。

「ノミネートされた1年目、2年目は、ノミネートされただけでも『ありがたい』と口にしていたけれど、3年目、4年目になると、受賞したいなという思いが強くなりました」

23年に、山の中で自給自足の生活を送る母を主人公にした「モモンバのくくり罠」で受賞した。これまで井上ひさし、唐十郎、別役実、野田秀樹、三谷幸喜らが受賞しており、26人目の受賞者となった。

「5年目で受賞して本当にうれしかった。選考結果が出る日は胸がつぶれるような思いで過ごしてきたので、そういう思いで過ごすことからも解放されました。そして、賞に恥じないように、作品を作っていこうという思いを強くしました」

「ワタシタチはモノガタリ」はパルコ劇場に初めて書き下ろした作品。江口のりこ、松岡茉優らが出演し、演出は小山ゆうなが手がける。

「パルコ劇場に書くということに、やっぱりプレッシャーは感じました。出演者の顔ぶれもすごいし、『自分で大丈夫だろうか』という不安と闘いました」

江口演じる富子は作家志望で、同じ文芸部所属の同級生の徳人(松尾諭)が中学3年で東京に引っ越してから15年も文通を続けた。「30歳でも独身だったら結婚しよう」と冗談交じりの言葉を交わしていたが、徳人は30歳で結婚。その後、富子は往復書簡に脚色を加え、富子をミコ(松岡)、徳人をリヒト(千葉雄大)という名に変えてSNSに小説として投稿。絶大な人気を得て、映画化の話も浮上する。物語の中に生きるミコやリヒトの思いも絡んで、現実と虚構が交錯するコメディー作品。

「コメディーというくくりは新鮮で、その外枠を意識して書いてみたいという、チャレンジ的な気持ちがありました。これまでの作品で、それぞれの登場人物にちょっとずつ自分の一面が何か乗るようなイメージを持ちながら書いているんですが、今回は自分の書き手としてのコンプレックスとか、高みを目指したい気持ちを、富子というキャラクターに投影できたら面白いかなと思って書きました」

多様なテーマの作品を書き続ける横山だが、今回の作品で重要な役割を果たす文通は実体験があった。

「小学2年から中学2年まで千葉県に住んでいて、中学3年になるタイミングで大阪に引っ越したのですが、その時に4人の友人と文通を始めました。3人は男の子で、1年ほどで文通も途絶えました。もう1人はちょっと好きな女の子で、彼女とは大学ぐらいまで続きました。最初は毎月のように文通していたけれど、その後は徐々に間隔が空いてきました。互いに家族ができてからも年賀状のやりとりは続いています。手紙って特殊な媒体で、たった1人のために、ああでもない、こうでもないって、考えを巡らせながら書く。それが、10代の時のアウトプットのトレーニングだったんじゃないかなと思います」

久々のコメディーだが、横山は笑いを織り込むセンスは群を抜いている。

「大阪で劇団をやっていた時はコメディー的な作品を書いていたんですが、iakuとして活動するようになってから遠ざかっていました。ただ笑いをとることだけが目的ではなく、人の振る舞いや、人そのものの滑稽さから笑いが立ち上がればと思っています」

★執筆場所は図書館

昨年から「モモンバのくくり罠」をはじめ、「多重露光」「う蝕」などの新作を発表したが、執筆場所は意外にも図書館という。

「数年前から図書館で書いています。自宅に仕事部屋を作ったんですが、全然集中できなかった。その点、図書館だと『これから書くぞ』というモードになれるんです。平日だと割と空いていているけれど、土日や夏休みは混むので、開館時間の午前10時前に並んでいつものパソコン利用席を確保します。大体、夕方6時ごろまで仕事をしています」

小説にも挑戦した。17年初演の「粛々と運針」をもとにした「わがままな選択」を22年に出版し、小説新潮に短編「人の気も知らないで」などが掲載された。

「機会があれば、また小説を書きたいと思います。でも、やっぱり第一は演劇ですね。いい戯曲を作っていきたい。10年先でも上演できるようなものを残していきたい」

■戯曲賞ゆかり作家 今秋に作品上演

鶴屋南北戯曲賞の受賞者、ノミネートされた劇作家の作品が9、10月に相次いで上演される。

▼北村想

13年に「グッドバイ」で受賞した北村想の新作「夫婦パラダイス~街の灯はそこに~」が9月6日から新宿の紀伊国屋ホールで上演される。織田作之助の人気作「夫婦善哉」の主人公柳吉とお蝶をモチーフにした作品で、尾上松也、瀧内公美、段田安則らが出演する。

▼古川健

23年に「同盟通信」でノミネートされ、横山と受賞を争った古川健(45)の新作「失敗の研究-ノモンハン1939」が青年劇場公演として9月13日から新宿の紀伊国屋サザンシアターで上演される。ある出版社で長期連載として「ノモンハン事件」の企画が進行する。太平洋戦争開戦の2年前、満州国境で起こった日本軍とソ連軍の衝突事件で、日本軍は敗北した。その教訓から戦争は止められなかったのか。取材が進むが、執筆を予定した大物小説家が執筆を止めると言い出す。出版社側は一策を講じるが…。

▼内藤裕子

22年に「カタブイ、1972」で受賞した内藤裕子(49)の作品「灯に佇む」が加藤健一事務所公演として10月3日から紀伊国屋ホールで上演される。21年に同賞にノミネートされた作品で、小さな診療所を舞台に、医者としての矜持(きょうじ)や方針が相違する親子を通して、患者本人にとって大切なものとは、何なのか。現代医療へ疑問を投げかけ、命を考える物語。

内藤の新作「紙ノ旗」が文化座公演として10月19日から北区田端の文化座アトリエで上演される。地方議会を舞台に、新人女性議員の育児休暇を巡るブログの書き込みが波紋を呼び、紛糾する議会の1日を描く。

◆横山拓也(よこやま・たくや) 1977年(昭52)1月、大阪生まれ。大阪芸術大在学中に「劇団売込隊ビーム」旗揚げに参加。09年に「エダニク」で日本劇作家協会新人戯曲賞を受賞。2012年に演劇ユニット「iaku」を結成。17年に「ハイツブリが飛ぶのを」の脚本で文化庁芸術祭新人賞を受賞した。19年初演の「あつい胸さわぎ」は22年に常盤貴子主演で映画化された。

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