Infoseek 楽天

【老老介護殺人】視力を失い、認知症が進んでしまった妻の節子さん デイサービスで家をあける近隣高齢者との浮気を疑われ… 「白杖で叩かれても周囲に頼ることができなかった」 涙ながらに吉田友貞さん(80)が振り返る殺害直前の介護の日々 

NEWSポストセブン 2024年7月30日 10時56分

《被告人(当時80歳)は、約30年間にわたって、妻・吉田節子と共に生活をしていたが、妻の視覚障害の症状や加齢の進行等により、徐々に生活の介助が必要な状況になり、平成28年頃からは、被告人が家事全般と生活の介助を担っていた。妻は、令和5年夏頃、視力をほぼ失っていた上、急激に認知機能等を悪化させており、同年9月までには、被害妄想の混じった支離滅裂又は攻撃的な言動、徘徊行動等が増し、近隣住民等にも影響が及ぶなどしており、被告人のみでは介助や監督が難しく、他に頼れる家族も見当たらない状況になっていた》(殺人罪に問われた吉田友貞さんの判決文より)

 2023年10月、妻の節子さん(当時85)に対する殺人容疑で警視庁に逮捕された吉田友貞さん(80)。判決文にも記載されたように、節子さんはほぼ目が見えず、重度の認知症に苦しんでいた。

「今年6月、東京地裁で行われた吉田被告の裁判で事実関係に争いはなく、争点は量刑でした。被告は節子さんの首を両手で締め付けた後、電源コードを首に巻き付けて殺害しています。

 介護疲れの殺人だったのか、それとも衝動的な殺人だったのか、裁判員も慎重に検討を重ねて出した結果が、法定刑の下限を下回る執行猶予付きの懲役3年という判決でした。被告の境遇に、島戸純裁判長は説諭で涙ながらに『結果は大変重い。私たちは悩み抜いた上でこの結論にたどり着きました』と語りかけていました」(大手紙司法担当記者)

 高齢夫婦の間で起きた“超老老介護”の果ての悲しい事件。2人の間で何があったのか。判決後、事件現場でもある夫婦で暮らしていた自宅で一人で暮らす吉田さんは、NEWSポストセブンの独占インタビューに応じた。【全5回の2回目。第1回から読む】

殺害現場となった自宅に引っ越した夫の「後悔」

「もともとね、節子は学生時代に目の手術をしているんですよ。節子のお兄さんも同じような手術をしていて、遺伝的に目が悪い家系なんです。お兄さんは今も健在なんだけども、もうまったく見えないんだよね。節子は過去に最先端の手術に成功して、見えていたということのようです。それが、だんだんやっぱり見えなくなってきて、60歳を過ぎたぐらいからかな、見えなくなってきたと言い始めたんです。

 初めは視野狭窄って言うんだけど、視界が狭くなるみたい。そのうち、左がだんだん見えなくなってきて、右だけになってきた」

 約20年前、目が見えづらくなってきた節子さんのために、吉田夫妻は現在の自宅に引っ越していた。

「前のマンションの部屋は3階でした。3階でエレベーターがなくて、階段の上り下りがもう大変だったみたい。手すりがなかったからね、危なかったんです。それで見つけた安い場所が今住んでいるここなんです」

 慣れ親しんだ場所を離れ、新しい場所で始まった生活は節子さんには厳しいものだった。

「節子は初めての場所で視力がどんどん悪くなったもんだから、周りが全然分からなくなっちゃったんです。前のところは長く住んでいたから、買い物も行けたし、近くのコンビニなんて1人でも行けた。近所の人もいて、知り合いもいるわけですよ。それが、こっちに来たら初めての人ばっかりです。最初に挨拶したぐらいなもんで、周囲との付き合いがなくなっちゃったんだよね。

 後から思うとね、僕としては1階だしスロープはあるし、バリアフリーになってるし、 いろいろなところに手すりもあるし、良いところだと思ったんだけどね。本人にはね、もしかしたら、あんまりだったのかもしれない。もっと近場で1階のところを探せばよかったとか、今となっては色々と後悔があります……」

「買い物」に行っただけでも浮気を疑われて

 こう話しうつむく吉田さん。視力だけでなく、認知症も節子さんを蝕んでいた。

「ここに引っ越す少し前からちょっとおかしかったんです。言うことがね。話していると、突然、時系列がおかしくなるんです。急に、30年前、40年前の話が混ざってしまう。俺が知らない頃の話とか。前の亭主(編注:節子さんには離婚経験があった)の話とか。

 難しいのは、何でもない時と、おかしいなって時とそれぞれあるんですね。朝起きて、今日は調子いいなと思って見てるとね、昼頃から、急に悪くなったりね」

 節子さんは吉田さんと30年前に結婚した。節子さんはバツイチで、元旦那が不倫していたことなどが離婚の原因だった。過去の話が混ざってしまう節子さんは吉田さんに対しても『浮気』を疑うようになった。

「いちばん困ったのはね、浮気しているって言い出したことなんです」

 語気を強める吉田さん。

「その前ぐらいから、ポチポチそんなことは言っていたんだけども、冗談半分ぐらいだった。それがだんだん本気になってきた。マジで言っているなっていう。それとね、前の亭主は『女のことでもめるといつもお金くれた』とも言い始めた。

 娘の話を聞いていてもね、そういうことがかなりあったらしくてね。浮気がバレると、5万円とか10万円とかお金をくれたんだって。だから俺にも浮気しているならお金を出せって言ってきたんです」

 買い物に行っただけでも浮気を疑われたと吉田さんは話す。

「スーパー2軒ぐらい寄って1~2時間かかりますよね。すると『どこに行っていた。遅いじゃないか』と始まってしまう。認知症の影響とわかっていても何度もあると辛くなるんです。正論が通らないから反論のしようもないんです。『私が寝ている間、どこに行ってるんだ。隣の奥さんとおかしいんじゃない』と言われたり、デイサービスで家を空けている近隣の方との不倫を疑われたり……。

 一方で、調子のいい時は『買い物行ってきてくれてありがとう。私が足引っ張ってるからごめんね』……とか言うわけなんです」

徘徊が始まり、エスカレートしていった行動

 さらに徘徊も始まった。

「俺はずっとシルバー(人材センター)に行っていたんだけど、節子は去年の5月くらいから1人で勝手に外に出ていき始めちゃって。買い物に行って、帰って来ないんです。2階の人が探してくれたりさ。さっきあの辺にいたよとか。だんだんそれが増えてきたもんだから、1人にしておけなくなってね」

 定年退職後の生き甲斐だったというシルバー人材センターの仕事も辞めた吉田さんだったが、節子さんの行為はエスカレートしていった。

「家を出て行こうとするから、止めるじゃない。そうすると怒って白杖で俺を殴ったりね。玄関にチェーンをかけといても、隙間から白杖を出してバタバタ叩いて『助けてください』って言うんだよ。周辺の人がびっくりしてしまって。

 表に出たら出たで、近くにいる工事の人のところに言って『すみません、警察に電話してください』とか言ったこともあったな。奥さんがこんなふうになっている俺もみっともないけれども、節子本人もみっともないわけじゃない。2人とも見栄っ張りだったからね。俺は節子のかっこ悪いところを人様に見せたくないと思っていたし、節子だってそうなんだろうって」

 壮絶な生活を振り返る吉田さんは、聞き取るのが困難なほど、細い声になったり沈黙することも増えた。

「本人が嫌がってるからヘルパーや外部に頼るのをやめたというのは、優しさじゃないね。やっぱり古い考えだった。嫌がっても、2回目も心療内科の先生に来てもらっていればよかった。俺が引っ張っていくぐらいの、その強さがなかったんだ……」

 “老老介護”の現場では、高齢者が他人の手を借りることを「恥」と考え、自分たちですべてを抱え込み、取り返しのつかない事態になることがしばしばある。吉田さんもまさに、「家庭の問題は家庭内で解決する」ということに固執してしまったようだ。

 吉田さんと節子さんは、周囲に助けを求めることができずに、いよいよ“運命の日”を迎えることになる──。

(第3回に続く)

この記事の関連ニュース