Infoseek 楽天

「暑さに強い馬はいない」蛯名正義・調教師が語る“競走馬の暑さ対策”の難しさ 水分を上手に吸収させることも重要

NEWSポストセブン 2024年8月3日 15時15分

 1987年の騎手デビューから34年間にわたり国内外で活躍した名手・蛯名正義氏は、2022年3月から調教師として活動中だ。蛯名氏の週刊ポスト連載『エビショー厩舎』から、暑い夏における競走馬の体調管理についてお届けする。

 * * *
 夏競馬のパドックでも、馬はバテている様子もなく、闘志を内に秘めつつ、淡々と歩いているように見えるかもしれません。走るのが嫌そうなそぶりを見せることもなく、レースでもしっかりジョッキーの言うことを聞いて、勝負どころでギアをあげてくれる。そんな馬の頑張りには、本当に頭が下がります。

 パドックでポタポタ汗をかいていると体調に問題ありなどと言われることがありますね。でも、暑い時期ならば汗をかくのが普通で、むしろかいていない方が心配です。熱が体内にこもっている可能性があります。

 夏場に頭角を現わして勝ち星を重ね、秋に向けて着々と賞金を積み重ねている馬はいますが、それは気候とは関係なく、体が絞れ、走りとフィットしてきたということも考えられます。そもそも暑さに強い馬というのはいないと思っています。

 この時期厩舎では馬が暑さ負けしないように注意をしています。暑さ負けしてくると、飼い葉食いが悪くなったり、なかなか馬房から出たがらなかったりします。ひどくなってくると目の周りにクマができたり、牡馬だと睾丸が腫れてきたりします。こうなると、競馬で良いパフォーマンスを発揮するのは難しくなってきます。

 僕はジョッキー時代に、夏の暑さに負けないよう、水分補給や食事の摂り方などを勉強してきました。人間は普段夏になると冷たい飲み物やアイスクリームを口にして一息ついたりします。

 しかし冷たくて美味しいというのは脳が感じていること。レースとレースの合間にカラダに入れるものとして、それがベストなのかというと、そうではないような気がします。長年自分でそういうことを体感してきました。わりと暑さには強い方で夏場の成績もよかったはずです(北海道生まれですが、実は寒いのが苦手です)。

 特に夏場の水分摂取はとても大事で、汗で出た分の量を飲めば良いというものではなく、いかにカラダに吸収されやすいものを、負担をかけずに摂るかだと思っています。

 それは馬でも同じではないかなと思っているのです。通常厩舎では、馬がいつでも水を飲めるように馬房に水を用意していて、更にその水分を上手に吸収させることも注意しています。

 馬が運動などでかいた汗には、水分の他ナトリウム、カリウム、塩素などの電解質が多く含まれています。馬の夏負け対策には、水分と共に失われた電解質の補給が必要だと思います。人間のように、スポーツドリンクのようなものってないのかなとか、もっと吸収が早い、失ったものをすぐ補給できるような飲み物はないものかなど、いろいろ研究されているようです。

 ただ難しいのは、そこに馬の嗜好が入ってしまうこと。なんでもかんでも飲んでくれる、食べてくれるということはないのです。いまはサプリメントなども研究されていて、飼い葉と一緒に食べさせようとするのですが、何かが気に食わないのか、飼い葉はしっかり平らげているのに、サプリメントだけ残していたりすることもあるのです。

 これは飲食物だけに限りません。たとえば、気温が高いのにエアコンがきいている場所を嫌がる馬もいる(笑)。不思議な動物ですよね。

【プロフィール】
蛯名正義(えびな・まさよし)/1987年の騎手デビューから34年間でJRA重賞はGI26勝を含む129勝、通算2541勝。エルコンドルパサーとナカヤマフェスタでフランス凱旋門賞2着など海外でも活躍、2010年にはアパパネで牝馬三冠も達成した。2021年2月で騎手を引退、2022年3月に52歳の新人調教師として再スタートした。この連載をベースにした小学館新書『調教師になったトップ・ジョッキー~2500勝騎手がたどりついた「競馬の真実」』が発売中。

※週刊ポスト2024年8月9日号

この記事の関連ニュース