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《告白》嘘を重ねリーマン・ブラザーズから371億円を騙し取った男が15年越しに「本当のこと」を話そうと思った理由

NEWSポストセブン 2024年7月2日 16時15分

「この本を書く上で最も気をつけたのは、絶対に嘘は書かないこと。一度でも嘘を書けば、それがさらなる嘘を呼ぶことはよくわかっていました。だから記憶を整理し、どこまでも自分と向き合って、“本当のこと”を書き残すことに注力しました」

 白いスーツに華やかなピンクのネクタイを合わせた洒脱なファッションに身を包み、神妙な面持ちでそう語るのは、自らの半生を綴った『リーマンの牢獄』(講談社)を上梓した齋藤栄功氏(62才)。

 斎藤氏は2008年6月、米投資銀行・リーマン・ブラザーズから371億円を詐取し、「リーマン・ショック」の引き金となったとも言われる大型詐欺「アスクレピオス事件」の主犯として逮捕された。嘘に嘘を重ねて架空のストーリーをでっちあげた彼はなぜ、長い沈黙を破って「本当のこと」を明かそうとしたのか──。
                     
 斎藤氏は大学卒業後、山一證券に入社するも自主廃業の憂き目に会い、メリルリンチ、三田証券などを経て医療経営コンサルト会社「アスクレピオス」を起業。しかしそこでの資金集めにおいて、詐欺とインサイダー取引容疑が発覚し、経済事犯として最長レベルとなる懲役15年の実刑判決を受けた。

「文章を書く習慣がついたのは長い服役生活の途中から。刑務所の特殊な暮らしに慣れるのに5年ほどかかり、それから経済学を学び直そうと考えて2014年に慶応義塾大学通信教育課程に獄中合格し、刑務所での作業に加えて勉学に励むことが日課になりました。

 大学の課題でレポートや論文に取り組んでいるうちに、次第に書くことそのものに興味が生じたんです。当時読んだ新聞のコラムで、“書くことでしか自分と向き合うことはできない”という文章を見たことも大きかった。

 刑務所の許可を得て入手した原稿用紙に小説を書き始め、3匹の子犬が未来の新聞を見つけるファンタジー小説を書き上げて『コバルト短編小説新人賞』に応募したこともありました。結果は落選でしたが、当時は何かを書くことで救われるような気がしていました」(齋藤氏・以下同)

 仮出所したのは2022年6月。人づてに訪ねた監修者の阿部重夫氏に獄中で執筆した小説を見せたものの、「橋にも棒にもかからない」と一刀両断され、「フィクションではなく実録にしたらどうか」と諭されたことで、自身のリアルな経験を綴ることを決意した。

 とはいえ、胸に一物ある大勢の人物が錯綜するストーリーを齋藤氏のみの視線から描くのは容易ではなく、“自分を良く見せよう”との心理も働く。なかなか思うように仕上げることができず、阿部氏の度重なるダメ出しとリテイク指示の末、たどり着いたのが「対話形式」のスタイルだった。

 同書には「アバター」と呼ばれる齋藤氏の“分身”が登場し、アバターが斎藤氏にインタビューするQ&A方式で物語が進行する。

 アバターは単なる進行役ではなく、《どうも変だな、齋藤さん》《何か隠しているのでは?》(《》内は『リーマンの牢獄』より引用。以下同)などと問いを重ねて“主人公”の本音を聞き出し、大金を手にして複数の女性にマンションを買い与える齋藤氏に対しては、《また齋藤さんの“援交”癖ですか。どうも女性の大学院生に弱い》と的確なツッコミを入れる。

 齋藤氏は大手商社「丸紅」の嘱託社員らと共謀し、大手商社の保証のもと、数十から多いときには100%を超える年利がつく「丸紅案件」と称した架空の投資スキームを作り上げてリーマン・ブラザーズに融資を持ちかけた。あまりに“うますぎる話”を信頼させるため、丸紅本社の会議室を使い、スーツから名刺まで偽装した“丸紅の替え玉部長”まで登場させるという荒唐無稽な作戦でリーマンの担当者を信用させ、5回にわたり合計371億円の架空融資を引き出した。

 文中のアバターからも《地面師顔負けの猿芝居》とダメ出しをされた、いかにも子供騙しで、いつかはバレるに決まっている危ない橋を渡り続けた理由について、齋藤氏は「自己防衛の本能からでしょうね」と語る。

「その問題を塀の中でずっと考えていましたが、人間には“いまの生活を維持したい”という根源的な欲求があると思うんです。自己防衛の本能とも言えるかもしれません。当時、私は不正に得た金で高級外車を乗り回し、高級エスコートクラブで知り合った愛人を囲っていましたが、一度そうした生活を始めると“これを維持しなければならない”という強迫観念にも似た気持ちが生じて来る。結果的に、その生活を維持するために一線を越えました。

 それは共犯者だった丸紅の嘱託社員も同じだったと思います。会社で地位を守り、家族や周囲に対して“大手商社マン”として振る舞い続けるためには、どれほど汚い手を使ってでもノルマを達成する必要があったのでしょう。究極のところ、人間は“自分を守るため”に法を犯すのです」

 だから、手元の金が増えれば増えるほど、「現状維持」が難しくなり、追い詰められていった──斎藤氏は当時の心境をそう振り返る。

「一度1億円を手にしたら次は10億円、その次は100億円を求めるようになってキリがない。“靴を履き替えるように”と揶揄されるほど次々に高級車を買っては乗り回していた当時、常に恐怖や焦燥感と隣り合わせでした。車が好きだったのも、本当のところは乗って運転している間は誰とも話さずに済むからという理由でした」

 当然、悪事は長く続かず、じわりじわりと押し寄せてくる当局やマスコミから逃れるために香港へ高飛びするも身柄を拘束されて万事休す。2008年6月、成田空港に降り立った斎藤氏は桜田門の警視庁に連行されて御用となった。取り調べでは、知人に託した“隠し資産”を秘匿するために黙秘を続け、2009年9月、東京地裁で懲役15年を言い渡されて収監の身となった。

「獄中生活では、さまざまな闇を目の当たりにしました。刑務所内でポツリポツリと話すようになった受刑者の多くは、家庭や周囲の環境に恵まれず、中学すらまともに通えていなかったと聞き、悲惨な人生を歩んでいました。

 また、ほとんどの刑務官は、受刑者を人間として見ていなかった。受刑者同士のいじめを見て見ぬふりをするのは当たり前で、気に入らないとトイレすら我慢させられるなど露骨な嫌がらせをする。中には、独房で2週間放置され、不審死を遂げた受刑者もいました。しかしそうした実態は外の世界にはほとんど明かされることはありません」

 14年ぶりに戻った娑婆で、天国と地獄を知る男はどこに向かうのか。柔和な表情のまま目を光らせて、齋藤氏はこう語った。 

「長い獄中生活を経験して、刑務所内のあまりにもひどい実態に光を当てることができないかと考えるようになりました。文字や言葉に置き換えて表現し、多くの人に知ってもらえたらと思っています。

 それからもう一つ、逮捕前に資産を託した共謀者はカネを持ったまま私から逃げている。彼を追い詰めてバブルの決着をつけるまで、私の“リーマンの牢獄”は終わりません」 

 日本経済の表と裏を知り尽くす齋藤氏は、第二の人生も波乱含みになりそうだ──。

【プロフィール】
齋藤栄功(さいとう・しげのり)/1962年長野県生まれ。1986年に中央大学法学部卒業後、山一證券に入社。同社の自主廃業後、外資系証券会社などを経て、医療経営コンサルタント会社「アスクレピオス」を創業するが、2008年に詐欺およびインサイダー取引の容疑で逮捕され、懲役15年の実刑判決を受ける。2022年6月に仮釈放され、2024年5月、その経緯を自らまとめた『リーマンの牢獄』(講談社)を上梓。

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