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《旭川女子高生殺害》事件直前に助け求めたコンビニ店を責める正義の暴走 他のコンビニ店員「時給1000円とかでそこまで担うのは勘弁」

NEWSポストセブン 2024年7月7日 16時15分

 追われる女子高生が求めた通報の願いを聞き入れなかったとコンビニエンスストアの店員が責められた。女子高生を監禁するため連れ回していた容疑者たちがコンビニに立ち寄った際、助けを求めたのをそのままにしたのは許せないと、事件とは直接的に関わりが無いと思われるネット民たちの一部が、いまもコンビニ店の特定に励んでいる。日本フランチャイズチェーン協会は加盟するコンビニチェーン約5万7000店舗でセーフティステーション活動(SS活動)をするなど、地域社会の安心安全に貢献することをうたってはいるが、武器も防護服もなくユニフォーム一枚着ているだけの店員が果たしてどこまで危険に介入できるのか。人々の生活と社会の変化を記録する作家の日野百草氏が、コンビニ側の本音を聞いた。

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「そういう連中が来たら通報する自信は私もないですね。ましてワンオペで、その場で犯罪かどうか判断しろというのは無理だと思います。防犯カメラであとから、という対応はできますが」

 都内コンビニエンスストア、50代店員は「自分のところに来たら」という前提で率直に話してくれた。

 旭川市の神居大橋で留萌市の女子高生(17歳)が橋から落とされて殺害された事件。犯人らは女子高生を全裸にしたのち動画を撮影、「落ちろ、死ねや」などと脅して犯行におよんだとされる。

 その途上、コンビニに立ち寄った際に女子高生はコンビニ店員に助けを求めていた。しかし犯人らは「この子はおかしくなっている」「取り合うな」といった趣旨の説明で女子高生を引き続き連れ回し、暴行した。

 コンビニ店員は犯人らの「言葉巧み」(複数の報道より)な説明によって、通報しなかった。これについてSNSや匿名掲示板の一部で「なぜ通報しなかった」とコンビニやその店員に対する非難の声があった。あるサイトには「コンビニ店員が共犯」「コンビニアルバイトのせい」のような心ない書き込みもある。検索エンジンでも質問サイトなどにそうした非難がいくつも引っかかる。運営は対処しているようだが中傷の残骸は残っている。
 
「店やオーナーの方針にもよるのでしょうが、基本的に店長など責任者に聞かないと警察に通報できません。コンビニは警察と提携しているとされていますが、あくまで『協力』しているだけで義務ではありません」

 こうした事案におけるコンビニの対応はさまざま、店員の判断で即通報していい店もあれば、責任者を通さないと通報できない店もある。各社マニュアルはあるが現場判断、フランチャイズオーナーの方針次第という場合もある。いずれにせよコンビニだから警察と同様に犯罪に対処できる、しなければならないというわけでもなく、私たち一般人と同様に「市民の努め」の限りの対応となる。

「店によっては『面倒だからなるべく警察沙汰にしないように』という店もありますよ。店そのものが危険な状況ならともかく、来店者のいざこざやその後の行動まで『あやしい』とか『犯罪では』で行動するのは無理ですから。コンビニで働いた経験のある方ならわかると思いますが、本当にとんでもない人っています。そういう人に逆恨みで嫌がらせを受けることもあります」

 難しい問題、そもそもコンビニは様々なサービスを提供する商店であり交番やそれに類する防犯を「職務」や「義務」として担っているわけではない。これは大前提だ。

「ぼく、アルバイトォォ!」

 これについて、都内でコンビニエンスストアを経営していた元オーナーに話を聞いた。

「なんでもコンビニにやらせておけ、で治安維持までいつの間にか担うように思われている。でもコンビニ店員は警察官でも警備員でもない。セーフティステーションという駆け込みや保護の対応に協力しているが、今回の旭川みたいなケースで未然に防ぐような行動は難しいと思う」

 コンビニは「セーフティステーション」と呼ばれる活動の担い手とされて久しい。元々は警察庁から「まちの安全・安心拠点としての活動を」と求められたのがきっかけで「自主的に」日本フランチャイズチェーン協会が取り組んでいる。

「24時間、年中誰かいるんだから交番の代わりをしろってこと。活動は地域の安全のためにも大事だし『市民として』の役目もわかるけど、コンビニ店員に犯罪者を捕まえろとか、駆け込んだ人の保護とか限界がある」

 コンビニ各社によって対応は異なるが、基本的にセーフティステーション活動は女性・子どもの駆け込み、高齢者保護、強盗・万引き・特殊詐欺被害の防止、災害や事故、急病人への対応などに店舗および従業員は取り組むよう努めるとされる。振り込め詐欺を未然に防いで警察から表彰されるコンビニ店員もいる。

 

「振り込め詐欺とか急病人の対応ならまだしも、今回の旭川とかコンビニ店員がどれだけできると思う? 悪そうな集団だからと店として首を突っ込む、私はそこまでできない」

 あくまで元オーナー個人の意見だが、先のベテラン店員もまた同様の意見だった。

「本音を言えば、時給1000円とかでそこまで担うのは勘弁です。金額じゃないと言われても、私にだってみなさん同様に人生はある。それに、本当にいろんなお客が来ますからね、やんちゃな若い男女の集団なんてそれこそ年中来る。コンビニの駐車場でたむろったり、いざこざを起こしたりはありますが、積極的には関わらないです。ましてそういう人たちがあとで大事件を起こした、それが実はそこにいた人で助けを求めていたなんて言われても、それをコンビニ店員に求められても困る。本音のところはどの店も、従業員もそうだと思いますよ。いや、非難してる人だってリアルではみなそうじゃないですか?」

 古い事件だが2008年、東京都港区のコンビニに刃物を持った男がレジの金をよこせと脅したが、55歳のアルバイト店員が押し問答の末に「ぼく、アルバイトォォォ!」と叫んでカウンターの上にジャンプ、それに驚いた男が逃走するという事件があった。

 先のベテラン店員もこの事件は古くネットで知っていたが「笑い話ではない」と話す。

「ネットのネタにもされていますが、幸い撃退できただけで危険です。笑い話じゃない」

 また警察の対応にも疑問があるという。

「通報しても警察だってコンビニでたむろする不良集団とか、よほどの事件が起きなければなあなあで済ましているのが現実ですよ。談笑して注意しておしまい、とかね」

命がけの行動は仕事のうちに入っていない

 コンビニ店員の被害は珍しくなく各地で起きている。2023年8月には東京都足立区のコンビニで男が突然暴れ出し40代女性店員と60代男性店員が刃物で切りつけられて重症を負った。また2024年2月には札幌市のコンビニで「男性店員に対応されたくない」という理由で男が40代男性店員と50代女性店員を刃物で切りつけ、40代男性店員の方が亡くなられた。同年5月にも東大阪市のコンビニで万引き犯を追いかけた30代店員が万引き犯の返り討ちで暴行を受け全治2週間の怪我を負った。

 

「詐欺を防いだとか、強盗を説得したとかで感謝状なんて報道もありますけど、私個人としては市民としてできる限りのことはしても、そういう命がけの行動は仕事のうちに入っていないと思っています。見て見ぬふりはしませんが、限界はある」

 彼の紹介で30代の女性アルバイトからも同様の話をうかがった。

「旭川の事件は私も許せませんしかわいそうですけど、コンビニの店員がそういう状況で必ず事件を防げるとは思いませんし、それを責めるのは酷だと思います」

 本当に難しい問題で、私たち一般消費者がコンビニ店員にあれしろ、これしろで防犯まで「義務」のように押しつけるのは、ましてネットで叩くのは筋違いのように思う。「通報しておけば」は正論だが、自分ごとに置き換えても店員だったとして通報したかどうか、自信を持って答えることは筆者にはできない。

正論の目的外利用が正義の暴走へ

 もはや社会の「インフラ」とみなされて久しいコンビニ、商品販売にまつわる作業だけでなく宅配便やチケットの発券、銀行機能から税金の支払いまで、それこそどこまでコンビニは担う気なのか、いや担わせる気なのかと思わされるほど多種多様な仕事内容である。

 筆者はこれまでも『1店舗残して閉店したコンビニオーナーの告白「働く人が本当に集まらない」』『コンビニのアルバイトにも強いられる「自爆営業」空前の人手不足の裏』などコンビニ問題を取り上げてきたが、いまや都市部では円安と他業種の賃金上昇により頼みの外国人すら一部から「コンビニは安くて色々やらされるから嫌」と敬遠され始めるほどにコンビニの人手不足は深刻で、24時間営業をやめた店舗も続出して久しい。

 先の元コンビニオーナーは語る。

「24時間やってるから治安を担えだったのが、24時間やらなくなった。言い方は申し訳ないが平成のころみたいに就職難で大勢の若い日本人がコンビニの非正規で働くような時代でもない」

 旭川の事件とは少し離れた意見だが「なんでもかんでもコンビニにやらせる」が通用しなくなっているのは事実だろう。まして防犯はあくまで「協力」であり私たち市民と同様の立場である。旭川の犯人らが許せないと思うのは至極当然だが、コンビニや現場の従業員を責めるのは繰り返すが筋違いだろう。正論の目的外利用が正義の暴走につながる。

 

 多種多様な作業に見合わない賃金と接客の難しさ、それに加えて犯罪防止やその対応まで担うことを強要、ときに非難することは少子化で売り手市場となった久しい雇用情勢、ますますコンビニで働くことが敬遠されてしまうのではないか。通報が大切なのは百も承知、しかしみな自分の命や生活も大事なことは事実だろう。24時間営業の廃止、セルフレジ導入も進む中、それを踏まえた新たな協力体制が必要になる。各コンビニチェーン本部の方針も平成までの「甘い汁を吸えた時代」から脱却できていないように思う。

 また肝心の警察も人手不足、全国の採用試験受験者数はこの10年で半分以下の6割減にまで落ち込んでいる。身長や体重の制限を撤廃したり、受験の機会を年に2回、3回と増やしたりしているが効果は薄くコンビニ同様、警察官もなり手が減り続けている。

 そして週刊誌報道によれば主犯の女と旭川中央署の警部補が不倫関係にあったと報じられている。なぜ犯人らがこれまでの事案も含め、旭川でここまで好き勝手できたのか――コンビニの通報問題以上の根深い闇を感じてならない。

 便利で身近なコンビニとその現状、旭川のようなケースもまた、私たちがコンビニとその現場の方々の立場になって改めて考えるべき問題を浮き彫りにした。コンビニが社会のインフラとするなら、その現状と問題もまたこの国の象徴のように思う。

 女子高生の死を悼むと共に、犯人らに対する厳正な対処と所轄の警察も含めた問題解決を願ってやまない。

日野百草(ひの・ひゃくそう)/日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経て、社会問題や社会倫理のルポルタージュを手掛ける。

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