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【夏の甲子園予選が佳境】高校野球の審判に求められる「教育的指導」の役割「監督ではなく選手が抗議」のルールにも意図がある

NEWSポストセブン 2024年7月20日 11時15分

 各地で「第106回全国高校野球選手権大会」の都道府県大会が行なわれている。酷暑のなか、8月の甲子園大会を目指す球児とともに、長時間にわたってグラウンドに立ち続けるのは数多くの審判員だ。プロ野球の審判員と異なり、彼らは“ボランティア”である。60歳を超えた今もアマチュア野球の審判員として活動する内海清氏に、『審判はつらいよ』の著者・鵜飼克郎氏が聞いた。(全4回シリーズの第1回。文中敬称略)

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 1世紀以上の歴史を持つ春夏の甲子園は全国中継され、毎年、多くの人々が声援を送る。日本野球の嚆矢である大学野球は、かつてプロ野球以上の人気を誇った時期もある。

 だが、アマチュア野球審判の“オフィシャルな歴史”は意外と浅い。

 アマチュア野球規則委員会の公認審判員ライセンス制度がスタートしたのは2015年。講習を受講して審判の技術と見識を身につけると、各都道府県の審判員組織の認定によって3級審判員の資格を取得できる。3級取得から3年以上の実績を積んでペーパーテストと実技テストを受けて2級に昇格。さらに2級で3年以上の実績を積んで1級への昇級テストに合格すると、大学選手権など全国大会での審判員を務めることができる。

「私が審判となった頃は野球経験や職業をチェックされましたが、資格や試験といったものはありませんでした。ライセンス制度ができた2015年、すでに私は大学野球の全国大会で実績を積んでいたので、いきなり1級審判員に認定されました」

 そう語るのは、県立尼崎高校野球部で甲子園を目指し、大学、社会人(軟式)とプレーした後に高校・大学野球の審判員となった内海清だ。主将を務めた大阪経済大学時代には、関西六大学野球リーグで優勝した経験もある。1994年に31歳で社会人野球を引退。審判員となった後は、信用金庫勤務の傍ら、週末を中心に年間80試合ほど審判員を務めた。2019年に尼崎駅前にバーを開店してからは、夏の地方大会が始まると平日も審判員としてグラウンドに立ってきた。

 日本高等学校野球連盟(高野連)にもアマチュア野球規則委員会の公認審判員ライセンス制度を導入する動きはあるが、現時点ではライセンス取得は義務付けられていない。

 高校野球の審判員になるには、まず各都道府県の高校野球連盟に登録する(地域によって細かい違いがある)。公募されることもあるが、基本的に連盟理事や野球部部長の推薦が必要となる。

 登録された審判員は、各都道府県の高野連が主催する審判講習会で基本動作やルールを習得し、練習試合で経験を積んでいく。都道府県大会で公式戦デビューとなるが、塁審を任されるまでには登録から1年、球審は2〜3年かかるのが一般的だ。

 同じアマチュア野球の審判であっても、高校野球と大学野球では異なる面があるという。

「大学野球は審判員が少ないこともあり、ライセンス制度導入前から審判の技術に寛容さがあると感じます。一方、高校野球は毎週のように勉強会が行なわれ、ミニテストもある。成績が悪いと“もっとルールブックを読んできなさい”と叱られます。特に甲子園球場がある兵庫県はレベルが高く、甲子園で松坂大輔がノーヒットノーランを達成した決勝戦(1998年夏)で球審を務めた岡本良一さんのような先輩方から鍛えられました」

 そうした環境で切磋琢磨し、内海は兵庫県高野連審判部の幹事長にまでなった。

正確な判定に加えて「教育的指導者」の役割も

 高校野球の審判には他のカテゴリーとは異なる「役割」もある。日本高野連が発行する『高校野球審判の手引き』には、高校野球審判員の要件として〈優秀な審判技術の持ち主であると同時に、高校野球らしさを正しく教える指導者でなければなりません〉と記されている。

「高校野球は競技スポーツであると同時に、教育の場なんです。高校野球の審判員は判定をするだけでなく、高校球児が高校生らしくスポーツマンシップに則ってプレーしているかどうかを監督する役割もあるのです」

 大学野球の監督には審判への抗議が認められているが、高校野球では抗議するために監督がベンチから出ることができない。

「教育の現場ですから、大人(監督)がでしゃばるのではなく、子供たち(選手)に任せるという考え方です。監督がキャプテンに抗議意図を説明し、キャプテンがそれを理解したうえで、自分の言葉で審判員に質問する。そして審判員が判定の見解をキャプテンに伝え、それをベンチに戻って監督に説明する。その伝達ができるかどうかが問われるのも、高校野球らしさだと思います」

 高野連のホームページに掲載されている「高校野球みんなの手引き」では、審判について〈単にアウト・セーフ、ボール・ストライクの判定をするだけではありません。正確なジャッジと、選手を励ましつつ適正な行動を促して、きびきびとした清々しい試合運びを高校生とともに作り出すことを心がけています。控え選手が代打や代走で出場してきた時も、適宜間をとって、スコアボードに選手名が表示されるよう配慮する場合もあります〉とある。また、各都道府県高野連の審判員募集要項には〈高校野球も審判員は選手の教育的指導が重要な役割です。ですから、審判員としては常識ある社会人であることが絶対条件となります〉と記されている。

(第2回に続く)

※『審判はつらいよ』(小学館新書)より一部抜粋・再構成

【プロフィール】
鵜飼克郎(うかい・よしろう)/1957年、兵庫県生まれ。『週刊ポスト』記者として、スポーツ、社会問題を中心に幅広く取材活動を重ね、特に野球界、角界の深奥に斬り込んだ数々のスクープで話題を集めた。主な著書に金田正一、長嶋茂雄、王貞治ら名選手 人のインタビュー集『巨人V9 50年目の真実』(小学館)、『貴の乱』、『貴乃花「角界追放劇」の全真相』(いずれも宝島社、共著)などがある。高校野球の審判員のほか、柔道、飛び込みといった五輪種目を含む8競技のベテラン審判員の証言を集めた新刊『審判はつらいよ』(小学館新書)が好評発売中。

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