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映画『九十歳。何がめでたい』脚本家・大島里美さんが明かす、唐沢寿明演じる“時代に取り残された”編集者の猛烈なキャラクターができるまで

NEWSポストセブン 2024年7月24日 11時15分

 映画館で映画を観たのは『ローマの休日』(日本での劇場公開は1954年)以来──そんな俄に信じられないような話まで飛び出しているというのが、佐藤愛子さんのベストセラーエッセイを原作とする映画『九十歳。何がめでたい』だ。草笛光子さんや唐沢寿明さんの一挙手一投足にドッと沸き、劇場は和気藹々とした雰囲気になっているというのだ。

「佐藤愛子先生は生きづらい世の中に怒りながらも明るくて、エッセイを読んだら元気になれる。シンプルに笑って、あっという間に読んでしまいました」

 脚本を担当した大島里美さんは原作に触れた際の感想を、はつらつとした表情でこう語った。

「エッセイなので映画になるかしらと、愛子先生が心配をしていらしたそうですが、エッセイがそもそも面白い。制作陣一同、原作の面白さを最大限に生かして作品化する方向にしていこうと意見が一致しました」(大島さん・以下同)

 脚本をまとめるにあたってまずは前田哲監督、大島さん、プロデューサーらが原作から映像で観たいと感じたエピソードを持ち寄って、取捨選択していった。

「それぞれ、入れたいエピソードが多すぎて選ぶのに苦労しました。北海道の別荘で娘の響子さんが蜂に刺される『蜂のキモチ』や『思い出のドロボー』など、尺との関係で泣く泣く削ったものも実はたくさんあります。映像になった中で特に思い入れが強いのは飼い犬のハナ(劇中ではハチ)の思い出話ですね。『グチャグチャ飯』はみんなが好きなエピソードで、たっぷり丁寧に描かれています」

 映画の構成には当初、母・娘・孫の女性3世代の家族の物語をしっとり描く案が挙がっていたという。

「ですが、これだけヒットしているエッセイです。私自身もそうでしたが、原作を読んで励まされる読者側の目線があったら感情移入できて、もっとエンタメとして楽しめる作品になるんじゃないかなって。

 男女を問わずみんな、愛子先生みたいな人にバシッと背中を叩かれたいという願望があると思うんです。そこで愛子先生に励まされる私たちの代表として編集者を据えて、断筆宣言をして書きたくない作家先生VS書かせたい編集者の物語にしたらどうだろう、と考えたのが大枠の始まりです」

 編集者がいかにして『女性セブン』の連載にこぎつけたか、佐藤さんと編集者の駆け引きの顚末は、事前資料のひとつとして大島さんの元へも送られていた。手土産を持って日参し、週刊誌でありながら書けるときに書くという前代未聞の「ときどき連載」が始まるまでのくだりは“ほぼ事実”だ。

「先生が書けない理由として、長年の執筆でひどくなった腱鞘炎の痛みを挙げて『もう書くのはやめろという天の配剤だ』と言えば、編集者が『では、もしも指の痛みがなくなったら、その時は天の配剤だと思って連載を引き受けてください』と返すとか、実際のやりとりがとにかくおかしくて(笑い)。印象的なやりとりは映画でそのまま使っています。

 原作(『増補版 九十歳。何がめでたい』)にある、愛子先生の旭日小綬章受章記者会見での問答を映画のゴールとして、編集者とタッグを組んでベストセラーを生み出していく過程に、原作から選りすぐりのエピソードを無理なく組んでいきました」

中高年世代から共感を得る「時代に取り残された編集者」

 かくして大島さんによって生み出されたのが、唐沢寿明さん演じる編集者・吉川真也の猛烈なキャラクターだ。会社では昭和気質なコミュニケーションがパワハラ・セクハラだとやり玉にあがり、家庭では妻と娘に愛想を尽かされる。時代に取り残され哀愁たっぷりの吉川なのだが、映画を観た世の中高年世代からは絶大な共感を得ている。

「そうみたいですね(笑い)。吉川は愛子先生の影響を受けて前向きになって人生が上向く私たち目線のキャラクターとして、先生と絡んだ時にボコボコになれる環境があったらいいなって。そこで、吉川自身が仕事面でも家庭面でも問題を抱えている必要がありました。それはまったくのオリジナルです、念のため。

 職場で若者から煙たがられる吉川ですが、社会でもここ10年で世代間の断絶が進んでいる。ハラスメントの意識は世代によって微妙なラインにしたかったというのがあります。仕事を頑張ってきた中高年にはこれまでの延長線で“それでパワハラになっちゃうの!?”という戸惑いや吉川への共感を生むふるまいでも、若い子からしたら“そんなの許せない”というラインかもしれませんし」

 いつまでも昭和の価値観を引きずる吉川は時代について行けずにモヤモヤするが、その《時代に取り残された》ことが本作のキーワード。佐藤さんからも「時代遅れのばあさんの面白さを描いてほしい」と要望があり、時代遅れの2人の逆襲がテーマとなっている。

「ちなみに吉川が河島英五さんの『時代おくれ』の替え歌を歌って編集部のメンバーをドン引きさせるシーンは、唐沢寿明さんのアドリブです(笑い)。脚本は原作ベースでオーソドックスに作りましたが、監督の遊び心ある演出や撮影現場のアドリブでコメディー度合いが増しています」

面白くなるなら原作になくてもかまわない

 芸達者な役者が集い、癖の強いキャラクターだらけの本作。中でも大島さんの推しは、三谷幸喜さん演じるタクシー運転手だそう。

「まず、三谷さんが出てくださったことがうれしかった。高校生の頃に『王様のレストラン』や『古畑任三郎』シリーズが流行っていて、なんて面白いんだろうと。このドラマを書いているのは誰なんだと、三谷さんのエッセイを読むようになったんです。必ず笑わせてくるところが大好きで、私が脚本家を志すきっかけにもなりました。

 タクシー運転手さんとのやりとりは実は原作の『来るか? 日本人総アホ時代』にある先生の体験談をほぼ生かしているのですが、三谷さんのキャラクターも相まってあの絶妙におかしいやりとりに仕上がりました。あのなんともいえない運転手さんの表情がまたおかしくて(笑い)」

 制作陣もキャストも揃って面白さを追求した本作だが、それは原作者の佐藤さんの意向とも一致した。

「愛子先生には脚本の前段階のプロットから見ていただいていました。面白くなるなら原作になくてもかまわないと、“もっと面白いエピソードがあるのよ”“吉川とのやりとりでこういうセリフはどうかしら”と、たくさん提案をしてくださいました。その助言で映画ならではの愛子先生像が形作られた部分も大いにありますし、先生と担当編集者の実際の関係性からキャラクターの肉付けをした部分もあります。

《先生がもうすこし若かったら再婚したいです》《タイプじゃないわ!》なんて2人のかけあいは、担当編集者のかたが“あと50年早く生まれていたら先生と結婚したかった”と社内向けのスピーチで話していたと聞いて、素敵だなって。結婚したいと思うほど辛辣な歯に衣着せぬ物言いは結局のところ、先生が面倒見のいい、愛されるお人柄なんですよね」

愛子先生の怒りのパワーが引き留めてくれる

 脚本を書く中で気づきを得ることもあった。

「なぜ、怒ることが人を元気にするのか。エッセイからは世の中に反応する大切さが読み取れて、この映画で何を伝えるべきかというメッセージにも重なりました。“いまさら自分が何を言おうとこの社会は変わらないから、もういいや”と、言うことさえ面倒になって諦めている大人は多いと思います。反応するには根気も気力も要りますからね。

 でも社会のちょっとしたことに反応したり怒ったりすることが、活力になる。疲れない生き方をしようとする私たちを“いやいや、違うんだよ”と愛子先生の怒りのパワーが引き留めてくれるんです」

 大島さんの胸を打った愛子のシーンがある。

「また筆をとった愛子先生が“行き場を失った怒りや九十歳のヤケクソ”を綴って吉川から感想を聞き、電話を切って大きく伸びをするシーンです。

 光が差しこむ部屋でわぁーっと両手を広げる草笛さんの表情は晴れ晴れとして、“浅い感想だこと”と言いながらも何かが始まったちょっとした希望や作家としての充実感が滲んで、生きる力がみなぎってくるのが伝わってくるんです。

 世の中に反応することを投げてしまった大人が“よいしょ”と踏ん張れる力に、この映画もなれたらいいなと思います」

「草笛光子 生誕九十年 記念映画」と銘打たれた本作。佐藤さんが90歳の日常をリアルに綴ったエッセイを御年90歳の草笛さんが演じたことも奇跡で、おふたりの燃え滾る活力にも元気をもらえるのだ。

三谷幸喜さん(タクシー運転手役)が笑って読んでいた原作も、実は本物だった!

 リアリティーにこだわった映画の中には“本物”が多数登場する。タクシー運転手らが劇中で大笑いして読んでいた『九十歳。何がめでたい』の単行本は元より本物。

 しかし、吉川が愛子の連載を見事勝ち取った後、編集部で後輩の水野(片岡千之助)に自慢げに見せた新連載のロゴやレイアウトが2015年に女性セブンで始まった連載の“本物”とわかった(覚えていた)人は少ないのではないか。無事に本ができあがり、書店にズラリと並んだ『九十歳。何がめでたい』に添えられたPOPも“本物”。ほかにも“本物”がそこかしこに。ぜひ探してみては!

取材・構成/渡部美也

※女性セブン2024年8月1日号

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