“放浪の天才画家”として知られる山下清の作品が来年3月に開館する鳥取県立美術館(倉吉市)のコレクショに加える方針であることが分かりました。鳥取県を代表するスポット、鳥取砂丘の風景を描いたペン画で、収蔵が実現すればアートとしてはもちろん、新たな観光資源としても注目されそうです。
人口最少県の鳥取県で来春開館予定の県立美術館。収蔵品の目玉として2022年にアンディ・ウォーホルの「ブリロの箱」5点を約2億9100万円で購入したことでも注目を集めました。県立の美術館としては、全国で最も新しく、そして最後の美術館になるといわれています。
鳥取県はオープンに向け、新たなに2億6800万円余りの予算を11月の県議会に提案し、74点を収蔵する計画です。タイの現代美術家リクリット・ティラヴァニや美術作家やなぎみわなどの作品を年内にも購入する予定で、この中の1点に山下清の「鳥取砂丘」が含まれています。
「鳥取砂丘」は1956年8月に山下清が鳥取を訪れた際に描いた作品で、放浪の日々を自らつづった「日本ぶらりぶらり」には、この「鳥取砂丘」を挿絵に、山陰の旅が書かれています。この本によると、島根県からの途上で「日本プロレス界の父」力道山と出会ったとか―。
そんな山下清が鳥取の地を踏んだのは、鳥取の民芸運動家・吉田璋也の招きによるものだといいます。山下清の才能を見出した精神科医・式場隆三郎は、医師でもあった吉田と新潟の医学校の同窓でした。こうしたつながりの中で、「鳥取砂丘」が誕生しました。
現在は年間100万人以上が訪れる鳥取砂丘ですが、実は山下清が訪れたころは存続の危機に立たされていました。日本海沿岸に広がっていた砂丘の一部を農地として利用する一方、残されたエリアも自然緑化が進み、貴重な景色が失われつつありました。こうした状況を憂慮し保全活動に力を入れていたのが吉田で、山下清がペンを取ったことは、砂丘の存続に大きな意味があったのかもしれません。
こうして生まれた「鳥取砂丘」は、縦48.4センチメートル×横91.5センチメートルと大判の黒いインクのペン画で、点と線で広大な鳥取砂丘の広がりを表現しています。山下清といえば、色鮮やかで独創的な“ちぎり絵”のイメージが強いですが、緻密なペン画にも思わず見入ってしまう魅力があります。
鳥取県立美術館 三浦努 学芸担当参事
「(砂丘の)良さというか空間の広々とした感じが魅力だと思う。これはあるとしたら鳥取しかないだろうという作品」
美術品の収蔵に関わる学芸員もこう太鼓判を押します。三浦さんによると、この作品が描かれているのは「和紙」。詳細は分かっていませんが鳥取には「因州和紙」もあり、地元で作られた可能性もあるといいます。予定通り、取得することができれば、紙の専門家などと共に調査を進めていきたいと意気込みます。
作品の魅力だけでなく、三浦さんはさまざまな相乗効果も期待します。
鳥取県立美術館 三浦努 学芸担当参事
「例えば観光客の方にまずは本当に、リアルに砂丘に行ってもらい、その後に美術館に来てアートで山下清の作品で“砂丘”を見てもらう」
現実での体験とアートを通した体験を重ねることで、新たな発見につながるのではないかといいます。
もう一つが鳥取県の取り組む障害者アートの振興政策。毎年、開催している障害者の芸術・文化作品展「あいサポート・アートとっとり」や障害者の作品を集めた作品展の企画に山下清の作品が並ぶことは、障害者の才能や感性を評価していく中で意義があると強調します。
気になる「鳥取砂丘」の購入価格は726万円。三浦さんは「山下清の大判のペン画はあまり市場に出ないため、この機会に取得したい」と話します。
「ブリロの箱」の一件では、賛否両論の評価を受けた鳥取県立美術館。新たなコレクションの取得にかかる予算案は、11月28日に始まる鳥取県議会に提出されるということです。