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SNSで育児社員を“子持ち様”とやゆ 「働くな」と批判も なぜ? 人事のプロが指摘する“根本的な問題”

オトナンサー 2024年6月28日 7時10分

 小さな子どもを育てる親をやゆする、「子持ち様」という言葉がネット上で拡散され、論争に発展しています。例えば、会社で育児中の社員が子どもの体調不良を理由に早退したり、欠勤したりすることがあった場合、同僚がその人の仕事の穴埋めをしなければならず、中にはそのことに不満に感じ、「子持ち様」「優遇されている」と陰で批判する人がいます。

 実際に、SNS上では「職場でまた子持ち様の尻拭い」「仕事に穴をあけるなら働かないで」「育児をしていない人にしわ寄せがきている」など、育児中の社員に対する不満の声が上がる一方、「少子化が止まらない」「子どもが育てにくい社会になっている」と、子持ち様という言葉そのものに対する批判の声もあります。

 そもそも、なぜ子育て中の社員を「子持ち様」とやゆしたり、批判したりする風潮があるのでしょうか。育児中の社員と子どもがいない社員が互いに対立せずに働くには、どのような取り組みが求められるのでしょうか。企業側の問題点や対策について、企業の採用・人事担当として2万人超の面接をしてきた、人事コンサルティング会社「人材研究所」の曽和利光代表が解説します。

■カバーをしている人を評価しているか

 なぜ同僚が育児で仕事を早退したり、休んだりした際に、その人の仕事の穴埋めをすることが、不満につながるのでしょうか。穴埋めをした人の中には、「負荷をかけられた」「迷惑をかけられた」と言う人がいますが、よく考えてみれば不思議な物言いです。

 通常、仕事のパフォーマンスに応じて、評価や報酬が決まります。ある人が育児や病気など、何らかの理由で仕事を早退したり、休まなければならなくなったりした際に、同僚がその人の仕事を代わりに担当したことで特別な負荷がかかったのであれば、その負荷に対応した分だけ評価されて、報酬が支払われるのであれば、問題にはなりません。

 しかし、負荷を背負った側の仕事が正当に評価されていないのであれば、不満につながるのは当然です。ただ、これは育児をしている人のせいではなく、適切な評価をしない会社の責任です。

■仕事のプロセスも丁寧に観察する

 評価者である上司が、期初の仕事の目標設定や割り当てだけしか見ておらず、育児をしている人のサポートのようなイレギュラーな仕事について、きちんと観察できていないと、部下が不満を持つことになります。つまり、最初に個人に与えられた役割や目標と、その結果だけを見て最終的な評価をした場合、誰かの穴埋めやサポートをした人は「やり損」になってしまうというわけです。

 また、他者をサポートした側が、「私はこの人があけた穴を埋めましたよ」と自分から声高にアピールすることは、控えめな人が多い日本においては、なかなかできることではありません。そのため、上司が仕事の結果だけでなく、プロセスもきちんと見て、正当に評価をしてあげることが重要です。それができれば、そもそもの不満は生じないはずです。

■「組織市民行動」がなされていない

 ただ、日々、自分の仕事でも忙しい「プレイングマネジャー」的な上司が、事細かに部下の行動を完璧に観察するというのは、現実的ではありません。部下の行った善行をつい見逃してしまうこともあるでしょう。

 そんな場合でも問題が起こらないようにするには、職場で働く人たちが、自分たちの組織に対する高いコミットメント(≒貢献欲求)を持つことです。自分の役割外であっても、組織のためにする行動を「組織市民行動」(Organizational Citizenship Behavior)と呼びますが、高い組織コミットメントがあれば、組織市民行動のような細かい利他的行動、組織のためになる行動を苦にすることはないでしょう。

■成果主義により役割外行動をしなくなった

 昔の日本企業においては、組織のために気の利いた役割外行動をすることは、「組織市民行動」などと呼ばずとも、当然のことのように行われていました。

 しかし、バブル崩壊後に余裕のなくなった企業が成果主義をなし崩し的にどんどん導入していったことで、人々は自分の役割外の貢献行動をする意識が減っていったように思います。

 成果主義が導入されてから「これは自分の役割ではありません」「目標には入っていません」という言葉をよく聞くようになりました。このような環境で、同僚が子育てで何か仕事に穴をあけた際に、自分からサポートする気持ちが湧かなくても、なかなか責める気にはなりません。

■組織コミットメントを高めるには?

 そこで、会社側に求められるのは、社員が、同僚の子育てによって発生する役割外の仕事を自ら進んで行うとともに、そのことについて、不満に思わなくてもいられるよう、自然に組織コミットメントを持てるような環境を整備することではないかと思います。会社が、社員の組織コミットメントを高める方法には、さまざまなものがあります。

 例えば、社員に対し、その人の能力が生かせる仕事をそれぞれ割り当てることで、社員が「この組織では自分を生かすことができる」と思うようになれば、組織コミットメントは高まります。

 また、会社の理念やビジョンなどを常に発信し共有することで、「この組織で働くことには意味がある」と思えることや、仕事をする際の「資源」、すなわち、上司からのサポートや人間関係の良さ、公正な人事制度、効率的に仕事ができるツールなどを整備することで、「この組織は働きやすい」と思えることも、組織コミットメントを高める材料となるでしょう。

■働く人の意識に任せず、会社として責任を持つべき

 せっかく縁あって共に働く仲間なのですから、子育ての苦労をサポートすることに不満を持つのでなく、気持ちよく支援をしてあげたいものです。

 しかし、それを社員個人の意識に任せてしまうのは、会社の無責任です。少子化に悩む日本において、未来を担う子どもは社会の宝なのですから、子育てを頑張っている同僚を「子持ち様」などとやゆするような職場を少しでも減らしたいものです。

 それを実現するためには、同僚の大変な状況を自然にサポートしたいという気持ちを持てるように、会社や上司が自身の責任として、社員の組織コミットメントを醸成することが重要なのではないでしょうか。

人材研究所代表 曽和利光

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