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《私の最初の晩餐》津田寛治が明かす幼い頃に食べた「福井名物ソースカツ丼」と「越前おろしそば」、“昭和の男”だった父との思い出

NEWSポストセブン 2024年7月17日 11時15分

「最初に食べたご馳走はなんですか?」。子供の頃に母が作ってくれた料理、上京したときのレストラン、初任給で行った高級店……。著名人の記憶に刻まれている「初めて食べた忘れられない味」を語ってもらい、証言をもとに料理を再現するこの企画。今回は津田寛治さんに、忘れられないご馳走を教えていただきました。

 高校を中退し、俳優を目指して福井県から上京した津田寛治さん。飽きっぽいところや、皆で一緒に同じことをやらなきゃならない集団生活みたいなものになじめないのは、父親譲りだと語る。

 津田さんが望めば、いくらでもおもちゃを買い与え、時には店主がいさめるほど子煩悩だった父は、同時に寡黙な「昭和の男」でもあったという──。

 * * *

 父はペンキ屋さんとか職人系の仕事を転々とした後、ぼくが小学校低学年のときには「サンデー福井」というミニコミ紙のようなローカル新聞を作っていました。自分で取材をして、記事を書いて、封筒に入れて送るところまで全部やるんです。けっこう忙しくしていて、あまり会話をした記憶もありません。

 この頃、外食といえば、おそば屋さん。近所の用水路のような小川のほとりに、小体な昔ながらのお店がありました。注文するメニューはいつも同じで、父は越前おろしそば、母はソースカツ丼。ぼくは、ざるそば。福井では、おそば屋さんのメニューに、ソースカツ丼があるのは定番なんです。

 ソースカツ丼は信州や福島、群馬などでも名物ですが、ご飯の上にキャベツを敷いて、その上にカツというのが一般的ですよね。福井のソースカツ丼は、ヨーロッパ軒という洋食屋さんが発祥とされています。ドイツで修業をした創業者がシュニッツェルから着想を得たもので、ご飯の上にソースカツだけがのっている。

 いま、福井のソースカツ丼というと、肉の枚数だったり切らないスタイルだったり、ヨーロッパ軒さんに寄せたものが多いですが、ぼくが小さい頃はもっと自由な感じでしたけどね。母が食べていたソースカツ丼には、10切れぐらいカツがのっていました。いつも丼の蓋にいくつかのせて、ぼくにくれるんです。

衝撃が走った思い出のおろしそば

 ある日、ざるそばをさっと平らげて、ソースカツもなくなったので、おろしそばを食べる父を眺めていました。すると「一口食べてみるけ?」と、目の前に出されて。

 じつは幼い頃、ぼくは料理の味には興味がなく、ギミック(仕掛け)だけで注文をしていました。ざるそばは、持ち上げたそばにちょっとだけ汁をつけるとか、箸を深く下ろすとか、いろいろ遊べるでしょ(笑い)。あと、ソースカツ丼についてくるしじみのみそ汁も母からもらって。ちっちゃい殻から身を外すのが、面白いんです。

 だから、単調にすするだけのおろしそばは眼中にもなかったのですが、口に入れた瞬間、衝撃が走りました。辛味大根の刺激がバンッときて、すぐ後にそばの香りとねぎとかつおぶしのハーモニー。一口どころか夢中になってすすり、父の分を完食してしまいました。

 驚いた様子の父が「辛ろうないんか」と言い、「ひっで(すごく)うまいわ」と答えて、皆で笑いあったのをよく覚えています。それ以来、ぼくはそばといったら、おろしそば一択です。

 いまね、こんな思い出話も父とできたらうれしいのですが、反抗期だった中学2年のときに、突然逝ってしまいました。胃潰瘍の検査で入院したはずが、実際にはスキルス性の胃がんで、あっという間の出来事でした。だから、スクリーンに映る姿も見せられなかったのですが、映画が好きな人だったので、きっと喜んでくれているはずです。

語らずとも心が通う思い出の味レシピ

■福井名物ソースカツ丼
●材料(2人分)
しょうが焼き用豚ロース肉(0.5〜0.8mm)3〜4枚、塩・こしょう各少々、薄力粉・溶き卵・パン粉・揚げ油各適量、ご飯適量

[つけだれ]
とんカツソース大さじ3、めんつゆ(濃縮タイプ)大さじ1、ウスターソース小さじ4、砂糖小さじ2、水大さじ2

●作り方
【1】つけだれの材料を小鍋に入れ中火にかけてひと煮たちしたら火を止める。
【2】パン粉は袋に入れ麺棒などでたたき細かくする。
【3】豚ロース肉は2等分に切り、塩・こしょうをふり、薄力粉、溶き卵、パン粉の順に衣をつける。
【4】鍋に揚げ油を入れ170℃に温めたら【3】を入れ、上下返しながら2分ほどきつね色になるまで揚げる。
【5】器にご飯をよそい【1】のつけだれを少々かけたら、油を切った【4】のカツをつけだれにくぐらせてご飯の上にのせる。

●POINT
・パン粉は細かいものを使用する。
・カツは揚げたての熱いうちにつけだれにくぐらせ味を染み込ませる。

■越前おろしそば
●材料(2人分)
生そば200g、辛味大根適量200g(正味160g)、長ねぎ適量20g(10cm)、かつおぶし(花かつお)適量2g

[だしつゆ]
水200ml、みりん・酒各50ml、薄口しょうゆ40ml、かつおぶし6g、だし昆布3g、きび砂糖小さじ1

●作り方
【1】だしつゆを作る。鍋に水を入れだし昆布を30分ほど浸しておく。弱火で加熱し沸騰直前に昆布を取り出し強火にしてかつおぶし、薄口しょうゆ、みりん、酒、きび砂糖を入れ沸騰したら火を止める。つゆが冷めたらざるにさらしを敷きこす。
【2】辛味大根はすりおろして軽く水分をしぼり、しぼり汁は【1】のつゆに加える。長ねぎは小口切りにしておく。
【3】鍋にたっぷりの湯を沸かし、そばをゆでる。ゆで上がったらすぐにざるにあげ、冷水でしめて水気を切る。
【4】器にそばを盛り付け、だしつゆをかけ、辛味大根、長ねぎ、かつおぶし(花かつお)を天盛りする。

●POINT
・だしをさらしでこした後、かつおぶしにだしがふくんでいてもしぼらないこと。かつおの臭みが出て口当たりが悪くなる。

【プロフィール】
津田寛治/1965年、福井県生まれ。27歳のとき、北野武監督『ソナチネ』で映画デビュー。2002年、森田芳光監督『模倣犯』でブルーリボン賞・助演男優賞受賞。2021年、村橋明郎監督『山中静夫氏の尊厳死』で日本映画批評家大賞・主演男優賞を受賞。2022年6月初のパーソナルBOOK『悪役』(福井新聞社刊)を発売。

写真/深澤慎平 料理・スタイリング/柳瀬真澄

※女性セブン2024年7月25日号

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