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免許返納はしたけれど…… 運転をやめたことで認知症の症状が出始めることも

NEWSポストセブン 2024年6月22日 16時15分

 1998年に運転免許の自主返納制度が導入されたとき、返納の件数は年間で2596件だった。その後、年々、自主返納制度の利用者は増加、2019年は60万1022件を数え、以後は減少して2023年は38万2957件となっている(警察庁調べ)。運転免許の自主返納が珍しくなくなり、家族にも促されて返納する人が続出したのち、後悔している当事者が少なくないことも分かってきた。ライターの宮添優氏が、生活に支障が出ている自主返納後の高齢者たちについてレポートする。

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 埼玉県内で、高齢ドライバーによる重大事故が起きてしまった。84歳の高齢男性が運転する車が、青信号の横断歩道を渡ろうとしていた小学1年生の女児をはねたのだ。女児は今なお意識不明の状態だといい、このニュースが報じられるや否や、高齢ドライバーは免許を返納すべき、という論調が盛り上がっている。

 テレビニュースでは軒並み、いかにして高齢者に「免許を返納させるか」について取り上げている。危ないから乗るなはダメ、順序だって説明する、孫をつかってお願いする……などなど、あの手この手で、高齢ドライバーから免許を取り上げる“手法”を丁寧に紹介するなど、時間をかけて報じている。

 確かに、高齢ドライバーによる重大事故が相次いでいる印象が強い。日本の交通事故件数が最も多かった2004年の95万2720件から、2023年には30万7911件まで減少している(警察庁調べ)ことにくらべて、高齢ドライバーによる事故件数がそこまで減っていないため、そのように感じるのだろう。東京・池袋で2019年に発生した、高齢ドライバーが引き起こした母子死亡事故も、鮮明に記憶しているという人も多いはずだ。そういった感覚に従ってのことだろう、実際に免許を返納する高齢ドライバーも増えている。では、返納した元高齢ドライバーたちは、今どのようにして生活しているのか。

「75歳で免許返納。私は現在76歳ですが、昨年まで市内の温泉でパートをしていて、車で通っていたんです。今年になり、免許を返納してからは、パートに行くときは市が走らせているコミュニティバスを利用していました。でも、始業時間、就業時間にちょうどいいバスがなく、シフトに入れない日々が続いた挙句、パートはやめてしまった。年金だけじゃ生活できず、はっきり言って、このままお荷物になるのなら、早く死んだほうがいいと思ってます」

 こう話すのは、九州北部の過疎地域に1人で暮らす末永より子さん(仮名・76歳)。路線バスが自宅近くを走っていたのは、もう何十年も前の話だ。バスが撤退し、タクシー会社は潰れ”交通難民”向けにと市が走らせていたコミュニティバスも減便の憂き目にあったが、そもそも最寄駅までは末永さんの足で歩いて2時間以上。その最寄駅すら、2時間に1本程度しか列車は来ない。だから自家用車は必須だった。だが、メディアで連日のように報じられる高齢ドライバーによる事故を見て、息子や娘、親族からも「もう運転はやめてほしい」と懇願されたのだ。

「人生100年時代といわれるし、体もまだピンピンしているのに、このまま20年以上、移動の自由もなく生きなきゃいけないのかな、と思いますね」(末永さん)

半年後、日付や時間が分からなくなった

 東北地方の過疎地域に暮らす高齢の両親がいるという、都内在住の会社員・野老伸一さん(仮名・50代)も、免許を保持していた父(80代)に免許返納をお願いした。両親の移動には、父親が運転する車が必須だったが、父親もまた、高齢ドライバーが起こした事故のニュースを見ており「仕方ない」と免許を返納した。そして、その影響はわずか半年後に思わぬ形で訪れた。

「運転をせず、外に出なくなった父に、それまで全く予兆もなかったのに、認知症のような症状が出始めたんです。その時、母が初めて教えてくれたんですが、免許返納について、父の中では相当なショックと葛藤があったそうです。車の運転が好きな父でしたし、家族でドライブに何度行ったかわからないくらい、父にとって車は重要でした。だから、免許返納をと言われ、自分自身を否定されたような気持ちになっていたというんです。免許返納から1年も経たないうちに、日付や時間がわからなくなり、1人で食事や排泄もできなくなった。正直、こんなことなら多少の不安があっても、運転をさせ続けるべきでした」(野老さん)

 野老さん自身も、高齢ドライバーによる事故のニュースを何度も見ている。高齢の父が運転することで、万が一、誰かを傷つけてしまうのではないかという不安はあった。それでも、今は結果的に後悔していると打ち明ける。その後、認知症の初期症状が出始めた父親は施設に入居し、過疎地域に1人、高齢の母親だけが取り残された格好になった。

「母はもともと運転ができない。だから、買い物とか通院の際には、近くに住む親族にお願いをしており、以前より家族の負担が増えた。メディアは、高齢者は免許返納を、としか言わない。その後を経験していないからでしょう。元気な高齢者から免許を取り上げるより、もっと安全な車を作るとか、そういう議論がなされないと、我々だって、父のように運転する、移動するという生きがいを失ってしまうんではないでしょうか。少なくとも、父への行政的なフォローなど全くありませんでした」(野老さん)

 野老さん宅の近くでは、さらに重大な問題も発生していた。

「近くにも、子どもたちから懇願されて免許を返納した高齢夫婦がいましたが、唯一免許を持っていたおじいさんが返納した直後、おばあさんの容体が悪くなったんです。車で病院へ行こうにも免許がない、タクシーもいない、もちろん救急車を呼ぼうとしますが、過疎地域で高齢者が多いという土地柄、救急車だって”出払っている”とかですぐに来られないんです。おばあさんはその後、近所の方経由でなんとか車を呼んで病院に急行し、無事でした。こういう実情を、高齢者から免許をとり上げろ、と盛んに発信するメディアや、役人は全くわかっていない。でもそれをいうと、老人の味方かと怒られる。声も出せず悩んでいる私のような人は、絶対に少なくないはず」(野老さん)

 こうした声は、高齢ドライバーによる事故が相次ぐ中では「高齢者の味方か」とか、またあるいは「若者が高齢者に殺されていいいのか」という過激で極端な意見に封殺されてしまう。高齢ドライバーが若者を殺したり、怪我をさせているのは事実だからだ。しかし、我々だって、そのうち高齢者にはなるし、高齢者人口は、今後もますます増え続ける。その段階になっても、今行われているような「高齢者の封じ込め」とも言える政策について、その時高齢者である我々は納得できるのだろうかと考えると、一抹の不安がよぎる。もちろん、免許を返納したことで、家族に送迎してもらう事ができる環境があれば良いが、核家族化が進んだ日本で、それは非現実的と言うほか無い。

「運転する」という権利をとりあげるのであれば、その代替手段が付与されなければならない。そこをおざなりにして「年寄りは運転するな」の大合唱をやっているようだと、そのしっぺ返しは我々自身に返ってきて、絶望し、苦しむのは将来の我々なのかもしれない。

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