東尋坊に永平寺、越前ガニや鯖江のメガネ、恐竜博物館など、イメージはいくつか浮かぶものの、首都圏からは足を伸ばしづらかった福井県が、北陸新幹線の延伸によって実際に遊びに行く地域として注目を集めている。福井駅前に県内初の億ションが登場するなど新幹線によってお祭り気分がまだ続くなか、地域の公共交通に求められる未来へ繋がる運営、運行の新しい形を模索した試みが福井県で始まっている。ライターの小川裕夫氏が、ハピラインふくい、福井鉄道、えちぜん鉄道の3社による福井県鉄道協会発足についてレポートする。
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2024年3月に福井県の敦賀駅まで延伸開業を果たした北陸新幹線。そのフィーバーは春休み・ゴールデンウィークと続き、夏休みも多くの観光客・来街者でにぎわうことが予想される。
新幹線特需に沸く福井県だが、その一方で並行在来線の北陸本線の一部区間が第3セクターのIRいしかわとハピラインふくいの2社に分離。生活の足として利用していた北陸本線が第3セクターへと移管されることに不安を覚える地元住民もいるだろう。
新幹線開業に伴って北陸本線の福井県区間はハピラインふくいに改組したが、今のところ北陸新幹線フィーバー効果もあり、利用者は堅調に推移している。
しかし、どんなフィーバーでも時間とともに沈静化する。フィーバーが過ぎ去った後、ハピラインふくいが安定的に利益を確保し、住民の足として信頼される鉄道になるかどうかは現段階では未知数だ。
新幹線の開業とともに北海道の道南いさりび鉄道、青森県の青い森鉄道、岩手県のIGRいわて銀河鉄道、長野県のしなの鉄道、鹿児島県と熊本県をまたぐ肥薩おれんじ鉄道など次々に誕生した第3セクターはどこも赤字に苦しんでいる。
ゆえに、今回の北陸新幹線延伸でも第3セクターとして発足した鉄道各社には同様の事態が起きると危惧されている。
そうした中、新たに誕生したハピラインふくいと旧来から福井県内で鉄道事業を運営してきた福井鉄道・えちぜん鉄道の3社が福井県鉄道協会を6月5日に発足させた。
資材高騰、運転士不足などの問題に協同で取り組む
「このほど発足した福井県鉄道協会は、福井を地盤とするハピラインふくいと福井鉄道、えちぜん鉄道の3社が資材を共同購入するなどの目的から設立しました。昨今、資材費が高騰しており、それらは鉄道会社の経営を圧迫する要因になっています。資材を共同購入することで資材単価を下げることができ、経費削減につながります。また、運転士の採用などをスムーズにする狙いもあります」と説明するのは、福井県鉄道協会の事務局を務めるハピラインふくいの総務企画部の担当者だ。
福井県では、2016年から福井鉄道とえちぜん鉄道が田原町駅を境に相互乗り入れを実施。このような異なる鉄道会社間での相互乗り入れは、東京や大阪といった大都市圏では当たり前の光景になっている。しかし、地方都市で異なる鉄道会社による相互乗り入れは少ない。
こうした鉄道会社の垣根を越えた連携が福井県では取り組まれてきたが、北陸新幹線の延伸によって新たにハピラインふくいが誕生し、改めて3社による協力体制を築く機運につながっている。
「ハピラインふくいが誕生した3月には3社共通で使用できるきっぷの販売をしましたし、誘客キャンペーンなども3社合同で実施しています。そうした利用促進の目的もさることながら、同協会における当面の課題はなんと言っても運転士不足を解消するための採用面です。これを機に改善する取り組みを加速させていきたいと考えています」(同)
働き方改革により、鉄道・バスといった交通業界では運転士不足が問題化している。運転士がいなければ、当然ながら列車を走らせることはできない。その影響から、鉄道事業者はそれまでのダイヤを組めず、各社は減便で対応している。しかし、それも限界に近づきつつある。
福井県鉄道協会の3社のうち、特に福井鉄道の運転士不足は深刻だ。その理由は福井鉄道の特殊な事情が背景にある。
福井鉄道は市内中心部が軌道線と呼ばれる路面電車で、郊外は通常の鉄道として運行されている。路面電車区間を運転するには乙種電気車運転免許が、鉄道区間を運転するには甲種電気車運転免許が必要になる。つまり、2つの免許がなければ福井鉄道の運転士になれない。
福井鉄道は特殊な事情を抱えるが、だからと言ってえちぜん鉄道・ハピラインふくいも決して楽観できる立場にはない。そうした危機感の高まりもあり、福井県鉄道協会が3社の連携を模索する団体として立ち上がった。
気になるのは、福井県鉄道協会の設立によって3社が将来的に統合する可能性だが、「福井県鉄道協会の設立は、統合を見据えた動きではない」(同)と担当者は言う。
地方で複数の鉄道会社が連携する動き加速か
同じ地域を営業範囲とする鉄道会社が複数社あれば、運賃やサービスなどを競い合うことになる。それは利用者にメリットをもたらすこともあるが、人口減少・少子高齢化で利用者減になっている昨今は共倒れをするリスクも高まっている。
そうした潮流を踏まえると、福井県鉄道協会のように連携を模索することで利用者還元をすることもひとつの選択肢だろう
県内の鉄道会社がその垣根を越えて連携する団体を立ち上げるのは、初めてのケースだという。福井県が成功モデルになれば、今後は石川県や富山県といった北陸地方にも波及する可能性は否定できない。
実際、石川県には新幹線開業によって第3セクターに転換したIRいしかわのほか、北陸鉄道とのと鉄道が、富山県にはあいの風とやま鉄道のほか富山地方鉄道と万葉線、黒部峡谷鉄道など複数の鉄道会社が運行している。
基本的に鉄道はスケールメリットを活かしやすい事業と言われてきた。ネットワークを過剰に拡大させると赤字路線を抱えるリスクもあるが、総務や広報といったバックオフィス部門はネットワークが拡大することで業務の効率化を図ることができる。
福島交通・茨城交通・湘南モノレールなど県域を越えて多くの交通事業者を束ねるみちのりホールディングスという新しいモデルケースも生まれつつある。
人口減少や過疎化によって特に地方鉄道の経営は厳しさを増しているが、それでも何とか生き残りを模索する福井県鉄道協会試みに注目が集まる。