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結城真一郎氏インタビュー「今は真実が常に条件付きで、一側面からは確定し得ないと思っていないと危険な時代」

NEWSポストセブン 2024年7月2日 16時15分

 実店舗を持たず、宅配に特化した〈ゴーストレストラン〉や配達業務を単発で担う〈ギグワーカー〉など、特にコロナ禍以降、社会に浸透した新しい働き方は、新たな謎の土壌ともなった。

 2022年刊行のベストセラー『#真相をお話しします』以来となる結城真一郎氏の新作『難問の多い料理店』の舞台は、東京・六本木。和食に中華にエスニックと、30を優に超す看板を掲げたそのレンタルキッチンには美形の男性オーナーが1人いるだけで、料理も〈冷凍餃子〉を焼くだけだったりしたが、それもそのはず。ここは〈「梅水晶、ワッフル、キーマカレー」で“浮気調査”〉など、隠しコマンドを通じて依頼内容を伝える、料理店兼探偵屋なのだ。

 中でも〈ビーバーイーツ〉の配達員にとって熱いのが〈例のアレ〉。謎解きを意味するナッツや雑煮の組み合わせのことで、運よく受注した者には時に聴取や宿題などの追加ミッションが課され、報酬も即金で3万以上。僕や私が店の近所で待機し、〈地蔵〉と化すのも無理はないが、〈もし口外したら〉〈命はないと思って〉と、無機質無表情なオーナーは冗談でもないことを言う。

「ちょうどこの構想を練る頃に、ウーバーの配達員の方々の姿を町で頻繁に見かけるようになったんですね。しかもゴースト的な業態も最近は増えているらしいし、それらをうまく掛け合わせることで、連作短編+ミステリー+現代的要素という、今回の依頼に耐えるものが書けそうだと考えました。

 ギグワークという働き方自体、もちろん興味深いんですが、やはり従来にない働き方を選んだ人の中には、積極的にそれを選んだ人も、やむなく選んだ人もいる。そうしたグラデーションや配達員1人1人の背景まで、前作より丁寧に描けた連作集になったと思います」

 例えば第1話「転んでもただでは起きないふわ玉豆苗スープ事件」の僕はしがない大学生、第2話「おしどり夫婦のガリバタチキンスープ事件」の私は会社が倒産し、失職中の中年男。さらに小3の息子を抱えたシングルマザーや売れないコント芸人など、本書ではそれぞれ訳ありな配達員が全6話の話者を順に務め、その謎や事件がどう決着したかを、オーナーの鬼才ぶりも含めて報告してゆく。

 ちなみにオーナーが謎を解決すると、依頼人との合言葉を冠した新商品(=章題の料理)が〈「汁物 まこと」〉のメニューに載る仕組みで、ふわ玉は50万円、ガリバタは30万円など、破格の品代が探偵料となる。そもそも例のアレは10万円して、誰でも簡単に頼めないから依頼料兼着手金たり得るなど、設定が絶妙なのだ。

「配達員側がUSBを届ける〈お使い〉を1万円にしたのも、試しにやろうと思える金額を探った結果。逆に10万だとやらないと思うんですよ、怪しすぎて(笑)。料理名も合言葉以外は全部実在の料理サイトから引っ張ってきたし、こんなことあり得ないと99%思っても、1%『でもアリかもな』と思える線を狙いました」

良し悪しでなく世相として描く

 事件も奇妙だ。全焼したアパートで発見された謎の焼死体に、指が2本欠損した男の轢死体。誰もいない部屋に届き続ける置き配や、忽然と消えた第1話の依頼人など、〈指無し死体です〉〈人間消失です〉〈言うなれば密室です〉云々と、冷血オーナーの関心を引くべく、配達員がやや物騒な報告をするのも可笑しい。

「今は普段から動画などを楽しんでいる読者が多いので、事件の概要は簡潔に伝え、場面転換やテンポも早めにして、とにかく飽きさせないよう心がけました。

 語り手の名前を特定しなかったのも読者が自分に重ねやすくするためですし、謎も空き部屋に置き配が届き続けたらとか、同じ人が10回連続で配達に来て、しかも封をした荷物の中に入っていないはずのものが入っていたらとか、自分が日常的に怖いと思うことや思いつきが出発点ではある。置き配や間に第三者が入ること自体、僕は怖いと思っちゃうんですが、有難いと思う人が多いのも事実で、それも良し悪しではなく、世相として描きました」

 一方でオーナーの素性を不明にしたのは、彼が提供するのはあくまで〈解釈〉だという、本作の根幹にも関わる理由からだという。

「一見彼は安楽椅子探偵型の名探偵ではあるんですが、顧客がその解釈に納得さえすれば真相はどうでもいいと考えるプロでもあって、そんな彼が善人か悪人かも読む人の解釈次第ですと、余白を残したかったんです。

 僕自身、最後に名探偵が正解はこれですと示す度に、ホントかよって思う部分があって。その唯一の正解を覆す材料は本当にないのか、そこまで断じるのは探偵のエゴともいえるし、だったらいっそ真実よりも解釈を提供し、サービスに徹する名探偵がいてもいいよなと、もちろん探偵小説が大好きだから思うんですよ(笑)。

 現に今はSNS上でデマに踊らされ、根拠の怪しい真実に飛びつく人もいる。確かに神の視点なら真実は一目瞭然なんでしょうけど、人間には判断しようもない以上、常に条件付きでしかないと思うんです。『ここではこう言っている』とか。

 それを踏まえてどう生き、考えるかも読者次第ですが、せめて真実は一側面からは確定し得ないと思っていないと危険な時代だとは思う。その分、結末まで読んでも全然スッキリしない探偵譚にはなりましたけど(笑)」

 そのザラついた読後感は従来の名探偵物や情報との関係性に喧嘩を売るようでもあり、欲望の肥大化した街を走る僕や私の人生模様も含めて確実に今が描かれている。

【プロフィール】
結城真一郎(ゆうき・しんいちろう)/1991年神奈川県生まれ。東京大学法学部卒。2018年『名もなき星の哀歌』で第5回新潮ミステリー大賞を受賞しデビュー。2021年に「#拡散希望」で第74回日本推理作家協会賞短編部門を平成生まれとしては初受賞し、翌年刊行された同作所収の短編集『#真相をお話しします』は累計22万部を突破。本屋大賞や各種ミステリランキングの上位にも選ばれ、大きな話題に。著書は他に『プロジェクト・インソムニア』『救国ゲーム』。182cm、84kg、A型。

構成/橋本紀子

※週刊ポスト2024年7月12日号

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