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文芸評論家・三宅香帆さんインタビュー「批評より考察が人気の今の時代、批評の面白さを伝えたい」

NEWSポストセブン 2024年7月17日 7時15分

【著者インタビュー】三宅香帆さん/『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』/集英社新書/1100円

【本の内容】
《本書は、日本の近代以降の労働史と読書史を並べて俯瞰することによって、「歴史上、日本人はどうやって働きながら本を読んできたのか? そしてなぜ現代の私たちは、働きながら本を読むことに困難を感じているのか?」という問いについて考えた本です》(「まえがき 本が読めなかったから、会社をやめました」より)。明治、大正、昭和戦前・戦中、1950〜60年代、70年代、80年代、90年代、2000年代、10年代……出版文化の勃興と衰退、働き方の変化などを映し出すベストセラー新書。

研究より、研究の楽しさを伝えるほうが好きと気づいた

 電子書籍も含めるとすでに15万部、今年を代表するベストセラーの一作になっている『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』。気鋭の文芸評論家が、就職して本が読めなくなった経験から問題提起する読書論である。

 三宅さんは京都大学大学院に在学中から文筆活動を始め、独立系書店でアルバイトをしていたこともある。

「大学院では萬葉集の研究が専門でした。研究も好きだったんですけど、それ以上に研究の楽しさを伝えることや萬葉集を知らない人にその魅力を伝えるほうが好きだということに気づいたんです。書店でのアルバイトがきっかけで本を出すこともできて、書くことをずっと続けていきたかったので、研究者と批評家を兼業するより、兼業を認めている一般企業で働くほうがいいと思って就職しました」

 批評を書く仕事と兼業する前提で一般企業に入ったのに、三宅さんはあるとき就職してから本を読めていないことに気づく。その3年半後には、会社を辞め文筆専業でやっていくことを選んでいる。

「働いていると本が読めない、という体験をネットに書いたら、『自分もそうだ』という声がいろいろ集まってきました。本ではなく音楽や映画でも同じことで、これは想像した以上に自分だけが感じていることではないんだなと」

 2021年に公開された『花束みたいな恋をした』という映画がある。坂元裕二脚本のこの映画では、小説や漫画、ゲームの趣味が合ってつきあい始めたカップルが、就職を機に気持ちが離れていく様子が描かれている。

「この映画がヒットして、働いていると文化的な生活が楽しめなくなる、という問題がいろんな形で語られるのを見て、想像以上に切実な受け止め方をされているテーマではないかと感じました。この映画については本でも何度か言及していて、1冊を通して『花束みたいな恋をした』の批評になる形に、というのも書きながら思っていました」

 三宅さんの本を読む前、タイトルから現代の状況をざっくり解説した本なのかとなんとなく想像していたら、明治の長時間労働の幕開けから読書と労働の問題を語っていく本格的な内容だった。大正教養主義や円本ブーム、戦後のサラリーマン小説やバブル期のミリオンセラーに言及しながら、「労働と文化」というテーマを掘り下げていく。

「時代を大づかみにとらえた、ざっくりした時代論を読むのがもともと好きだったので、読書論を書きませんかと言われてそういう感じで書いてみようと思いました。

 よしながふみさんの『大奥』が大好きで、200年ぐらいを物語として描くときのエピソードの切り取り方が秀逸なんですよね。時代ごとの面白いポイントだけつかんでいく感じで、それでいて全体のストーリーにも納得感がある。ああいう書き方ができたらいいな、というのは今回、思っていたことです」

 読書史の本であると同時に、文化的生活をあきらめて長時間働くことを当然とする、今の社会のあり方を、本当にこれでいいのかと問いかける本でもある。

 読書や本についての本では、自己啓発書のベストセラーは否定的に扱われることが多い。映画『花束みたいな恋をした』でも、自己啓発書を読むようになった恋人を、本好きの女性は冷ややかに眺めるが、三宅さんの書き方はニュートラルで自己啓発書を必ずしも否定しない。

誰かをマウンティングせずに批評するにはどう書けばいいか

「自己啓発書へのアレルギーみたいなものは、学生時代の私にもあったと思うんですけど、今はそういう分断をつくっていいのかな? という問いかけをしていきたいです。

 本が好きとか、読書が趣味ということ自体がマウンティングや、誰かに優越感を示す材料になりやすいというのは、読書の歴史を見ていても気づきます。マウンティングへの拒否反応は、特に若い世代には強いので、書き方によっては読書そのものが嫌われかねません。誰かをマウンティングせずに批評するにはどう書けばいいかというのは、常に考えていることですね」

 そのうえで、「読書は人生の『ノイズ』なのか?」という章を設けている。自分と関係がない情報を「ノイズ」ととらえるなら、読書はノイズだらけの無駄が多い行為のようだが、自分と離れたところにあるものに触れることこそが教養なのだと三宅さんは書いている。

 今回の本は、出版社のウェブサイトで連載していたときから反響が大きかったそうだ。会社員時代、三宅さんはウェブマーケティングの部署にいたそうだが、本を出すときに何か試みたことはあるのだろうか。

「特別な仕掛けはしていないですが、連載で読んでくださっていた方が本になったときにすぐネットで反応してくださったのが、今回の本では特に大きかったと思います。新書って書きおろしが多いですけど、連載で読者をちょっとずつ積み上げるようなことも実は大事なんじゃないかと気づきました」

 批評よりも、本が売れるような紹介を求められる状況が続いているが、今年30歳になったばかりの三宅さんは今後も批評の仕事を続けていきたいという。

「時代に逆行しているとは私も思っています(笑い)。考察と批評をよく私は対比するんですけど、今の時代は考察が人気で、作者が正解を持っていて、どうやってその正解にたどり着くかみたいな世界観が主流なんですね。それに対して批評は、こちらが文脈を読み取ったり解釈したり、作者が正解を持っているわけではないという立場です。時代精神みたいなものを語ると『エビデンスはどこにあるんだ』と言われたりするので、それをやりたがる人はいないし、なかなか受け入れられない時代だと思いますけど、私は批評がすごく面白いと思っていて。こういう本で面白さを伝えて、なんとか30代をサバイブしたいですね」

【プロフィール】
三宅香帆(みやけ・かほ)/文芸評論家。1994年生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了(専門は萬葉集)。著作に『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない—自分の言葉でつくるオタク文章術—』『文芸オタクの私が教えるバズる文章教室』『人生を狂わす名著50』など多数。

取材・構成/佐久間文子

※女性セブン2024年7月25日号

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