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「国産牛肉」に潜むリスク 原産国表示の“長いところルール”で「アメリカ育ちの国産牛」も可能な状況

NEWSポストセブン 2024年7月9日 15時59分

 松阪牛、神戸牛、飛騨牛……日本国内で大切に育てられた「和牛」は、いまや世界的なブランド。だがひと口に「日本の牛」といっても世界が認めるブランド牛から、健康被害のリスクのある“国産牛”までさまざま。「国産だから安全」とは、もう言えなくなっている現実がある。【前後編の後編。前編から読む】

抗生物質から生まれる超多剤耐性菌

 闇が潜んでいるのはえさだけではない。狭い環境で密集して育てられることの多い日本の牛は、感染症を防ぐために抗生物質が投与されることが少なくない。立命館大学生命科学部教授の久保幹さんが語る。

「衛生面はもちろん、動物福祉の観点から見ても、感染症予防のための抗生物質の投与は避けては通れません。しかし長い目で見れば、食を取り巻くさまざまな分野への弊害が懸念される。

 例えば、抗生物質を投与された牛のふんで堆肥をつくると、畑の土壌にも抗生物質が混じって、農業に必須の細菌繁殖に影響を与えるのです」(久保さん)

 基準値以下であれば、抗生物質を投与されたからといってその肉を食べてすぐに健康被害が出るわけではない。だが、抗生物質を投与された牛の肉が何年も流通し続けることによって“最強の病原菌”を生む可能性があると、消費者問題研究所代表の垣田達哉さんは警鐘を鳴らす。

「抗生物質を使い続けると『スーパーバグ』といって、抗菌薬が効かない超多剤耐性菌が生まれます。いま存在しているあらゆる薬が効かないので、スーパーバグによる感染症は治せません」(垣田さん・以下同)

 実際にアメリカでは2015年にウエストウッドのロナルド・レーガンUCLA医療センターにて、十二指腸内視鏡から179人がスーパーバグに感染したとみられる事例が発覚した。うち2人は死亡したという。

「牛の感染症予防のためには、抗生物質の使用は避けられません。『JAS認定牧場』のものであれば、出荷6か月前からは抗生物質を使用しないなどの安全基準があり、認定されていない牧場のものよりは安心。

 ですが、それ以前には使用している可能性があるため、抗生物質によるリスクを100%避ける手立てはないのが現状です」

アメリカ育ちが国産牛になる“長いところルール”

 遺伝子組み換え飼料に抗生物質……リスクにまみれて育った“国産牛”と同じか、それ以上に恐ろしいのは、甚大な健康被害の危険性がささやかれている「肥育ホルモン剤」を投与されたアメリカやオーストラリアの牛肉が国産牛肉に“化けて”いる可能性が否定できないことだ。東京大学大学院農学生命科学研究科特任教授の鈴木宣弘さんが指摘する。

「牛肉の原産国表示は“その牛が育った期間がもっとも長い場所”を書けばいいと定められており、これは通称“長いところルール”といわれています。

 例えば、アメリカで肥育ホルモン剤を投与されて育ったホルスタインが2才のときに日本に輸入されてきて日本で乳牛としての役目を果たし、5才になって廃用牛として肉にされれば、2年間をアメリカで、3年間を日本で過ごしたその牛の肉は『日本産』と書ける。つまり『アメリカ育ちの国産牛』はありえない話ではないのです」(鈴木さん・以下同)

「国産牛」は品種が指定されていない一方、「和牛」は国が指定した4つの品種と、この品種間での交配による交雑種を指す。「アメリカ育ちの国産牛」がいるのと同じく「オーストラリア産和牛」も当たり前に存在するのだ。

 肥育ホルモン剤の多くは牛の体内にある女性ホルモンのエストロゲンやプロゲステロンを化学的に合成したもので、牛の成長を早めてより少ないえさで多くの肉や牛乳を得られる画期的な方法として、アメリカやオーストラリアでは多用されている。

「アメリカなどの大規模農場では、牛の耳にピアスのような器具をつけることで、定期的に自動で肥育ホルモン剤を投与しています」

 だが1970〜1980年代にプエルトリコなどで10才未満の少女の乳房が膨らんだり、月経が始まったりと、性的に異常な発達がみられるなど、合成肥育ホルモン牛肉によるものとみられる健康被害が続出したのだ。

「これを受けて、1988年にはヨーロッパではすべての肥育ホルモン剤の使用が禁止になり、翌年にはアメリカからの牛肉は輸入禁止となりました」

 こうした措置との直接的な関連は明らかになっていないが、アメリカからの牛肉の輸入を禁止してから以降わずか7年で、EU諸国ではほとんどの国で乳がん死亡率が20%近く減少。中には45%も乳がん死亡率が減った国もあった。

 それほどの事態を経ても、アメリカ、オーストラリアのほか、カナダなどでは現在も合成の肥育ホルモン剤の使用が認められている。日本国内では使用が禁じられている一方で、海外から輸入されてくるホルモン牛は残留基準値に上限はあるものの、実質的には素通り状態だ。

 いま食卓にのぼっている国産牛も、海外で肥育ホルモン剤を打たれている可能性が充分にある。国産神話が揺らぐ一方、いまや海外では日本とは比べものにならないほど、牛肉の品質へのこだわりや安全意識が高まっている。

 その証拠に、アメリカのスーパーでは「ホルモン剤不使用」をうたう牛肉コーナーがあるのが普通で、「ホルモンフリーの安全なアメリカンビーフ100%使用」をウリにしている現地ハンバーガーチェーンも人気を集めている。

「国産なら安心」──いまやそれは古い常識になりつつあるのだ。

(了。前編を読む)

※女性セブン2024年7月11・18日号

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