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《死者も発生》熱中症アラート発令でも止められない建設現場 「発注側は”金を出してるんだからやれ”」「熱中症になるなと言うくせに対策はない」の理不尽な現実

NEWSポストセブン 2024年7月18日 16時15分

 熱中症の死亡者数は2018年以降、2021年をのぞいて1000人を超えている(厚生労働省調べ)。最新の確定値である2022年は1477人で、記録的な猛暑だった2023年も1000人以下になっているとは予想できない。熱中症による死亡者数が1993年以前は年平均67人だったことを考えると、古くからの暑さ対策では通用しないと考えるのが自然だろう。ところが、現実には命を危険にさらすことを強要するような実態があらゆる場所で起きている。人々の生活と社会の変化を記録する作家の日野百草氏が、労働時間だけでなく熱中症などの対策も真剣に考えてほしいと訴える、建設現場で働く人たちの声をレポートする。

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「仕事だから我慢して欲しいとしか言えない。法令は遵守しているのだから、問題は国や所轄機関にあるのだと思っている」

 関東地方、舗装やコンクリ、排水、外構などを請け負う下請け建設会社役員の話。あえて下請けの現状を伝えるためにと率直に話してくれた。

「(今回の事件が)コンクリートの打設だとするなら休めない場合が多い。そういう仕事としか言いようがない。交代するほど人もいない場合はとくにそうだ。まして、それで工期を伸ばすかどうかは下請けの判断ではない」

 7月5日、名古屋市熱田区の工事現場で50代の作業員が熱中症とみられる症状で亡くなった。熱中症警戒アラート発表中のコンクリート工事だった。

 現場やそのときの状況、個々別の手法にもよるが、事件のときにされていた作業が生コンクリートを枠の中に流しこむ「打設」と呼ばれる作業だったとしたら、危険とわかっていても強行しなければならない場合が多いというのだ。

「安全配慮義務はわかる。人命が大事なことも承知だ。出来る限りのことはしている。しかし請け負う側は気温が40度だろうと50度だろうと工事をするしかない。それでも請け負わなければみんな食べていけない。エアコンの効いた部屋で仕事をしている人は綺麗事をいくらでも言えるが、それが建設現場の現実だ」

 実際、その「現実」が起きてしまった。いや、死亡事故に至らなくとも熱中症で倒れたり、病院に運ばれたりする事例は珍しくもない。どの仕事にもそれぞれに危険はつきものだが、近年のこの国の夏の暑さはこれまでの常識では通用しなくなっている。

「元請から熱中症対策の指導はある。しかし工期は切り詰められて延ばすことなど考えられていない。発注側からすれば『金を出してるんだから死んでもやれ』が現実だ。では延ばして損失を被るのは誰なんですか、と問われたら何も言えない。どんな仕事も下請けはそういうものだと思うが、結局は国や所轄の問題としか現場は言えない」

 彼は「それにしても暑さが異常だ」とも言った。7月に入り地域によっては連日40度に迫る、時間帯によっては40度超える気温。実際の現場の体感ではそれ以上だろう。

 昨年、日本は統計開始以降最も暑い夏となったが、2024年も同様の暑い夏が予想されている。世界的にもブラジルのリオデジャネイロで体感温度62.3度、インドのデリーで52.9度、メッカ(サウジアラビア)の巡礼で1000人超が熱波で死亡など報じられている。

 ラニーニャ現象だ、ヒートドームだの要因は措くが、これまでの夏の暑さのつもりでいると命を落としかねないことは、多くの人が体感していることだろう。熱中症対策グッズも売れている。政府広報は「外出はできるだけ控え、暑さを避けましょう」「外出や屋外での運動及び長時間の作業をやめる」ことを推奨している。

 しかし、そうは言われても外仕事、現場仕事の多くは「仕事」だからどうすることもできない。

 たとえば国土交通省も『建設現場における熱中症対策事例集』、厚生労働省も『働く人の今すぐ使える熱中症ガイド』など、現場における熱中症に対する正しい理解を呼びかけているが、現実は「仕事だから我慢しろ」がまかり通っている。現場の方々も「仕事だから我慢するしかない」と作業するしかない。

 今回の死亡事故はコンクリートの打設によるものだが、いわゆる「コンクリ打ち」は休めない。休んでいたら生コンが固まってしまう。まして気温が高いと固まるのも当然早まる。セメントやモルタルならもっと早い。物理的に休めない、過酷な仕事だ。

 冒頭の会社とは別の建設会社、現場で働く作業員の方々にも話を伺った。それぞれ書き出す。

「我慢しているが、もう夏場は無理だと思う。命の危険を感じる。35度を超えたらファン付きの作業着だって熱気になってしまうので意味がない。逆に暑くて耐えられなくなる。それでも現場は休まずまわせと言われる」

「水分はこまめにとるし中身も電解質のものに変えたが、それでも厳しい。意識がとびかける。休憩をとれと言われるがとれないのにどうしろと。交代要員もいないところばかりで無責任な職長もいる」

「熱中症になるなと言うくせに対策はない。工期の遵守ばかり言われる。熱中症は労災対象と説明されるがその前に、そうならないようにして欲しい。この暑さで現状の休憩時間や現場の数では命は守れないと思う」

日本人みんな、命の危険があるという意識も大事

 暑さが命に関わるというのは建設など仕事の現場だけではない。教育現場もまた連日、同様の事故が起きている。

●7月4日 北海道北見市で学校祭に参加していた高校生が熱中症で搬送。

●7月5日 京都市で社会科見学中の小学生9人が熱中症、うち3人が搬送。

●7月6日 岐阜市で夏の高校野球予選開会式に参加した5人が熱中症、うち1人が搬送。

●7月8日 岩手県で女子高生が校内で熱中症による全身のしびれで搬送。

●7月10日 千葉県でイベント参加中だった吹奏楽部の中学生8人が熱中症で搬送。

 直近の一部報道でもこれだけの事故が起こっている。それも北海道だから、東北だからと言っていられないほどに熱中症の危険は私たちの身近にある。むしろ北国のほうが「そんなに暑くなるわけがない」で油断して熱中症、というケースもある。

 実際、7月15日には北海道各地で13人が熱中症の疑いで搬送された。いずれも当日は20度台後半で先の熱中症のケースほどの気温ではなかったが、サッカーの試合中だった10代からゲートボール中の80代まで年齢問わず搬送された。

 7月1日から7月7日の一週間で全国の熱中症による救急搬送人数は9105人、ただでさえ高温多湿の日本、これから8月に向けてさらに増える可能性が高い。その中に自分が入っている可能性もあり得るほどに熱中症は身近な「命の危険」にある。日本救急医学会は8日、熱中症について「超災害級」と緊急提言した。

 冒頭の建設会社役員は「実現が難しいことは承知だが」と前置き、こう話す。

「運送業界が法改正されたように、建設業界も細かく休憩時間や労働内容の規定、それを守らなかったことへの処分などを新たに設けるしかないのでは。また夜間工事に切り替えるにも近隣の理解が得られないことは多い。日本人みんな、命の危険があるという意識も大事に思う」

 いわゆる「2024問題」とされた運送業界の法改正では、それまでの運転時間や休憩時間、そのタイミングや積み込み、荷下ろし、待機などが「休憩等」にされていたことに対する「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」が2024年4月から適用された。現場レベルでの実効性はともかくとして、これまでよりは労働者の側に立った改正であったことは事実だろう。

 男性が日傘をさし、夏に入るはずのプールが逆に熱中症になると中止になるほどに「これまでとは違う」暑さに襲われる現代、もはや夏場に長時間、外にいることそのものが命を奪う可能性があると考えても構わないだろう。夏の高校野球をドーム球場に変更する案も取りざたされているが、本当に現代の暑さ、昔のように考えていては大変なことになることは確かだ。大げさでなく命が奪われている。

 今回の建設現場だけでなくあらゆる仕事、学校、そして日常を脅かす「超災害級」の暑さと熱中症に対する方策が国家レベルで求められている。私たちもまた、もはやこの国の夏の暑さは命を奪うほどに危険、という意識を持たなければならないのだろう。

日野百草(ひの・ひゃくそう)/日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経て、社会問題や社会倫理のルポルタージュを手掛ける。

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