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【熱戦続く高校野球】アマチュア野球のベテラン審判員が甲子園でのビデオ判定導入に反対する理由「県予選も甲子園決勝も重みは同じ」

NEWSポストセブン 2024年7月26日 11時15分

 都道府県予選の1回戦からトーナメント制で行なわれる夏の全国高校野球選手権大会。甲子園を目指す各校は「負けたら終わり」の真剣勝負を繰り返している。アマチュア野球の審判員を務める内海清氏は、信用金庫勤務のサラリーマン時代には週末を中心に年間80試合ほど審判員を務め、2019年にバー経営者となってからは、平日も審判員としてグラウンドに立っている。一つの判定が試合の勝ち負け、場合によっては選手の人生そのものを左右しかねない高校野球への「ビデオ判定導入」について、『審判はつらいよ』の著者・鵜飼克郎氏が内海氏に聞いた。(全4回シリーズの第4回。第1回から読む。文中敬称略)

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 メジャーリーグや日本のプロ野球ではビデオ判定が定着して久しいが、高校野球や大学野球には現在も導入されていない。当然、映像検証を求めるリクエスト制度もない。

 日本高野連の寶馨(たから・かおる)会長は2023年12月の理事会後の記者会見で、「ビデオ判定の議論をしているが、審判委員の間で賛否は半々くらい」と明らかにした。“教育の一環である高校野球でそこまでする必要はない”という意見の一方で、“誤審によって野球人生が変わってしまうことがあってはならない”という考えもある。さらにはミスジャッジの映像がインターネットで拡散され、判定を下した審判の個人批判に繋がっていることへの対応も求められているようだ。

 ただし導入には物理的なハードルがある。球場のさまざまな角度からカメラで撮影しないと映像判定はできない。高校野球を開催するすべて球場にカメラを設置することは資金的に難しく、映像を撮影するスタッフも必要になる。

 プロ野球が開催されている甲子園であれば実施可能といわれるが、甲子園での全国大会のみを対象とするのか、地方大会でも導入するのか、あるいはすべての試合で導入しないのか……議論は分かれている。

 自らも高校・大学・社会人でプレーし、1994年に社会人野球を引退した後にアマチュア野球の審判員となった内海清はどのように考えているのだろうか。

「県大会の1回戦でも甲子園の決勝でも、出場している高校球児たちにとって重みは同じです。プロ野球の1軍と2軍は明らかに違いますが(2軍にはリクエスト制度なし)、高校野球の平等性を考えれば当然のことです。県大会の1回戦から導入するならいいと思いますが、甲子園大会だけにビデオ判定を導入するという考え方には賛成できません」(以下同)

リプレー検証がない代わりに必要なこと

 一方で、「プロ野球で判定が覆ったりしているのを見ると、カメラは正直だと思う」とも漏らす。人間が判定する以上、ミスジャッジはある。内海も「いつもボールと判定しているコースをストライクとコールしてしまったことはある。それは厳密にいえば誤審ということになるでしょう」と認める。

「仮にストライクと判定しても、球児たちは不服そうな態度を見せません。だからこそ苦しい気持ちにもなります。

 ただ、下手な審判はその後にストライクをボールと判定して先ほどの“穴埋め”をしてしまうことがあるんです。そうなると自分の決めたストライクゾーンがブレブレになってしまいます。その試合ではそのコースは最後までストライクで貫くことが大事です」

 リプレー検証がないアマチュア野球では、審判団が自らミスを認めるようにする動きが進んでいるという。明らかにアウト・セーフを間違えた、打球がワンバウンドしたのにアウトを宣告したというようなケースでは、審判員が集まって協議する。

「以前は仲間の審判員の判定を支持・尊重するのが当たり前の雰囲気でしたが、近年は仲間のミスを指摘し、正確な判定に修正する方向で話し合っています。誤審があってはならないのは当然ですが、映像判定ができない以上、審判員自ら誤審を改めていく姿勢も重要だと思います」

 内海は「アマチュア野球の審判だからこそ、選手や監督からリスペクトされないといけない」とも語る。際どい判定でも“あの審判がアウトと判断したならアウトだろう”と思われるようにならないといけないのだという。

「そうなるまでには時間がかかります。高校野球の場合は、監督や部長が選手たちに審判をリスペクトするように指導しているからか、怪訝そうな顔を見せられた経験はありませんが、大学野球ではすぐに監督がベンチから出てきて抗議されていました。それでも信頼を積み重ねていくうちに、ほとんど抗議は受けなくなりましたね。

“あの審判員は(野球に限らず)いつも公平で、ルールに厳格な人間だ”と思ってもらえることが大事だと思っています。たとえば道路を横断する時には横断歩道を使い、青信号で渡る。誰が見ているというわけではありませんが、そんなことを意識して生活していますよ」

野球の審判員には「70歳まで携わりたい」

 内海は高校、大学で野球に熱中し、プロ野球の入団テストも受けた。不合格となってからも社会人で軟式野球を続け、31歳で審判員になった。若き日の自分を育ててくれたアマチュア野球への恩返しの気持ちは強く、サラリーマンの激務をこなしながら週末にグラウンドに立ち、審判員として30年のキャリアを重ねた。

 信用金庫を退職してバー経営者となった内海は、61歳の今も週末を中心にグラウンドに立つ。高校野球は都道府県ごとに審判員の定年が設けられているが、大学野球の審判員には明確な定年がないので、「少なくとも65歳ぐらいまではグラウンドに立ちたいし、何らかの形で70歳まで携わりたい」と語る。実際、大阪府高野連には70代半ばとなっても、高校野球の練習試合で真夏の炎天下に立ち続けている審判員もいるという。

 ただ、「生まれ変わってもアマチュア野球の審判員をやりたいか」と訊くと、「やりませんよ」と即答した。

「他の競技の審判も嫌です。私は生まれ変わっても野球をやって、今度こそプロ野球選手を目指したいですね。まぁ……、それでもプロになれなければ“嫌々ながら”審判員になっているような気もしますけどね(笑)」

(了)

※『審判はつらいよ』(小学館新書)より一部抜粋・再構成

【プロフィール】
鵜飼克郎(うかい・よしろう)/1957年、兵庫県生まれ。『週刊ポスト』記者として、スポーツ、社会問題を中心に幅広く取材活動を重ね、特に野球界、角界の深奥に斬り込んだ数々のスクープで話題を集めた。主な著書に金田正一、長嶋茂雄、王貞治ら名選手 人のインタビュー集『巨人V9 50年目の真実』(小学館)、『貴の乱』、『貴乃花「角界追放劇」の全真相』(いずれも宝島社、共著)などがある。高校野球の審判員のほか、柔道、飛び込みといった五輪種目を含む8競技のベテラン審判員の証言を集めた新刊『審判はつらいよ』(小学館新書)が好評発売中。

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