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《「あれは誰?」「軍用地主の息子よ」で大爆笑》沖縄『お笑い米軍基地』コント集団の挑戦、悲しい歴史もそこにある矛盾も「コントなんだ」

NEWSポストセブン 2024年8月1日 16時15分

「基地を笑え!」──沖縄が抱える歴史は複雑だが、そんなコンセプトを掲げてコントとして表現するお笑い集団がいる。戦後79年を迎える今、彼らの挑戦と胸中に、ノンフィクションライターの中村計氏が迫った。

 * * *
 今日イチ──。お笑いの世界では、その日、いちばんウケた人や場面をそんな風に表現することがある。

 沖縄では、そのシーンはいつだって「今日イチ」だった。

 ヤンバルクイナの親子が、人間世界の観察にでかけるというコント中でのこと。冒頭で、ソファーに寝転がっている太り気味の若者が登場する。チップスを食べながら、携帯をいじっている男を眺めた親子は、こんなやりとりを展開する。

子「あれは誰?」
母「軍用地主の息子よ」

 このセリフが導火線となり、大爆笑が起きる。笑いが収まると、こんな説明が続く。

母「憧れの存在なの。国からガッポガッポお金が入ってくるのよ」

 ここで再び大爆笑。

「軍用地主」と言われても県外だとピンとこない人のほうが多いに違いない。この場面で爆発的な笑いが起きるところに、沖縄人の鬱積した思いが潜んでいる。

 沖縄に『基地を笑え!お笑い米軍基地』という舞台を上演する大人気のコント集団がいる。旗揚げは2005年だ。今年、20年目を迎えた。企画、脚本、演出、製作総指揮を一手に担うのは那覇市出身の芸人「まーちゃん」こと、小波津正光である。

 喜劇王と呼ばれたチャールズ・チャップリンを敬愛する小波津は、彼の〈人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ〉という名言をたびたび引き合いに出す。

「沖縄も同じなんですよ。沖縄には悲しい歴史もある。でも、東京で活動していたときに気づいたんです。ちょっと引いて眺めてみたら沖縄そのものがコントなんだな、と」

 小波津が最初に考えたコントは『人の鎖』だった。人の鎖とは、基地反対運動のうちの一つで、大勢で手を繋ぎ基地を取り囲むパフォーマンスのこと。コントの中では人数が足りず、鎖が繋がりそうで繋がらない。それを何とかしようとドタバタが起きるのだが、最後、ようやく繋がりかけたところで参加者の一人が帰ると言い出す。理由を聞くとこう答えるのだ。

「このあとね、嘉手納カーニバルに遊びにいく」

 ここでどっと笑いが起きる。嘉手納カーニバルとは何万人もの客を集める基地開放イベントのことだ。小波津が言う。

「沖縄の人は『基地はんたーい!』って言いながら、基地内で働くことに憧れたり、カーニバルを楽しみにしている。その矛盾を矛盾と思っていない。僕たちの舞台を観て初めて気づくんですよ。そうそう、そういうところあるよなって」

軍用地主のタブーを解禁

 軍用地主とは、米軍や自衛隊に基地のための土地を貸している人たちのことである。

 太平洋戦争中、アメリカに占領された沖縄は、戦後も多くの土地を米軍基地として接収されたままだ。そのうちの一部は民間の土地だったため、日本政府は、その地主たちに今も賃貸料を支払い続けている。

 沖縄の新聞には日常的に「軍用地買います」等の不動産会社の広告が掲載されている。軍用地は借主が「日本国」ゆえ、滞納や未払いのリスクがなく、近年は資産運用の投資先としても注目されているのだ。

 ただ、それだけに県民感情は決して穏やかなものではない。忌み嫌うべき米軍基地の存続に手を貸し、しかも、そのことによって大金を得ている人たち。それが沖縄県民の抱く軍用地主の一般的なイメージだ。つまり、嫉妬の対象である。

 軍用地主は、その身分を明かすことはほとんどない。嘉手納基地や普天間基地など主要な米軍基地が集中する沖縄中部の人たちは人間関係がこじれるのを恐れ、そもそも米軍基地の話題を口にすることさえないという。「軍用地主の息子よ」のセリフで笑ってしまうのは、普段は口にできないけれども、自分の中に巣食うそんな嫉妬心に気づかされるからでもある。

 じつはソファーで寝そべっていた芸人、モコモコもとしはリアルな軍用地主の息子でもある。

「僕の家が軍用地を持っているのを知ったのは高校生のときです。あるとき、おじー(祖父)が教えてくれたんです。今にして思うと、小さい頃からおじーがよくお小遣いをくれたりしていて、周りの人よりは暮らしに余裕がありました」

 お笑い米軍基地は沖縄人の共感を得るために、便宜上、コントの中では米軍基地反対の立場に立つことが多い。ただ、もとしは「僕は米軍基地がなくなったら困るんです」という。

「だから、まーちゃんさん(小波津)に聞いたことがあるんです。自分のような人間が舞台に立っててもいいんですか、って。そうしたら『おれの舞台は基地反対でも賛成でもないよ。お笑いだよ』って。それを聞いてすごい楽になりましたね」

 とはいえ、もとしは自分の家がどれだけ軍用地を持っていて、毎年、どれだけの賃貸料を得ているのかはまったく知らないのだという。

「両親はそんなものはない、って言ってます。僕を油断させたくないのだと思います。僕は実家暮らしなのですが、バイトもしているし、最低限のお金は自分で稼ぐようにしています。あの役をもらったとき、親のことはちょっとだけ気になりました。でも、父親は『おもしろかったよ』と言ってくれましたね」

「お笑いって、懐が深いじゃないですか」

 軍用地主の家族が顔をさらして取材を受けるのは異例中の異例だ。もとしは、取材を受けた理由をこう語る。

「積極的に語りたいとは思わないけど、聞かれたら否定はしない。それに、自分じゃなきゃ明かせないと思うんです。お笑いって、懐が深いじゃないですか。嫉妬も笑いに変えることができる。あんなに笑ってくれるんですから。米軍基地は永久に答えの出ない超難問。だからといって、無関心になってしまうことがいちばんよくない。僕がこうして話すことで少しでも関心を持ってもらえるなら、それが僕の使命なのかなって」

 小波津は、もとしのために冒頭のコントをつくったのだと話す。

「芸人は職業ではなく生き様。僕は芸人として彼にもっと自由になって欲しかった。あのコントは、そんな僕からのメッセージでもあります」

 もとしの話を聞き、ひとつだけ心配でならなかったことがある。

──蓋を開けたら両親が言うように軍用地なんて持っていなかった、ということもあるのでは?

「ありえますよね。でも、それでもいいです。芸人として、そのオチはおいしいので」

【プロフィール】
中村 計(なかむら・けい)/1973年、千葉県生まれ。ノンフィクションライター著書に『甲子園が割れた日』『勝ち過ぎた監督』など。近年はお笑い関連の取材・執筆を多く手がける。趣味は落語鑑賞。近著に『笑い神 M-1、その純情と狂気』。

※週刊ポスト2024年8月9日号

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