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【パリ五輪はどうなる?】柔道国際大会への「ジュリー制度」「ビデオ判定」の導入でなくなる“誤審の涙” 柔道界の鉄人は「審判員の威厳低下」を懸念

NEWSポストセブン 2024年7月25日 11時15分

 パリ五輪の大会初日(日本時間27日)から8月3日まで、連日予選と決勝が行なわれる柔道。柔道の試合では主審1名、副審2名が判定を行なうが、ビデオ判定の導入以来、(ビデオチェックの主体となる)「ジュリー」と呼ばれる「審判員の監督者」の存在が大きくなっている。その問題点について、柔道の国際大会で主審を務めてきた「柔道界の鉄人」正木照夫氏に、『審判はつらいよ』の著者・鵜飼克郎氏が聞いた。(文中敬称略)

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 柔道の判定には難しさが伴う。「先に倒れたほうが負け」というものではなく、その倒れ方次第でも“一本”“技あり”などに判定が分かれる。その判断は長く審判員に委ねられてきた。

 だが、そんな柔道でも他のスポーツ同様に「ビデオ判定」の導入が進んでいる。きっかけは、2000年シドニー五輪100キロ超級の決勝戦で篠原信一が銀メダルに泣いた「世紀の誤審」だった。

 全日本柔道連盟はシドニー五輪の3か月後(2000年12月)に行なわれた福岡国際女子柔道選手権でビデオ判定を試験的に導入。当初は導入に否定的だったIJF(国際柔道連盟)も2007年から採用した。

 柔道のビデオ判定には「ジュリー」と呼ばれる審判委員が大きく関わる。ジュリー自体は1994年から制度化されていたものの、「審判員の監督者」としての役割は曖昧で、原則的には「判定への介入はしない」という立場だった。

 だが、ビデオ判定の導入によってジュリーの“権限”が増していく。導入以来、ジュリー制度による判定はたびたび騒動が起き、そのたびに運用も変更されているので本稿では詳細を略すが、要は「(ビデオチェックの主体となる)ジュリーの判断で試合が左右される」というケースが急増したのである。

 あくまでジュリーは「審判員の監督者」であって、「審判」ではない。だが、ビデオを確認し、無線機で主審に「今の判定は違う」と介入できるため、事実上の“上級主審”という性格を帯びてくる。その結果、主審や副審が判定のたびにジュリーの顔色を窺うようなことが起きるという。

「誤審」がなくなる“代償”

 拓殖大学柔道部時代の1969年に全日本学生選手権無差別級で優勝後、全日本選手権に10度出場。1984年に全日本柔道連盟の審判員となり、「正木道場」を興して指導者となった後も55歳まで大会に出場して選手生活を続け、「柔道界の鉄人」と呼ばれた正木照夫が言う。

「主審が“技あり”と宣告した瞬間、ジュリーはモニターでそれを確認する。そこで“技ありではない”と判断されると、主審は“取り消し”と申し訳なさそうに撤回する。

“一本”と判定したのにビデオで“技あり”に格下げされようものなら、仮に私が主審だったら屈辱以外の何ものでもありません。審判の威厳はどんどん失われていく。それどころか今の審判員たちは“判定が覆っても仕方ない”とさえ思うようになっている」

 2023年4月、全日本選抜柔道体重別選手権女子63㎏級の準決勝で、異例の判定変更があった。立川桃が相手に右肘を巻き込まれながら倒され、そのまま腕ひしぎ十字固めで敗れた。

 ところが決勝戦がなかなか始まらない。そして準決勝から1時間ほど経過してから場内放送で、「準決勝の判定に間違いがあり、勝者は立川さんとなりました。立川さんは試合会場にすぐ来てください」と館内放送が流れた。すでに私服姿だった立川は慌てて柔道着に着替え、畳に上がると立川の勝利が告げられた。

 試合後に改めてビデオ判定した結果、相手選手が一発反則負けとなる「立ち姿勢からの脇固め」をかけていたと確認されたのだ。立川は決勝でも勝利し、大会初優勝を飾った。

「全日本体重別は五輪や世界選手権の代表選考に直結する重要な大会です。準決勝の主審は“モニターで見てくれているので”と話していたそうですが、審判の開き直りにも感じます。ビデオが最終判断してくれるという甘えが、どんどん判定ミスに繫がっていくのではないかと心配しています」

 これまで多くの選手が「誤審」によって涙を流してきた。それがなくなる“代償”として、審判の威厳はどんどん失われている。とりわけ柔道では競技の性質上、「実績を残した高段者が審判を務める」という伝統が重んじられてきただけに、正木としては複雑な思いを抱えているようだ。

(了)

※『審判はつらいよ』(小学館新書)より一部抜粋・再構成

【プロフィール】
鵜飼克郎(うかい・よしろう)/1957年、兵庫県生まれ。『週刊ポスト』記者として、スポーツ、社会問題を中心に幅広く取材活動を重ね、特に野球界、角界の深奥に斬り込んだ数々のスクープで話題を集めた。主な著書に金田正一、長嶋茂雄、王貞治ら名選手 人のインタビュー集『巨人V9 50年目の真実』(小学館)、『貴の乱』、『貴乃花「角界追放劇」の全真相』(いずれも宝島社、共著)などがある。柔道の審判員のほか、野球やサッカー、飛び込みといった五輪種目を含む8競技のベテラン審判員の証言を集めた新刊『審判はつらいよ』(小学館新書)が好評発売中。

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