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『海のはじまり』『あの子の子ども』フジ異例の“妊娠ドラマリレー”の意味は?

NEWSポストセブン 2024年7月29日 11時15分

 この夏ドラマで話題を呼んでいるのが、月9『海のはじまり』(フジテレビ系)だ。妊娠が1つの題材となっているが、その翌日火曜日のフジテレビのドラマ『あの子の子ども』でも高校生の妊娠がテーマになっている。異例とも言える“妊娠ドラマリー”。その背景にあるものとは? コラムニストでテレビ解説者の木村隆志さんが解説する。

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 4週連続Xの世界トレンド1位やTVerの再生数などから、『海のはじまり』(フジテレビ系、月曜21時)が夏ドラマ最大の話題作となっているのは間違いないでしょう。月9ドラマ『海のはじまり』は、ヒット作『silent』(フジテレビ系)のスタッフが再集結し、目黒蓮さんが主演を務めるオリジナル作品です。

 注目すべきは、放送前の予想をはるかに上回るシビアな世界観。「さまざまな形の“親と子”のつながりを通して描く、愛の物語」とハートフルなムードを掲げながら、主人公・月岡夏(目黒蓮)と大学時代交際していた南雲水季(古川琴音)の妊娠と中絶同意を経ての出産、現在の恋人・百瀬弥生(有村架純)の妊娠と中絶の過去、さらに水季の母・朱音(大竹しのぶ)の不妊治療などが扱われています。

 気になるのは、同じフジテレビ系で放送されている『あの子の子ども』(カンテレ制作、火曜23時)。こちらは高校2年生の川上福(桜田ひより)が妊娠し、戸惑いながらも懸命に現実と向き合おうとする姿が描かれています。

 つまり、「『海のはじまり』が大学生、『あの子の子ども』が高校生の妊娠を真っ向から扱った作品」ということ。しかも同じフジテレビ系で月・火曜の連日放送するという異例の編成に驚かされます。なぜ今夏、両作の“妊娠ドラマリレー”が行われているのでしょうか。

現代の妊娠・出産・中絶をリアルに

 どちらの作品も主人公たちはどこにでもいる普通の大学生や高校生として描かれています。その上で特筆すべきは、避妊、検査、診察、妊娠、中絶など出産にまつわる描写がリアリティたっぷりに描かれていること。

『海のはじまり』では水季が夏に「人工妊娠中絶に対する同意書」への署名を求めるシーンに驚きの声があがっていましたし、『あの子の子ども』では避妊具の破損からアフターピルの処方、妊娠検査薬の使用、産科医の対応などがドキュメンタリーのように描かれました。

 また、『海のはじまり』は水季が中絶をやめて出産した一方で、同時期に同じクリニックに通っていた弥生は中絶を選択。その対比を描くことで視聴者に妊娠と出産・中絶を考えさせる作品になっています。『あの子の子ども』も福の妊娠を知った恋人・月島宝(細田佳央太)が、妊娠週の数え方、中絶手術のリミットと費用、出産した場合の想定などをノートにまとめて見せるなど、やはり視聴者に考えさせるようなシーンが目立ちます。

「“学生の妊娠”をテーマに設定し、出産や中絶にかかわるリアルな描写を重ね、視聴者に考えさせる」というプロデュースの背景にあるのは、「学生が夏休みの時期に放送して、同年代の男女に見てもらいたい」という制作サイドの思い。さらに両親・兄弟姉妹・友人など周囲への影響、夢への距離感も丁寧に描くなど、多くの人々に当事者として見てもらうための工夫が見られます。

 月・火曜に連続放送することで、両作の登場人物とその言動を比べて見やすいのはもちろん、年齢や世界観の異なる作品だけに「こちらのほうが見やすい」などと少なくとも1作は見てもらいやすいことも“妊娠ドラマリレー”という編成が実現した背景の1つでしょう。

 近年「セックスレス」がテーマの作品が増えたことと同じように、繊細なテーマのドラマは「家族と一緒に見づらい」という人も、TVerなどの配信視聴が普及してスマホでこっそり見られるようになりました。以前よりも“学生の妊娠”がテーマの作品を放送しやすくなっているのです。

「安易な美化や肯定」は禁物

 それでも過去を振り返ると、“学生の妊娠”というテーマの作品はこれまで何度かドラマ化されてきました。

 主な作品をあげていくと、まず1979年の『3年B組金八先生 第1シリーズ』(TBS系)では中学生の妊娠がメインエピソードとして扱われました。1980年の『愛のA・B・C・D』(日本テレビ系)と2006年の『14歳の母』(日本テレビ系)は、中学生の妊娠そのものがテーマの作品。

 さらに2015年の『コウノドリ 第1シリーズ』(TBS系)第5話で中学生の妊娠、2018年の『グッド・ドクター』(フジテレビ系)第2話で女子高生の妊娠、同年の『透明なゆりかご』(NHK総合)第5話などで中学生の妊娠がフィーチャーされました。また、昨夏放送の『18/40~ふたりなら夢も恋も~』(TBS系)でも主人公の大学生・仲川有栖(福原遥)が18歳で妊娠。戸惑いながらも出産し、夢もあきらめない姿が描かれました。

 制作サイド、ひいては放送局にとって“学生の妊娠”は定期的にドラマ化しておきたいテーマということでしょう。ただ、“学生の妊娠”を扱ったドラマは、「低年齢での妊娠・出産を美化している」「学生の妊娠・出産に対する意識の低さを肯定している」などの批判も集まりやすいため、制作サイドには細心の注意が求められます。

 安易に美化せず、肯定せず、具体的かつシビアに描かなければならない。しかし、ドキュメンタリーのようなドラマになると肝心の若者に見てもらいづらくなるだけに、どのようにドラマ性を高めていくのか。どんなキャラクター設定とキャスティングなら見てもらえるのか。制作サイドにとって心理描写と状況描写やキャラクターとキャスティングのバランス感覚が求められる難しいテーマの作品でしょう。

 今夏は学生の妊娠だけでなく、シングルの子育てやステップファミリーを扱った作品などもあり、「親子であらためて命について考えられる良質なドラマがそろった」と言っていいかもしれません。

【プロフィール】
木村隆志(きむら・たかし)/コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。雑誌やウェブに月30本前後のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』『どーも、NHK』などの批評番組に出演し、番組への情報提供も行っている。タレント専門インタビュアーや人間関係コンサルタントとしても活動。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』など。

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