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不妊治療の「始めどき」「やめどき」 日本は先進国の中でも「極めて遅れている」現実、男性の意識改革も喫緊

NEWSポストセブン 2024年6月14日 16時15分

“適齢期”を迎えたら、結婚して出産して、子育てをする──多様な生き方ができる時代ではもはや“化石”のような考え方だが、女性の体にある“適齢”はいつの時代も変わらない。その残酷な事実が惑いや不安、苦しみを生んでいる。

 6月5日、衝撃的な数字が発表された。2023年の合計特殊出生率は1.20と過去最低を記録し、東京都ではついに1を切って0.99に。少子化は加速するばかりだが、なにもこれは「子供を持たない」と考える人が増えているからではない。「経済的余裕がない」「仕事が忙しくてなかなか出産に踏み切れない」「仕事をしながらの子育ては大変で、1人産むだけで精いっぱい」など、それぞれの家族に十人十色の“持てない理由”が存在する。

 そして、「産みたいのに、産めない」と、不妊治療を受ける女性は年々増えている。国はそうした姿に応える形で、2022年4月、不妊治療への保険適用範囲を大幅に拡大した。それまでは基本的には全額自己負担だった不妊治療のハードルがぐっと下がったことになる。2022年度、不妊治療に使われた医療費は約895億円に達し、患者数は約37万3000人。約7割が体外受精などのいわゆる生殖補助医療を受けていた。

 日本産科婦人科学会が発表した統計を見ると、体外受精を試みる人の数はこの20年で約8倍にも増えており、2021年の体外受精による出生数は前年から一気に9416人も増えて過去最高の6万9797人に達した。この年の全体の出生数は81万1604人なので、体外受精児の割合はおよそ8%にのぼる。グレイス杉山クリニックSHIBUYA院長の岡田有香さんが言う。

「政府の統計によると、婚姻関係にあるカップルの約5.5組に1組が不妊治療を行っており、行っていないカップルも3組に1組が治療を視野に入れているといわれています」

39才は遅いか、早いか

 いまや、当たり前になりつつある不妊治療。その一方で、「始めるタイミング」「治療内容」「やめるタイミング」については個人差が大きく、情報共有も充分に進んでいない現状がある。不妊治療とひとことで言っても、その内容は千差万別だ。

「カップルが自然な妊娠に1年間トライし、成立しなかった場合を不妊症と定義しています」(岡田さん)

 その不妊症を乗り越える具体的な方法について出産ジャーナリストの河合蘭さんが解説する。

「まず、タイミング法は、医療機関で妊娠しやすい時期を診断してもらい、それに合わせてトライするという方法。次のステップが人工授精で、妊娠しやすい状態に調整した精子を子宮に送り込みます。その次が体外受精で、これは一旦卵子を体外に取り出して受精させ、受精卵を子宮に戻すという方法です。保険適用前、体外受精の費用は1回あたり約50万円でしたが、保険適用で10万円台前後に落ち着いています」

 こうした不妊治療だけでなく、医療機関に通わずに妊娠の可能性を高める「妊活」という言葉も当たり前に使われるようになった。

「食べ物や生活習慣に気を配ることを妊活と呼ぶことが多いですが、定義はありません。タイミング法など初期ステップの不妊治療を妊活に含むケースもあります」(河合さん)

 増える不妊治療に、一般化する妊活。背景には、社会の変化に伴う女性のライフスタイルの変化がある。

「晩婚化とそれに伴う出産の後ろ倒し、いわゆる晩産化が大きく影響しています。女性の社会進出が加速し、キャリアをある程度形成してから妊娠、出産、そして育児をと考える女性が増えているのです」(岡田さん・以下同)

 日本産科婦人科学会の統計によると、不妊治療を最も多く受けているボリュームゾーンは39才の女性だが、この数字について岡田さんは、「39才というのは“遅くとも始めてほしい”タイミングです」と指摘する。

 現在、体外受精の治療が保険適用になるのは、治療開始時点の女性の年齢が43才未満の場合。ただし、42才までなら全員が同じ条件というわけではない。39才までの場合は、子供1人に対して6回まで保険適用範囲でトライできるが、40才以上の場合は半減する。

「40才以上で初めて体外受精でお子さんを持つかたは、平均して8〜9回、体外受精を行うというデータがあります。その一方で保険適用は3回まで。40才から始めると、保険適用の範囲をはみだしてしまう可能性は高い。

 一昨年、製薬会社が日本を含むアジア6か国で不妊治療に関する実態調査を行ったところ、日本では、子供を希望してから治療を経て妊娠するまでの平均期間は6.4年で、治療を受ける36才以上の患者の割合は最も高かった。実際、39〜40才から治療を始めて“もっと早く始めればよかった”と口にされるかたは少なくありません」

不妊の当事者は女性だけとは限らない

 保険適用によって金銭的な問題は若干の改善がなされたが、時間的な問題は残されたまま。こうした年齢による線引きの裏側には医学的な根拠がある。日本では、35才以上の初産と40才以上の経産婦の出産を高齢出産と定義づけており、これはデータに基づき、妊娠・出産に伴うリスクを鑑みてのもの。

「ひとつは胎児の染色体異常があります。35才を過ぎるとその発生の確率は上がります。染色体異常の病気の中で年齢の影響を受けやすいのは、ダウン症や18トリソミー、13トリソミーです。染色体異常があると妊娠が成立しにくくなり、この3つ以外がある受精卵は生存の可能性がほとんどありません。高齢出産では流産率も高くなりますが、その原因の多くは胎児の染色体異常です」(河合さん)

 妊娠して安定期まで成長したとしても、妊娠中の母体には大きな負担がかかる。

「35才以降は高血圧症候群、妊娠糖尿病、前置胎盤などのリスクが増え、それに伴う流産や死産の可能性も高まる。子宮や胎盤の状態から、早産になりやすい。早産で生まれてしまうと母体はもちろん赤ちゃんにとっても命にかかわります。また、40代になってから出産されて、きょうだいを産みたいという希望を持つかたも多いのですが、子育てにも体力が必要です」(岡田さん・以下同)

 遡ること約10年前には、「卵子老化」という言葉に注目が集まり、不妊は女性の問題と考える向きもいまだに強いが、男性側にも当然加齢に伴う変化はある。日本生殖医学会は、「加齢とともに1日に作られる精子の数が減少する」ことや、「男性の加齢によって自然流産の確率が上昇」するという報告があることを公表しており、海外の疫学調査では、父親の加齢が子供の神経発達障害のリスクを上げるという結果も出ている。

 子を産むのこそ女性だが、年齢の壁は男女ともにはだかるものであり、不妊治療の当事者は決して女性とは限らない。にもかかわらず、日本の不妊治療は女性にかかる負担があまりにも大きい。実際、厚生労働省が公表したデータによると2022年度の男性不妊の治療者はわずか513人だ。女性にかかる精神的負担は、経験者にとっても受け止め方はそれぞれ異なり、誰にもストレスを明かせないことがさらなる苦しみともなる。

「たとえば、体外受精をする場合の採卵は腟から卵巣へと針を刺して行うので痛みが伴います。1回の採卵につき2週間に4〜5回行うのが一般的で、後半の1週間で2、3日に1回は通院することになる。そのために、仕事をしている場合は遅刻・早退をせざるを得ず、両立させるのは簡単ではありません」

日本の不妊治療は世界でも遅れている

 日本におけるこうした不妊治療の実態は、先進国の中では「極めて遅れている方」だと岡田さんは嘆く。

「そもそも日本の場合、不妊治療をしていること、不妊治療によって子供を授かったことを当事者が公にしにくいという特徴があります。前述の通り、いま不妊治療を行うことは決して特別なケースではない。いまより少しオープンにできれば精神的負担は緩和され、治療しやすくなる環境が作れるはずです」

 河合さんも、保険適用の範囲拡大のほかにも国にできることがあると指摘する。

「海外で一般的になっている治療のひとつにPGT-Aというものがあります。これはいわば受精卵の着床前診断のようなもので、体外で受精させた受精卵を子宮に戻す前に染色体を調べ、染色体異常が認められない受精卵だけを戻すことで、妊娠しなかったり流産したりする体外受精を大きく減らすことができます。

 しかし、日本ではこの検査は自由診療となるため、保険適用の治療と組み合わせると混合診療となってしまい、すべて自己負担になる。せっかくの保険適用を生かせなくなってしまうのです」(河合さん・以下同)

 事実、NPO法人の調査によると、保険適用前後の治療費用について約3割の人が「増えた」と回答。また、保険適用は思わぬ影響を及ぼしてもいる。

「以前、不妊について専門のカウンセラーに相談するカウンセリングは、自由診療で行われていました。費用はかかりましたが専門家とじっくり話ができたのです。ところが、不妊治療が保険適用になってカウンセリングの料金は管理料として一括されることになり、クリニックが料金を決めることができなくなった結果、カウンセリングを行わなくなるところが増えました」

 滝川クリステル(46才)は42才で、華原朋美(49才)は45才で、坂上みき(65才)は53才で──芸能人の高齢出産は大きく報じられ、それが不妊治療を受ける女性を勇気づけることもある。一方で、これは極めて奇跡的な例ともいえる。

「2021年の統計では、45才以上の出産は全体の0.1%に過ぎません」と岡田さんが言えば、河合さんもこう続ける。

「保険適用が43才未満であることを考えると、それがひとつの区切りと考えるかたもいるでしょう。もちろん43才以上でトライしてはいけないというわけではありませんが、目安にはなると思います」

 39才、そして43才という国が示す“壁”を前に、子供を望むカップルにできるのは、できるだけ早く動き出すことだ。

「体外受精に抵抗感があったり、自然に授かりたいと言って、なかなか体外受精にまでは踏み切れないというかたもいます。でも、年齢が高くなってから焦って治療を始め、後悔を味わうかたたちをたくさん取材してきました。妊娠したいと思ったタイミングで、すぐに不妊治療専門のクリニックに相談に行ってほしい」(河合さん)

 岡田さんも、特に35才以上の女性には早い決断を呼びかける。

「自然妊娠を1年間待たなくとも不妊治療に取り組むことはできます。日本では妊娠を考えてから不妊治療にたどり着くまでの年数が長く、3年以上かかるというデータもありますが、もったいない。女性の間には、年齢が上がると妊娠しにくくなるという認識が広がりつつあっても、男性はまだまだ。受精卵凍結などを視野に入れて治療するためにも男性の意識改革は喫緊です」(岡田さん)

 いつ始め、いつやめるか。正解がないからこそ、後悔のない選択ができるよう、“最善の道”を探り続けていかなくてはならない。

※女性セブン2024年6月27日号

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