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蛯名正義氏がセレクトセールで見た「日本競馬のもう1つの風景」 緊張感あふれるセリとは別にホースマンが一堂に会する「社交の場」の側面も

NEWSポストセブン 2024年7月27日 7時15分

 1987年の騎手デビューから34年間にわたり国内外で活躍した名手・蛯名正義氏は、2022年3月から調教師として活動中だ。蛯名氏の週刊ポスト連載『エビショー厩舎』から、セレクトセールについてお届けする。

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 日本列島が「酷暑」のニュースであふれていた7月8日(月)と9日(火)、気温20度台半ばで比較的さわやかだった北海道の苫小牧市で、今や世界一の規模を誇る競走馬のセリ市、日本競走馬協会主催によるセレクトセールが行なわれました。

 セールの結果については、すでに報じられているように、2日間合計で落札頭数(455頭)、落札総額(289億1800万円)とも過去最高だった昨年をさらに上回りました。1歳馬の最高価格は5億9000万円、今年の春生まれたばかりの当歳馬に最高4億1000万円の値が付き、1頭の平均落札価格が6000万円以上というから驚きですが、それだけ日本の競馬界が安定して世界のトップに君臨しているという証です。今年は日本生産馬の海外での活躍に加え、円安の影響もあってか、海外からも多くの購買者が訪れたようです。

 日本の場合、レースではジョッキーが脚光を浴びることが多いのですが、セリ市の主役は馬主さん。とくにセレクトセールで億単位の馬をセリ落とすような馬主さんは、もちろん馬や競馬が大好きなわけで、スケールの大きなギャンブラーだと思います。それぞれの仕事で成功を収めて、自らの事業を大きくしてきた方たちばかり。ビジネスでも究極の経営判断をしてきており、ここぞという時の勝負強さがあるようです。

 ジョッキー以上に負けず嫌いいなので、徹底的にその馬のことを調べて、欲しいという馬はとにかく値が高くなってもおりない。1億円を超えて1000万円単位で値が上がっていっても、競っている相手から「1億5000万円!」のコールがあると、すぐに「1億6000万円!」と返していく。その胆力は並大抵のものではありません。日本の競馬はそういう方々に支えられているのだと、改めて感謝の気持ちでいっぱいになりました。

 そういった緊張感あふれるセリとは別に、セレクトセールは、馬主さんをはじめ、生産牧場や育成場関係者、調教師、騎手などのホースマンが一堂に会する社交の場でもあります。

 セリ会場の周辺に設けられた馬主さんの席にお邪魔して、先週おめでとうございましたとか、今度はがんばりますとか。また、ここで縁ができて、馬を預けていただけるようになったりしたこともあります。あるいは牧場や育成場の関係者には、管理馬の様子を詳しく聞いたり、来年以降の方針を話し合ったり、新種牡馬についての情報交換をしたり……。

 競馬場だとレースがあってバタバタしているので、なかなかこういう距離感で会うというのは少ないのです。お目当ての馬がしばらく出てこない間は時間もあるし、馬産地なのでリラックスした服装でじっくり話せます。

 ありがたいことに蛯名厩舎では、今年のセレクトセールで落札された馬を何頭か預からせていただくことになりました。本稿校了後には北海道市場のセレクションセールもあります。セリで落札された馬に限らず、良血馬や高額馬をお預かりできるのは、やはり厩舎としてのイメージアップになるので、とてもうれしいものです。プレッシャーも責任感もありますが、スタッフも含めて気が引き締まる思いがしますし、それが厩舎力をあげていくことにつながると信じています。

【プロフィール】
蛯名正義(えびな・まさよし)/1987年の騎手デビューから34年間でJRA重賞はGI26勝を含む129勝、通算2541勝。エルコンドルパサーとナカヤマフェスタでフランス凱旋門賞2着など海外でも活躍、2010年にはアパパネで牝馬三冠も達成した。2021年2月で騎手を引退、2022年3月に52歳の新人調教師として再スタートした。この連載をベースにした小学館新書『調教師になったトップ・ジョッキー~2500勝騎手がたどりついた「競馬の真実」』が発売中。

※週刊ポスト2024年8月2日号

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