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【老老介護殺人】妻を絞殺した老人・単独インタビュー「はじめは大きな声を出すから口を押さえようと…」30年連れ添った認知症の妻の首を絞め、さらに血圧計の電源コードが目について

NEWSポストセブン 2024年7月30日 15時57分

 7月初旬、東京・世田谷区にある私鉄の駅から15分ほど歩いた住宅街に佇む、3階建て都営住宅の1階。NEWSポストセブンの記者が取材のためにインターホンを押すと、吉田友貞さん(80)はスリッパを人数分用意して待っていてくれた。

 部屋の間取りは3LDK。玄関から見て右手の3畳ほどの狭い部屋には、整理しきれていない洋服や書類が積まれている。リビングに入ると、小さな丸い机と椅子が4脚あり、テレビが見やすい席が吉田さんの定位置のようだ。机の上には、拡大鏡と書類が1束置かれていた。リビングの右手には5畳ほどの和室があり、節子さんの仏壇が鎮座している。そこには節子さんが好きだったという大きな白いユリの花が供えられていた。隣の洋服ダンスの上には、2人の思い出の写真が5枚ほど飾られている。

 リビングの左手にも同じく5畳ほどの部屋があり、この部屋が事件の現場になった。現在はほとんどものがないが、当時は吉田さんと節子さんのベッドが2台並んで置かれていた。

 2023年10月1日頃、吉田さんは同居していた当時85歳だった妻・節子さんの首を絞めて殺害した。今年6月20日に行われた判決公判で、東京地裁は吉田さんに懲役3年、執行猶予5年の有罪判決を言い渡した。事件の背景に、視力がほぼない上に重度の認知症を患っていた節子さんへの介護疲れが吉田さんにあったとして「自覚のないまま疲労や疲弊感を蓄積させた」と情状酌量の余地があると判断された、異例の判決だった。

 果たしてその実情は……。吉田さんは累計5時間にわたり、記者の取材に応じた。【全5回の第3回。第1回から読む】

徘徊行為、錯乱状態…限界に達していた介護疲れ

 自宅で取材に応じた吉田さんが節子さんの介護について振り返る。

「俺はいろいろな仕事をしてきたけど、介護なんてしたことなかったからね。例えばね、節子はおしめは嫌がるわけね。だから尿漏れパッドをずっとしてたんですよね、下着に貼るタイプです。それも本人は意識がはっきりしてると嫌がるんだ。漏れちゃってもいい。大丈夫だよって。大変だったよ、本当に。

 水も飲みたがらない。それで放っておくと、脱水症状になっちゃう。痙攣みたいなの起こして、救急車で運ばれたこともあるからね。それはここ2年くらいの話ですよ」

 一般的な介護の負担の他にも、節子さんは「浮気しているだろう」「金を払え」と言ってくることもあったという。徘徊などで近隣に迷惑をかけてしまうことも多く、吉田さんは周囲に相談もせずに一人追い詰められていく。酒にも溺れていった。

「呑兵衛だが、どんなに酒を飲んでも、誰かに暴力を振るったことは一度も無い」と話す吉田さん。なぜ殺害するまで追い込まれたのか。

「(昨年の)9月20日のことなんだけど、雨が降っていたんです。節子はチェーンがかかった玄関扉から顔を出して『助けてください』と叫んだ。隣近所のことが気がかりだった。その後の数日もひどいので、7119(救急安心センター)に電話したんですよ。錯乱状態みたいになっていたから、鎮静剤みたいなものをもらえないかなと思って。救急車をまわしてもらったのが、26日あたりです。

 ひどかった時は建物の端から端までインターホン押してね。話している内容はそれぞれ違ったんだけど、『警察を呼んで』とか『暴力を受けている』とかね。このときの俺の気持ちは、節子には何度も言っていたんだけどね、『静かにしてくれねえかな』ってのが正直いちばんでした」

 そして「節子を殺して自分も死のう」と考え始めたのは9月の下旬頃だった。

携帯電話に残された殺害直前の心境

「9月28日から29日ぐらいからね、 あんまりはっきりしないんですよ。覚えてもいないってことです。だから、うちのやつも死亡日時も推定になってるんですね。そう、推定で10月1日頃になっているんです。俺がはっきりと覚えていないもんだから」

 介護疲れに加えて、相当量の酒を飲んだ。追い込まれていたのだろう。当時、事件前後の心境を携帯電話のメール機能にメモしていた吉田さん。法廷でも明かされたこのメモは、記憶が曖昧になっている中で、吉田さんの心境がわかる証拠として注目された。

2023 9/30 01:02
なかなか死ぬ踏ん切りができません。でも限界です!!やって見ます。ご迷惑をお掛けします。

2023 9/30 01:08
書いている自分と見ている自分が居るみたいで変な気分です!!最後の最後まで親身になって下さった●●(実際には実名)様有難うございました。

2023 9/30 1:29
死ねるかな?!出来るかな?!わからないけど息ぐるしいです

2023 9/30 02:04
刃物は傷つけてかわいそうなので首を締めようと思います。自分が死ねるか心配です!!

2023 9/30 02:26
まだ勇気が出ません。有るったけの酒を飲んで頑張って見ます。

2023 9/30 09:59
みっともなく酔い潰れて朝です!!まだ生きてます。飲み直します頑張れ。

2023 9/30 19:06
かわいそうだよな、節子の頭の中どうなってるのかな(いずれも原文ママ)

 事件が置きた10月1日について話を聞く。

妻の首に手をかける直前の心境は

「いつもは何時間か経つと、静かになって寝てくれたわけね。でもね、あの時はね、ここ(取材場所となった吉田さん宅のリビング)で昼飯を食べた後もずっと調子が悪かった。すぐに(家から)出て行こうとしちゃうから、連れ戻してベッドに連れて行って。俺はベッドに座って4時間ぐらい話したんだろうな。

 正論が通じなかった。いつものように浮気したとか、お財布を盗んだとか、そういう話でした」

 夕食後も節子さんの様子は変わらない。

「食べている時も辻褄が合わない話をずっと。支離滅裂な話をしてて、話もあっち行ったりこっち行ったりするし、今日の話から10年前、30年前の話が全部一緒になってくるから。おっきな声出して怒り始めるしね。

 すぐに出て行こうともする。どれだけ時間が経っても終わらない。午後6時前後から食事して、普通だったら9時頃になると寝るんだけども、寝ないしね。しょうがないから向こう(ベッドがある部屋)へ連れてって、ベッドに横並びでまた座って、話をしていた」

 延々と続く、辻褄の合わない会話、節子さんの怒鳴り声、吉田さんはついに手を出す。

妻の首を絞めた「電気コード」その時

「初めは大きな声を出す節子をおさえるつもりで、右手だけで口を抑えてるつもりだったからね。刑事にも検察官にも何度も聞かれたけども、そんなに強烈に抵抗されたっていう意識がないんです。初っ端の取り調べの警察官の調書だと、口から泡を吹いてなんとかって言ったけど、そんな覚えないんだよね」

 捜査当局は介護疲れというよりも、衝動的な犯行とみて捜査を続けた。それには理由がある。吉田さんは節子さんの首を手で締めただけではないからだ。

「手で締めた段階でもう、もしかしたら死んでいたのかもしれない。でもね、気を失ったようにも見えて、(節子が)気がついたらうるさいんだろうな、また始まるんだろうなっていうのがあったよね、どっかにね。

 ベッドに2人で並んでいました。つき当たりの本棚の上に血圧計をのっけていたから、その電気コードがこう垂れているわけです。また節子が気がついたら、騒ぎ出すんだろうなっていうのが(頭の)どっかにあったんだよね」

 吉田さんはまったく動かない節子さんの首にコードを巻き付け力一杯、締めつけていた。沈黙が続き、部屋が重い空気に包まれる。

「(節子さんが死んだほうが)自分自身が楽になるのかなっていう気があったことは事実だよ。だから、こういうことを言うと、また弁護士さんに怒られる。それは独りよがりな感覚でね。それが強固な殺意だって(検察が)いうことになるわけだよね」

 ただ、「もうこれ以上、騒いで欲しくない」という利己的な思いだけではなかったのだという。記者が「節子さん自身を楽にさせてあげたい」という思いがあったのかどうか尋ねると、吉田さんはこう答えた。

「それはないって言ったら嘘になるね。どっかに……。やっぱり……もしかしたら、それで(節子さんが)楽になれるのかなっていうのはね。うん。俺がじゃなくて」

 涙ながらに当時を思い出そうとする吉田さん。

 血圧計のコードを抜いた時の細かい点などを尋ねても「覚えていません」という言葉を繰り返すばかりで、並の精神状態では無かったことが窺える。そうしたなか、ただひとつはっきりと覚えていることがあるという。

「1年近くが経った今でも、(節子の首を締めた)手の感覚は残っています」

 しわだらけの手を見つめながらそう言葉を絞り出した。

(第4回に続く)

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