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【がん治療】欧米で広く取り入れられる、直ちには切らない「監視療法」 日本では国民皆保険制度で手術費用が安く「切りましょう」が基本に

NEWSポストセブン 2024年6月23日 10時59分

 検査でがんが見つかれば、「すぐに治療しなければ」と思うはず。しかし実際には、がんの部位や進行度、タイプ、年齢、体調、ライフスタイルなどによっては、治療がかえって悪影響を及ぼすケースがある。「治療しなくていいがん」「放っておいた方がいいがん」とは、どういったケースなのだろうか。【前後編の後編。前編から読む】

 過剰な検査が無駄な治療を生む一方で、その精度を生かし、適切に取り入れて「見守ること」も立派な治療として発展しつつある。医療経済ジャーナリストの室井一辰さんが言う。

「欧米ではがんを直ちに切除せず、血液検査や超音波検査、CT、MRI検査などを定期的に受けて観察を行う『監視療法』が広く取り入れられています。甲状腺と前立腺に加え、乳管など乳がんが発生した場所にとどまっている『非浸潤性乳管がん(DCIS)』や膀胱がんにも監視療法を取り入れられるのではと注目されています。

 実際、アメリカで複数の研究を解析した結果によれば、リスクの低いDCISの患者を対象に約6年間追跡調査したところ、手術した場合としなかった場合で、生存率は変わりませんでした」

 東京大学大学院医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授の中川恵一さんは「腎臓がんの中にも“見守り”の対象になるものがある」と言う。

「がんの治療で有名な米メイヨークリニックの報告によると、発見時の腎臓がんの大きさが2cm以下なら、転移がある割合も、術後3年後に転移が見つかる割合もゼロだということがわかっています。監視療法は転移などのリスクがあるので、充分に注意を払って行う必要がありますが、腫瘍が小さい人、高齢者や持病などで手術を受けるリスクが高い人にとっては、積極的に検討すべき選択肢になるといえます」(中川さん)

国民皆保険ががん手術を推進

 同じがんでもサイズやタイプによっては、がんを取り去る「根本治療」が適切とは限らない。さらに、一般的に治療が推奨されるがんでも、年齢や患者の状態によっては放っておいた方がいいケースがある。内科医の名取宏さんが言う。

「がんの治療を受けた患者であれば誰しも、切除した部分の傷痕が痛んだり倦怠感が出たりと、何らかの形で生活の質の低下を感じることになります。そこには大きな個人差があり、長く臨床の現場にいた中で、治療をしない方が明らかに生活の質が高く、元気で長生きできただろうと感じた症例はいくつもありました」

 室井さんは、特に胃がんや食道がんの手術は治療に伴う負担が大きいと指摘する。

「最近は放射線治療も進歩して、手術を避けられるケースもあるし、早期の食道がんや胃がんであれば、内視鏡手術ができ、さらに進行しても腹腔鏡や胸腔鏡による手術が可能です。にもかかわらず体への負担が大きい開腹手術が行われることもある。

 特に胃や食道はがんが切除できたとしても、術後の後遺症で消化が悪くなり、満足に食べられなくなったり、発声が難しくなってコミュニケーションが困難になるケースが少なくない」

 そもそも日本は国民皆保険制度で誰もが少ない負担で治療を受けられるため、海外よりも過剰治療が行われやすい背景がある。

「日本以外の先進国では、手術を行わずに放射線による治療も積極的に行われていますが、日本ではいまだに“がんが見つかれば切りましょう”が基本です。アメリカと違って手術費用が安いので、患者側も、医師の指示通りに手術を受けた方がいいという判断に傾きやすい」(室井さん)

 新潟大学名誉教授の岡田正彦さんは、手術に加え、抗がん剤の一種である化学療法剤も体に与えるダメージが大きいと指摘する。

「特に古くから用いられている化学療法剤は副作用が強いうえ、がん細胞だけでなく正常な細胞にもダメージを与えるので、体への影響が大きい。世界的に使われている複数の化学療法剤の効果を比較した臨床試験のデータを調べたところ、投薬することによって最終的に寿命が延びた薬は1つもありませんでした。

 不必要な治療を受けたがために、健康寿命を縮めてしまうことがあると知っておいてほしい。何もしない方が、少し元気に長生きできることもあるのです」

 岡田さんによれば、海外では化学療法剤ではなく、がんの原因となるたんぱく質など特定の物質だけに作用する「分子標的薬」に置き換わってきているという。

進行がんを治療できる医師は名医

 がん治療における“やりすぎか”“必要か”の判断の取捨選択をするうえで、年齢によっても治療方針を変えるべきだと、ひらやまのクリニック院長で介護施設を中心に診療を行う医師の森田洋之さんは主張する。

「年齢を重ねるほどがんの進行は遅くなるので、50代や60代のがんと80代以降のがんでは性質が異なります。また、高齢になるほど、体力や精神力の個人差が大きいため、治療法については個別的な対応が重要になってくるのです」

 では、目の前の患者に多すぎず少なすぎず、適切な治療を施してくれる、あるいはあえて「しない」という選択肢を提示してくれる医師や病院はどう選ぶべきなのか。名取さんは「がん診療連携拠点病院で治療を受ければ、大きく外れることはない」とアドバイスする。

「最近の医療現場はEBM(根拠に基づく医療)が現場に浸透し、医師の直感ではなく、根拠のあるガイドラインに基づいた医療が徹底されています。もちろん、医師によって意見が異なることや相性の問題もあるので、不安があるときはセカンドオピニオンを取ってください。何よりも大事なのは、根拠に乏しい自由診療を受けないこと。そうした病院ほど、甘い言葉で手術や薬物療法を否定しますが、まどわされないでください」(名取さん・以下同)

 患者に寄り添い、こちらの訴えに耳を傾けてくれるのも優れた医師の条件だ。

「いまの現役世代の医師は、患者と適切なコミュニケーションを取ることも医療の一部だと学んできています。患者に上手に接することができる医師は、きちんと教育を受けていて、腕もいいといえるでしょう。ひと昔前までは、言葉遣いは乱暴だが腕が確かという医師もいましたが、いまはそうした医師はほとんど存在しません。説明が丁寧で礼儀正しい医師を信頼してください」

 岡田さんは、テレビやインターネットなどで発表されている「病院ランキング」の数値にまどわされないでほしいと話す。

「そうしたランキングの多くは、治療後の5年生存率や手術件数をベースに作られています。調べてみたところ、上位の病院ほど、進行度が低いがん患者を中心に治療している。それらの病院は対処の難しい進行がんの患者を受け入れていないところも多く、生存率が高くなるのは当然です。選ぶならばランキングの数値だけを見るのではなく、進行がんも含めた治療をどれだけ多く担当しているかを軸にした方がいいでしょう」

 必要に応じて、医師が複数の治療法を提案してくれるかどうかも、見極めるヒントになる。

「正直なところ、監視療法の診療報酬は高くないので、医師や病院側のメリットは少ない。だからこそ、切ることを第一選択にしないような医師を選ぶといいでしょう」(中川さん)

 ただし、治療に「正解」はない。医師に頼りすぎず、最後に責任を持つのは「自分」であることを心得ておこう。

「高齢で“治療したら、寝たきりになるかもしれない”と思うケースでも、ご本人の強い希望で手術をしたところ、不思議と元気になるかたもいます。治療や命に対する価値観は人それぞれ。大事なのは、治療の結果どう転んでも後悔が少ないように、医師の説明を聞いて、自分で考えて決断することです」(名取さん)

 治療、根絶が必要なケースももちろんあるが、「共生」という選択肢があることを覚えておきたい。

(了。前編から読む)

※女性セブン2024年7月4日号

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