「総裁自ら身を引く決断をしていただきたい」──岸田政権を大きく揺さぶったこの発言が飛び出したのは6月4日に開かれた、自民党横浜市支部連合会の定期大会でのこと。同市連会長の佐藤茂・横浜市議が就任挨拶で岸田文雄・首相にそう退陣要求を突きつけたのだ。その真意について、佐藤氏が本誌・週刊ポストの取材に答えた。
市連大会での佐藤氏の発言をきっかけに、6月5日には小渕優子・自民党選対委員長ら幹部と青森県連との意見交換会でも、県議側が「岸田総裁では総選挙は戦えない。顔を替えるべきだ」と喝破するなど、倒閣の動きが全国に波及しつつある。
そうしたなかで、「岸田おろし」の火付け役となった佐藤氏にインタビューした。佐藤氏は1991年に横浜市議に初当選して以来、当選10回、自民党横浜市会議員団団長、横浜市議会議長を歴任したベテランだ。
──発言の反響は大きい?
「ものすごいものがあります。NHKを除くキー局は全部、全国紙も一通り取材に来ました。自民党の地方の大会は大体6月くらいに行なわれますが、多分、私が皮切りだった。それでセンセーショナルに報道されると、自民党の多くの知り合いの国会議員が、電話やLINEで『自分たちが言えないことを、よく言ってくれた』と連絡をくれた」
2009年のようになってはいけない
──なぜこのタイミングで発言したのか。
「横浜市連の大会(6月4日)で会長就任挨拶をすることになり、前日に挨拶文を考えていたところ、ちょうど数日後に政治資金規正法の改正案が衆議院を通過する運びとなった。だから、法案の目途が立ったら(岸田首相は)身を引いたほうがいいんじゃないですか、と。
挨拶文を見ていただくと分かるんですけど、国家を憂う気持ちからこれを書いたんです。なぜ憂うかというと、遡ると一度、2009年に自民党から民主党に政権交代をした。その時に、未熟な政党が政権を担当すると国が危機に陥ることが明らかになった。東日本大震災で政府はてんやわんやになったじゃないですか。あの時は対策が上手くできず、総理大臣がパフォーマンスで現地にヘリコプターで飛んでいった。
日本はいま、隣国と非常に緊張状態にある。北朝鮮は毎月ミサイルを撃ってくるし、中国は台湾に侵攻する可能性もあるし、ロシアは侵略戦争を行なっているわけです。そんな隣国の脅威が強まっているなかで、万が一政権交代すると大変なことになる。そういう危機感からスタートしているんです」
──だからあえて岸田首相に退陣してほしいと?
「最近の選挙で、自民党は全部負けている。私は自民党の議員です。自民党が総選挙で大敗して政権交代が起き、未熟な政党が政権を担うことになったら国家が危機的な状況になると考えている。だからこそ、岸田さんに、そうしてはいけないと慮っていただき、苦渋の決断をしてもらえないかと。そういうお願いをしたわけです。うちの総裁ですから丁寧な言葉を使ってます。『辞めろ』とか、そういう言葉ではないです」
「進次郎さんまで世代交代したほうがいい」
──現在の岸田内閣の支持率低下は、かつての森喜朗内閣の時と非常に似ている。
「私もそう思いました。あの時は全くもって自民党は国民から相手にされなくなった。今もそれと同じような状況に追い込まれている。岸田さんも、例えば安全保障などの重要法案や、NISAの枠を広げたことなど、国民に対していいことをたくさんやってきた素晴らしい政治家だと思いますけれど、ただこの裏金問題で、何をやってもこの半年は支持率が回復していませんから、ここがいわゆる辞め時です」
──森首相の次は、総裁選で「自民党をぶっ壊す」と掲げた小泉純一郎・首相が誕生し、自民党を救った形になった。自民党の政治を変え、支持を取り戻すには誰が総理総裁にふさわしいと考えているか。
「今年9月までには自民党総裁選が行なわれる。いろいろな方が出てくると思いますが、現在、名前が挙がっているような手垢がついている人では、その方だけが努力しても信頼は回復しない。劇的な人が出ないとダメだと思います。それでも自民党は層が厚いから、ここ一番はこいつを担ごうとか、そういうムードが出てくると思います」
──具体的には誰か。
「横浜市連大会に同席されていたのが小泉進次郎さんでした。自民党神奈川県連会長で、我々は身近な方です。選挙に強いし、しがらみとかは全くない。お金の問題もないですよね。あのくらいまで世代交代したほうが私はいいと思います」
菅義偉・前首相の仕掛けなのか
佐藤氏の岸田首相退陣要求の2日後(6月6日)、自民党神奈川県連の大実力者として知られる菅義偉・前首相が萩生田光一・前政調会長、加藤勝信・元官房長官、武田良太・元総務相の「HKTトリオ」と会合を開き、そこに進次郎氏も参加した。参加者は全員、菅政権で閣僚を務めている。
そうしたタイミングから、自民党内では「佐藤氏の退陣勧告は菅氏の仕掛け」という見方が広がった。菅氏は横浜選出(神奈川2区)で、自民党横浜市議団はいわば“直轄地”とも言える。佐藤氏にそうした見方をぶつけた。
──挨拶の内容を事前に誰かに知らせていたか。
「国会議員は誰も知らない。大会前日に原稿を書き上げた時、LINEでつながっている市連の執行部の人間に、こういう話をするよ、と。『ハレーションが起きるかもしれないけれど、了解してくれる?』と聞くと、皆さん『いいじゃないですか。こういうセンセーショナルなものを会長が思われているなら是非やってください』と賛同してくれました。当日、リハーサル代わりに執行部が集まってる前で、こういう挨拶をしますと申し上げると、皆さん、ニヤニヤしてました」
──菅氏が仕掛けたという説が流れている。
「横浜市議には、私が会長をやっているグループとは別に、菅さんの秘書出身の市議のグループがある。私はそのグループではない。もちろん菅さんとは市議として4年重なっているから、話はできますけど、菅さんから言われて私が発言するほど、落ちぶれてません。あくまで自分の考えです。菅さんが進次郎さんも含めて萩生田さん、加藤さんらと会ったという報道を見た時、何か仕掛けてるんだろうな、とは思いました」
──あなたも進次郎氏なら総裁選に推す?
「ぜひ応援したいと思います。しかし、菅さんとそれについての話はしていません」
佐藤氏の発言が、いずれ岸田政権の崩壊へとつながる“蟻の一穴”になるかもしれない。