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作家・岸田奈美さんのエッセイが名門校の入試に相次ぎ出題 なぜ取り上げられる?本人に見解を聞いたら…「受験生のみなさんに、ごめんという気持ち」

NEWSポストセブン 2024年6月18日 11時15分

 2019年に公開したnoteが反響を呼び、初の著書『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』が発売日翌日に重版、NHKで7月9日よりドラマが地上波放送されるなど注目を集める作家・岸田奈美さん。車椅子に乗る母やダウン症で知的障害がある弟との日常、岸田さんの身に起こる出来事を笑いと涙でつづる新作エッセイ『国道沿いで、だいじょうぶ100回』にも注目が集まる。その岸田さんの作品が最近、有名校の入試問題の題材として使われている。本人はそれについてどう考えているのか?

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 岸田さんの作品は、京都大学医学部、灘中学校、筑波大学附属駒場中学校など、名だたる名門校の入試問題で出題されたことが話題となっている。

「学生のみなさんに向けてエッセイを書いた経験もないので、いいの? わかるかな? と思いました。ロジックや論理を気にせず書いているので、辻褄とか大丈夫そう?って。

 入試問題で出題されるだけでなく、TikTokで私の文章を載せた動画がバズったことで、10代の若者との距離が近くなったように感じます。多いものだと300万回以上再生されているのですが(※2024年6月現在)、驚いたことに『めっちゃ泣いた! ところで、エッセイって小説?』といった内容のコメントが多いんです。

 たしかに10代の学生にとって、エッセイってなんだかイメージしにくいですよね。解き方のコツを入試対策として学ぶのに、評論や小説と違ってエッセイは意外とノーマークですよね。著者である私自身が入試問題を解いても難しいなと思ったほどなので、きっと受験生やその親御さんから『エッセイの仕組みを知っておいて慣れておかないと、急に出たらわからんぞ』と注目していただいたんじゃないかあと思うと、面白い経験でした。

 私自身は『みんなを笑わせたろ』という気持ちで書いていたのに、教育的な意味を持ったことが驚きだったし、うれしい気持ちになりましたね」(岸田さん・以下「」同)

障害者=感動ではないテーマが社会とマッチした

 はじめは本人も驚いたと言うが、岸田さんの作品はなぜこんなにも入試で出題されるのか。

「私自身、そのことを聞いたときには信じられなくて、担当編集者に『入試問題で扱われるだなんて、ありえなくないですか?』と聞いたんです。編集さんからは『文体やたとえ話は今風だけど、書かれてあることは普遍的かつ知っておかないといけないことだから、現代では大切。福祉や、障害のある人やマイノリティーへの対応、教養としての価値があるから、岸田さんのエッセイは入試に出しやすいのかも』と言っていただいて、腑に落ちました。

 特に医学部は患者さんの気持ちや医療的なケアを考えないとならないし、そこで適性を見ることが必要ですよね。中学生にとっても、これから福祉について知っておくことは大事だから、時事問題として出しやすいのかもしれません。

 社会が今、バリアフリーのことや障害者、自分からは想像できない人の気持ちを考えましょうという流れになっているのだと思います。アルバイトをする、会社に入るといった社会に出ていく立場になったときに、障害者=感動の対象ではなく共生する視点が必要だという世の中へのメッセージなのかなと」

岸田奈美が考える「受験生に必要な力」

 岸田さんは、自身の作品が取り上げられた入試問題を、自信を持って解けなかったという。担当編集者と解答を導き出す過程で、受験生に必要な力に気づいたと話す。

「<『二人でわんわんと泣いた』とありますが、『弟』と『私』はそれぞれどのような気持ちだったと思われますか>という設問に、私もそこまで考えてないよ……と編集さんに言ったんです。そうしたら、無意識であれ、作者の気持ちは入っているんだよと返ってきて。

 編集者の仕事は、作者が文章化した気持ちが読者にきちんと伝わるか、読んだときに矛盾がないか精査することなんですよね。伝えたいことが途切れていたり、何を言いたいかがブレてしまったりしているときに、整理をしてくれる。私の担当編集者曰く、この編集目線というか、情報がエラーなく伝わっているかということを入試では聞いているそうなんです。

 素直に作者の気持ちを考えるのではなく、編集目線で『作者はこういうことを言いたい』『だからこの文章がある』ということを理解しているかを問われているのだと教えてもらったときに、なるほどなと思いました。

 本を読むときはなにを考えても自由ですが、入試においてはきっと設問の中から矛盾がない答えを導き出すことが重要なんでしょうね」

編集者目線は日本人全員に求められる能力?

 編集者目線が入試には必要なのだと語る岸田さん。この目線は、入試を終えたあとの人生にもきっと役立つという。

「人に何かを伝えたい時って、誰でも少なからず編集をしていると思うんです。バラエティ番組の『すべらない話』もそうだし、役所でなにかの助成金を受けたいときだって、自分のすべてを長々と話すのではなく、要点をまとめて『だからこれが必要だよね』『つまり言いたいことはこうだよね』とわかりやすく伝わるように編集して話しますよね。

 その力を入試で問うているわけで、編集ってすごく大切な作業なんです。人に何かを伝えることってなかなか難しいから、編集の能力は誰にでも必要なことなのだなと。

 きちんと言葉を届ける、そのために情報を整理するのが編集の仕事。これが日本人全員に求められている能力になっているのだと思います」

 2022年以降、3年連続で入試問題に出題されている岸田さんのエッセイ。もし、自身の大学入試時に出題されていたら……。

「私、大学入試の受験勉強が本当につらかったんですよ。苦行のような日々を過ごしてハラハラしながら当日を迎えたときに、こんな笑かしてくるエッセイが出題されたら、なめてんのかって思いますよね。だからそのへんは恥ずかしいです(笑い)。受験生のみなさんに、ごめんという気持ちはあります」

【プロフィール】
岸田奈美(きしだなみ)/1991年生まれ。兵庫県神戸市出身。関西学院大学在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立する。 Forbes 「30 UNDER 30 JAPAN 2020」選出。ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』が7月9日よりNHKで地上波放送。最新作に『国道沿いで、だいじょうぶ100回』。

取材・文/イワイユウ

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