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蛯名正義・調教師が落馬事故について考察 ジョッキーは危険な職業「仲間の事故なんて二度と見たくない」

NEWSポストセブン 2024年6月22日 16時15分

 1987年の騎手デビューから34年間にわたり国内外で活躍した名手・蛯名正義氏は、2022年3月から調教師として活動中だ。蛯名氏の週刊ポスト連載『エビショー厩舎』から、落馬事故についてお届けする。

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 今年の春競馬では何件か落馬事故があって、藤岡康太騎手が亡くなりました。本当にあってはならないことで、残念でなりません。現役時代の1992年、玉ノ井健志騎手が落馬して亡くなったレースには僕も騎乗していましたし、翌年亡くなった岡潤一郎騎手は競馬学校で1年下でした。仲間の事故なんて二度と見たくない。このような事故が減ることを願うばかりです。

 時速70キロ以上の馬に跨って10数頭が競うわけですから、危険が伴うのは当然です。落馬したことがないジョッキーはいないだろうし、けがをしたことがないジョッキーもいないでしょう。

 僕は現役時代、前の馬に近づきすぎたり、ちょっと空いた隙間に突っ込んでいったりというような危険な騎乗について、後輩ジョッキーから嫌がられるほど注意をしてきました。こういった無理な騎乗による事故は意識してなくさなければなりませんが、馬は予兆なく突然故障してガクッとくることもあります。調教師としては、馬に少しでも不安があれば出走を見送ります。それが馬のためでもあるし、ジョッキーの命にもかかわることなので、責任は大きい。

 僕は頭を打って意識を失ったことこそありませんでしたが、手足はもちろん、鎖骨は左右とも折っているし、知らないうちに肋骨が折れていたなんていうこともありました。7頭が落馬して巻き込まれた時は、宙を飛んで地面に叩きつけられて腕を骨折しました。

 周りの馬を見てなんとなく嫌な予感がして逃げたこともあります。自覚はしていませんが、危険を察知して回避しているようだと言われたことがあります。内を追走していたけれど、「なにか居心地がよくないなあ」と思って外に出したら、内で先行していた馬にアクシデントがあって……ということは何度かありました。

 回避できたのは技術的なことではなく、運でしかない。自分がなぜそう動いたのかなんてわかりません。ただの勘でしかないし、なんとなく、だったり、たまたまだったり。他の馬を見ていて危ない騎乗だと思うことはあっても、事故を予測することはできないものです。

 落ちた時は転がれ、と言われています。そうすると衝撃が多少でも分散するということなのですが、「危ない!」と感じた時はどうしても体が硬くなって突っ張ってしまう。それに転がっていても後ろから来られるともうどうしようもない。

 競馬学校でももちろん危険な騎乗についての注意は厳しく言われましたが、いざ事故が起こった時にどうするかということについては、柔道の受け身を練習するぐらいでした。でも、現実に馬から落ちてみないとわからないことがあります。どういう暴れ方をするのかも馬によって違うし、故障したのが前脚か後脚かでも転び方が違う。

 日本の場合はとくにスピード競馬なので大きな事故になりやすいともいえます。みな勝ち負けの鎬を削る中でも、細心の注意を払いながらレースをしています。レースが無事に終わって、そのうえで着順を競うというのが基本です。

【プロフィール】
蛯名正義(えびな・まさよし)/1987年の騎手デビューから34年間でJRA重賞はGI26勝を含む129勝、通算2541勝。エルコンドルパサーとナカヤマフェスタでフランス凱旋門賞2着など海外でも活躍、2010年にはアパパネで牝馬三冠も達成した。2021年2月で騎手を引退、2022年3月に52歳の新人調教師として再スタートした。この連載をベースにした小学館新書『調教師になったトップ・ジョッキー~2500勝騎手がたどりついた「競馬の真実」』が発売中。

※週刊ポスト2024年6月28日・7月5日号

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