Infoseek 楽天

藤井聡太“八冠再独占”への道 最大の難関は伊藤匠・新叡王への挑戦権獲得、トーナメントでの4連勝が必須

NEWSポストセブン 2024年7月3日 7時15分

 将棋界初の八冠独占は「254日」で幕を下ろした。第9期叡王戦では、藤井聡太八冠(21)との激戦の末に、伊藤匠・新叡王(21)が誕生した。最終第5局までもつれる勝負を繰り広げた2人は同級生。その因縁は12年前に遡る。この数年、プロ棋士のなかでも敵なしの状態だった藤井七冠を“泣かせた”という逸話を持つのが、伊藤叡王なのだ。

 当時9歳だった2人は、2012年1月に「第9回小学館学年誌杯争奪全国小学生将棋大会」の小学3年生の部の準決勝で対局している。舞台となったのは、東京・神保町にある小学館本社の裏に建つ一ツ橋センタービルの12階。勝負に敗れた藤井少年は、会場に響き渡るほどの声をあげて泣いた。

 伊藤叡王が“藤井聡太を泣かせた男”であるというこのエピソードは、将棋ファンの間でも広く知られている。ただ、藤井少年は準決勝で敗れた後、目を赤らめたまま3位決定戦に臨み、勝利した。そして、悔しさをバネに強くなった。14歳でプロ棋士になり、その後の快進撃は周知の通りだ。

“再独占”は羽生善治九段もできなかったこと

 一方の伊藤叡王は、遅れること3年、17歳でプロとなった。その頃、すでに藤井七冠は初タイトルを獲得していた。将棋ライター・松本博文氏が言う。

「伊藤叡王が17歳でプロ棋士になったのは決して遅いわけではなく、むしろ早いほうですが、藤井七冠の出世があまりに早く、その陰に隠れてしまっていた。今回のタイトル獲得にしても、21歳8か月で史上8番目の早さですからね。伊藤叡王も大棋士へのスタートを切ったと言えます。これから、藤井七冠のライバルとして切磋琢磨していくのは間違いないでしょう」

 9歳の時に伊藤少年に敗れて涙した後、藤井少年が猛スピードで巻き返したように、今回、叡王戦で敗れた藤井七冠は、タイトルの奪還を目指すことになる。松本氏が言う。

「大きな注目点は、藤井七冠が“八冠に戻れるのか”ということですね。この先、持っているすべてのタイトルを防衛して、1年後に伊藤叡王への挑戦権を獲得して、リターンマッチを制す必要があります。非常に困難な道のりですが、それでも藤井七冠の力をもってすれば可能性はあると思いますね。

 独占していたタイトルを1つでも失った後に、再度独占するというのは、羽生善治九段でもできなかったこと。羽生九段は1996年2月、谷川浩司現十七世名人を下して王将を獲得し、七冠を独占しました。しかし同7月には三浦弘行現九段に敗れて棋聖を失いました。挑戦権を目指すトーナメントでは、同い年の森内俊之現九段に敗れて、リターンマッチへの道を断たれています。また谷川十七世名人の巻き返しを受け、竜王と名人も立て続けに失って、1997年6月の段階では四冠に後退しています。その後、五冠にまで戻ることはありましたが、六冠、七冠はなかった。

 昭和の最強者である大山康晴十五世名人は、タイトル数が三冠から四冠、五冠と増えていく中で、通算6度の全冠制覇を成し遂げている。いまよりもタイトル戦が少なく、時代背景も異なるので一概に比較はできませんが、タイトルを失ってから5回の復帰を成しえているわけです。囲碁界では井山裕太さん(現・三冠)が全冠から後退した後に復帰したという例があります」

トーナメントの一発勝負の難しさ

 伊藤叡王とのリターンマッチへの道のりは、どのような困難を伴うのか。松本氏が続ける。

「羽生九段のケースを振り返ってもわかりますが、防衛を続けるのも大変ですが、挑戦権を獲得するのも大変なんです。羽生九段は同世代だけでも、森内九段、佐藤康光九段、郷田真隆九段、藤井猛九段、丸山忠久九段といった、タイトルを何度も取るほどに強い棋士が多く存在していた。それだけ競争が激しかったんです。もちろん羽生九段が周囲のレベルを引き上げたという話ですが、そうしたなかで羽生九段でも挑戦権を獲得して全冠に戻ることはできなかった。

 藤井七冠も周囲のレベルを引き上げている。それは伊藤叡王の躍進を見てもわかりますし、他の棋士のレベルも上がっている。そうした意味では、叡王への挑戦権獲得が最大の難関かもしれません。今回はタイトル戦で初めて敗れるかたちになりましたが、番勝負は実力が反映されるので、5番より7番といった具合に、対局数が多いほど強い棋士が優利になる」

 しかし、トーナメントの一発勝負では、そうはいかないわけだ。

「史上空前の通算勝率8割3分台を誇る藤井七冠ですが、それでも6回に1回は負けていることになります。次の叡王戦で藤井七冠はシードでベスト16から始まりますが、それにしても4連勝しないと挑戦権が得られない。一局ずつの勝負で、そのたびに振り駒で先手番を決める。そこで若干不利が生じることもある。叡王戦の本戦トーナメントは例年、年明けから始まりますが、ここを勝ち抜くだけでも、そう簡単なことではありません。

 八冠を独占するまでの道のりでも、もっとも大変だったのは最後に残った王座戦の挑戦権を獲得するところでした。2回戦では中堅クラスの村田顕弘六段に秘策『新村田システム』をぶつけられました。藤井七冠は苦戦に陥り、ほとんど負けというところにまで追い込まれています。現役棋士であれば、一番勝負で藤井七冠に勝つ可能性は、誰にでもあります。トップクラスとなれば、さらにその可能性は高まります。挑戦者決定戦の豊島将之九段は2023年度の名局賞に選ばれるほどの名勝負で、それも最終盤まで、どちらが勝つのかわかりませんでした」(松本氏)

 その困難を乗り越えて、1年後に再びライバル対決が見られるのか。そうなれば、将棋界が最初の八冠独占時以上の盛り上がりになることは必至だ。

※週刊ポスト2024年7月12日号

この記事の関連ニュース