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【八冠制覇から8か月】絶対王者・藤井聡太を倒すのは誰か 現在の将棋界は史上空前の層の厚さ“ライバルの本命”は伊藤匠七段

NEWSポストセブン 2024年6月20日 11時12分

 史上最年少(14才2か月)でプロ入り後、数多の記録を塗り替え、2023年10月に将棋界の八大タイトルを制覇。盤石の強さを誇る藤井聡太(21才)だが、周りの棋士とて黙って見過ごしているわけではない。歴代の猛者が次々とタイトル戦に登場し、牙城を崩さんとしている。戦国時代の様相を呈する棋界と藤井のライバルを追う──。将棋ジャーナリストの松本博文氏が寄稿した。【全3回の第1回】

「藤井聡太の八冠独占はいつまで続くのか?」──これが現在の将棋界における、もっとも注目されるトピックだ。現代の奇跡のような、藤井の絶対王者への足取りを、簡単に振り返っておこう。

 2020年、当時17才、七段だった藤井は渡辺明棋聖(現九段)に挑戦し、史上最年少で初タイトルを獲得。以後は豊島将之九段、永瀬拓矢九段、菅井竜也八段、羽生善治九段といった当代のトップクラスの棋士たちと白熱の好勝負を重ねていく。そして番勝負で一度も敗退することなくタイトルを増やし続け、ついに2023年、最後に残った王座を永瀬から獲得。前人未到の全八冠同時制覇を達成した。

藤井が底上げするライバルたちの棋力

 頂点を争う立場になれば、相手が厳しくなるため、勝率は下がる。これがいままでの将棋界の常識だ。しかし藤井の勝率はデビュー以来7年連続で8割以上をキープ中。過去に年間8割を複数回記録したのは大棋士の羽生(3回)と中原誠十六世名人(2回)しかいない。その点だけ見ても、藤井の異次元ぶりは明らかだ。

 藤井は図抜けた実力の持ち主でありながら、記者会見やインタビューでの言葉からもうかがえる通り、常に謙虚だ。多忙な日々の中、努力・研究を怠らない。若く健康で体力もあり、心技体ともに充実している。よほどのことがない限り、藤井が将棋界の第一人者である時代は、長く続いていくのは間違いないだろう。

 では藤井がタイトルを失う可能性がないかといえば、そんなことはない。ほかの棋士が弱いというわけでもなく、状況はむしろ逆で、現在の将棋界は、史上空前の層の厚さを誇っている。棋士たちは藤井の強さを認めながらも、藤井に勝つ方策を模索する過程で、さらにパワーアップしつつあるようにも見える。50代の羽生、40代の渡辺らも、衰えは感じさせない。

 藤井に対抗する棋士の一人として、現在脚光を浴びているのが山崎隆之八段(43才)だ。コンピュータ将棋ソフト(AI)を用いた序中盤の研究が必須といわれる現代にあって、山崎はその真逆のスタイルを取り続ける。山崎は独自の感性に磨きをかけ、40代にしてタイトル戦再登場を果たした。藤井に山崎が挑む棋聖戦五番勝負で山崎がシリーズを制すると、史上2番目に年長での初タイトル獲得という偉業を達成することになる。

ライバルの本命は伊藤匠七段

 棋士のおおよその格付けは、順位戦のクラスを見るのがわかりやすい。名人に次ぐA級10人はもちろん、一騎当千の強者ばかりだ。新A級の千田翔太八段(30才)、増田康宏八段はまだタイトル挑戦の経験はないが、藤井を相手に重要な一番で勝利をあげた実力の持ち主である。

「私が師匠だから言うわけじゃないけど、勇気君も藤井さんからタイトルを取れる可能性はあるでしょう」

 そう語るのは佐々木勇気八段の才能を誰よりも知る石田和雄九段だ。順位戦はクラスをひとつ上げるのも難しい。中にはA級でも遜色ないほどの強さなのに、下位のクラスにとどまっている若手棋士も存在する。昨年度、棋聖・王位で藤井に挑戦した佐々木大地七段(29才)はその典型例だ。勇気八段と大地七段、2人の佐々木は藤井キラーの資格充分だ。

 現状、藤井のライバル候補の本命は、伊藤匠七段と言ってよいかもしれない。

「君が将来、名人と竜王になったら、その賞金半分持ってこい」

 師匠の宮田利男八段は、伊藤に弟子入りを許す際、そう言った。もちろん冗談だが、見込みのない少年には、冗談でもそんなことは言わない。師匠や周囲の期待通り、伊藤は大棋士への道を歩みつつある。

 伊藤は昨年度、竜王と棋王、2つのタイトル戦番勝負に登場。もし相手が藤井でなかったら、いま頃は若きタイトルホルダーとなっていたかもしれない。藤井があまりに強かったため、伊藤は1勝を挙げることもできないまま終わった。

 結果だけを見れば、一方的にも見えるが、その内容を見て、伊藤の強さを再認識する声も多く聞かれた。直近でもっとも藤井の牙城を崩す可能性が高いのが叡王戦で藤井に挑戦中の伊藤だ。6月20日に行われる第5局で伊藤が勝って初タイトルを獲得すれば、将棋史は新しいステージの幕開けとなりそうだ。

 将棋界においては年齢は重要な指標で、強くなる棋士はだいたい、10代のうちから才能を現している。現在、現役中の最年少棋士である藤本渚五段はまだ18才で、ポスト藤井の有力候補の一人だ。藤井、伊藤、藤本の3人の名に「藤」の字がつくのは偶然かもしれない。それでも今後、もしこの3人が天下を争い続ける時代がくれば、その偶然も意識されるだろう。

 タイトル戦はネットで観戦が可能だ。藤井たちの対局姿に憧れ、これから将棋を始める少年・少女たちの中から、未来の八冠も生まれるかもしれない。

(第2回へ続く)

【プロフィール】
松本博文/将棋ジャーナリスト。東京大学将棋部在籍中より将棋書籍の編集・執筆に携わる。名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力し、「青葉」名で中継記者を務める。『ルポ 電王戦』で第27回将棋ペンクラブ大賞文芸部門賞を受賞。『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』『棋承転結 24の物語 棋士たちのいま』など著書多数。

※女性セブン2024年7月4日号

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