磯村勇斗(32)が主宰・プロデュースした「しずおか映画祭」が4日、故郷の静岡県沼津市の沼津市民文化センター大ホールで開催された。
磯村は「映画を身近に感じて欲しいという思いから、今回この『しずおか映画祭』を立ち上げまして、自分の中で何ができるかと考え、ちょうど昨年、沼津市市制100周年の際にこの舞台に立って、『映画祭をやりたいです』と言ってから1年。こんなに早く自分の夢がかなうとは思っていなかったです」と万感の思いを口にした。そして「皆さまの応援のおかげと多くの企業、スポンサー、団体の皆さまのご協力により開催することができました。改めて、ありがとうございます。今、始まったんだなと、すごく感慨深いです」と感謝した。
第1部で、沼津市出身の原田眞人監督(75)が沼津市内で撮影した12年「わが母の記」がオープニング上映された。磯村は「原田眞人監督が沼津出身の大先輩であり、どこかでお会いできるかなと思っていたのですが、今までなかなかお会いできず。今回『しずおか映画祭』をやるなら、原田監督がいないと無理です、とお願いし、実現しました。今日お会いするのを非常に楽しみにしています」と原田監督を呼び込んだ。
原田監督にとっても、会場の沼津市文化ホールは縁のある場所だった。「私の通っていた沼津東高校がこの場所にあったんです。ちょうどこのあたりはグランドだったんじゃないかな。星空を眺めて大人になったら何しようか、宇宙の果てにはなにがあるんだろうかと語り合ったりもした、そんな場所です」と懐かしんだ。同市出身の磯村が映画祭を立ち上げたことについては「素晴らしいですよね。僕なんか沼津でも映画祭をやんなきゃいけないなと思っていて何もできなかったけど…やはり勇斗様が!!」とたたえた。“勇斗様”呼びに磯村が大慌てで制止した中、同監督は「『アド街ック天国』を見て、中学生の頃の彼を見てビックリした」と続け、会場は爆笑に包まれた。
磯村は「自分が初めて出会った映画が『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』なのですが、その日本語吹き替え版の演出を担当されたのが原田監督。こんな運命があるのかと思いました」と、原田監督が自身にとって偉大すぎる存在だと評した。同監督から「映画『PLAN 75』を見て、良い役者がいるな、ビックリしたんです。沼津出身にこんな役者が居たのかと思いました」とたたえられると「(沼津に)隠れていました。うれしいですね」と気恥ずかしそうに笑った。
原田監督からは、電撃的な出演オファーも飛び出した。「いろんな作品で声をかけようとしても、忙しくて全然スケジュールが取れなくて…。でも、近い将来一緒にやりますから!」と磯村の起用を明言すると、会場内には割れんばかりの拍手が巻き起こった。実現するとしたら、どんな役でキャスティングしたいかと聞かれると「時代劇もできるだろうし、現代劇も良いですね」と悩みつつ「来年やるとしたら、自衛隊の役とかな」と構想を明かした。
磯村は「マネジャーさん! 来年のスケジュールを空けておいてください! 自衛隊の役をやってみたかったので、ぜひやらせてください!!」と大興奮で快諾。MCの伊藤さとりから「ここにいる1500人のお客さまが聞かれましたよ」と念押しが出ると、、原田監督は「沼津だからね~」と含みを持たせ、笑いを誘った。
磯村にとって、愛する静岡と沼津市で映画祭を開くことは悲願だった。23年4月に「市制100周年記念燦々ぬまづ大使」に任命。同7月22日には、沼津市制100周年記念事業として、沼津市民文化センター大ホールで「きらり沼津。磯村勇斗と~新しい100年へ~」と題した公演を開催。静岡県立沼津西高時代に所属し、俳優としての原点と位置付ける「沼津演劇研究所」のメンバーと、オーディションで選ばれた学生と演劇「プロポーズ」を上演した。上演後、第2部として開いた座談会「きらりトーク」の中で、磯村は「沼津で、いつか映画祭を開きたい」と夢を口にしていた。映画への熱い思いと郷土愛が発端となり、1年前に「しずおか映画祭」の企画がスタート。新たなクリエーターたちの出会いの場となる映画祭の本開催を目指すべく、まずはプレ開催的な位置付けで第1歩となる開催が決定。映画祭のロゴは、静岡の県鳥「サンコウチョウ」をモチーフに、磯村が自らデザインした。