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体操・宮田選手の五輪辞退に「当然だ!」の声があふれる気持ち悪さ

NEWSポストセブン 2024年7月25日 16時15分

 誰もが簡単に発信できる時代、には負の側面もある。コラムニストの石原壮一郎氏が考察した。

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 日本体操協会の偉い人は、きっと体操経験者が多いんですよね。みなさんバランス感覚が秀でてらっしゃるのかと思ったら、そうでもないようです。パリ五輪の体操女子で代表に決まっていた宮田笙子選手が、喫煙と飲酒を理由に“辞退”に追い込まれました。

 19歳の飲酒や喫煙が、やっとつかんだ五輪行きの切符を取り上げるにほどの重罪だったかどうかは、いろんな考え方があるでしょう。「厳重注意」という選択肢もあったかもしれません。しかし日本体操協会は、わりとあっさり「五輪に出場させない」と判断しました。

 あくまで「本人が辞退した」という形にしたところや、知る限り協会の幹部や役員は誰も処分されていないあたりは、持ち前のバランス感覚の成せる業とお見受けいたします。きっと協会の偉い人たちは、20歳になるまで飲酒も喫煙もしなかった清廉潔白な人たちばかりなんでしょう。そして、宮田選手を迷いなく非難している匿名の人たちも。

 この処分に対しては、スポーツ関係者やタレントや政治家など、多くの著名人から疑問の声が上がりました。陸上で3大会連続で五輪に出場した為末大氏は、Xに「問題だったとは思いますが、代表権を奪うほどではないと思います。どうか冷静な判断をお願いします」と投稿。タレントの高知東生氏も、Xに「19歳の飲酒喫煙で、大人達がこんな一斉攻撃するのやめようぜ。(中略)人一倍頑張ってきた若者の少しばかりの失敗を、大袈裟に騒ぐことが正義なのか?」と強く異を唱えました。

 異論反論があるのは前提として、こういう意見が出てくるのは至極もっともです。ただ、「やりすぎだ」という声をはるかにしのぐ勢いで、ネット上は「法律や規則を破ったんだから辞退は当然だ!」という「正しいことを言う人」の声で埋め尽くされました。自分の「正しさ」をより補強したいのか、「ほかにもこんなことがあったらしい」と根拠のない推測をくっつけて、「だから当然だ!」と言っている人も多くお見受けしました。

「正しい意見」を主張している限り「正しい側」にいられる

 3000歩ぐらい譲って、今回の処分が「やむを得ないこと」だったとしても、ネット上に圧倒的な比率で「当然だ!」の声があふれる光景には、得も言われぬ気持ち悪さと、一種の怖さを覚えずにはいられません。ひとつひとつの書き込みは、それなりに「ごもっとも」であり、ひとりひとりは義憤にかられて書いてらっしゃるんでしょうけど。

 どこにどう気持ち悪さを感じてしまうのか、目を閉じて考えてみました。ひとつは、多くの人が競い合って「正しい意見」を主張しているところでしょうか。「お酒とタバコは二十歳になってから」というのは、いちおう常識だし、法律でも定められています。そこを論拠に責め立ている分には、自分の正当性を疑う必要はありません。

 ネット上では、処分の重さの「妥当性」を疑問視しただけでも、「法律に違反したヤツの肩を持つのか!」「それを許したら世の中の秩序が崩れる!」という批判の矢が飛んできそうです。結果として、ますます「正しい意見」ばかりがあふれることになり、その範囲内で「場所が」とか「立場が」などとちょっと工夫を凝らして書いていれば、多数派に属している安心感を覚えつつ、自分なりのオリジナリティを発揮した気にもなれます。

 そもそも、なぜこれだけ多くの人たちが、わざわざ手間や時間をかけて「19歳で飲酒と喫煙をするなんてケシカラン!」と叫びまくる必要があるのか。「よくないなあ」と感じたとしても、具体的に迷惑を被ったわけでもなく、言ってみれば自分には関係ない話です。

 きっと、叫ぶことで“ご褒美”があるに違いありません。一生懸命に想像してみました。もしかしたら、世間的に「今、何を言ってもいい」とされている標的に石を投げることで、「いいことをしている快感」や「正義の味方になった気分」を感じられるからでしょうか。何だったら「世直しに貢献している自分」にウットリすることも可能です。

匿名なのになぜ進んで長いものに巻かれに行きたがるのか

 気持ち悪さと同時に怖さも感じたのは、そんな「正しい意見合戦」が、ほぼ100%匿名の人たちによって行われているところ。実名で意見を表明している人たちは、多くが「やりすぎだ」と言っていました。ちなみに、このコラムもいつも最初に私の名前を記しているのに、それを読み取れないのか、勢いよく「書き手の名前を出せ!」と言ってくる方がたまにいます。繰り返しになって恐縮ですが、コラムニストの石原壮一郎が書いています。

 話がそれました。匿名で意見を表明する数少ないメリットは、自分の立場や周囲の目を気にしなくてもいいところ。「19歳なんだから酒やタバコぐらいいいじゃないか。みんなやってたよね」と言っても、明日から職場で後ろ指を指されたりはしません(よっぽどひどいことを言えば、匿名ではいられなくなる可能性はありますけど)。

 自由な身分にもかかわらず、なぜ「いい子」になりたがる人が圧倒的に多いのか。基本的に匿名で誰かを責めたり批判したりする行為に対しては、激しい違和感と疑問を覚えます。それはさておき、誰に頼まれたわけでもなく、無意識のうちに「いい子」の側に立ってしまうというのは、どういう心理なんでしょうか。何を恐れているのでしょうか。

 いや、人様の生き方に口をはさむのはおこがましいですね。今回の件で、多くの人が自ら進んで「長いものに巻かれにいく光景」をたっぷり見ました。ひとりひとりに悪気はなくても、客観的には「寄ってたかって弱い者いじめをしている図式」になるんだと、あらためて感じました。「ああいうことはしないようにしよう」と、他山の石にさせていただきます。「世間様とはそういうものだ」ということも学びました。ありがとうございます。

 いよいよパリ五輪が開幕するタイミングで、盛り上がった気分に水を差すようなコラムはご迷惑だったでしょうか。ともあれ、参加するすべての選手にとって、楽しく有意義な大会になりますように。そして、無責任な人たちの鬱憤を晴らすために、がんばっている選手が謎な理由でバッシングを受ける事態が起こりませんように。

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