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山内マリコさん、『マリリン・トールド・ミー』についてインタビュー「今回初めてフェミニズムについてストレートに書きました」

NEWSポストセブン 2024年8月1日 7時15分

【著者インタビュー】山内マリコ/『マリリン・トールド・ミー』/河出書房新社/1870円

【本の内容】
 物語は「二〇二〇年・春」に始まる。《三月十二日、登録したばかりの学生用アドレスに大学からメールが届く。「新型コロナウイルス感染症の拡大により、本年度の入学式は中止いたします」。コロナ、なんか思ってるよりだいぶ深刻なんだって、はじめて焦った》。コロナが世界を襲った春、18歳の瀬戸杏奈は母と離れ、東京の大学に入学するためひとり上京した。自粛を余儀なくされる孤独な生活のなか、枕元に置いた《プリンセス・テレフォン》が鳴る。《やだごめんなさい、もう寝てた?》。電話してきたその女性は、マリリン・モンロー。若くして亡くなったモンローにあるはずだった未来、そして杏奈の大学生活は──。

一番怒っているのは大学生だろうなと思った

 マリリン・モンローについて書きたいと、ずっと思っていたそうだ。

 1980年生まれの山内さんが、1962年に亡くなったマリリンに興味を持ったのはどういうきっかけだったのだろう。

「元々映画が好きで、昔の俳優の名前には結構くわしいんですけど、昔からマリリン・モンローが特別好きだったというわけではありませんでした。

 数年前に田中美津さん(女性活動運動家、鍼灸師)の『いのちの女たちへ』を読んだとき、ウーマン・リブの第一人者が書かれた名著ですが、マリリンのことは他者化されていて『ん?』と引っかかったんですね。男性の評価だけを気にして生きている女の総称として『モンローのような女』が使われているのにも違和感があって。マリリン・モンローをフェミニズムの文脈でとらえ直したら面白いのではと思いました」

 書きたいと思いつつ、他にも仕事を抱えていて、まとまった時間がなかなかとれなかった。2022年に雑誌『文藝』から「怒り」をテーマにした特集で短篇を依頼され、書きたくてうずうずしていたマリリンのことを、まず短篇で書いてみることにした。

「主人公を大学生にしたのは、そのとき一番怒っているのは大学生だろうなと思ったからです。飲み会を開いてクラスターを起こしたと叩かれたり、せっかく入った大学の授業もオンラインに切り替わったり、サークル活動もバイトも思うようにできず友だちも作れない。大学生の中にふつふつと溜まっている怒りを、マリリンと組み合わせて書いてみようと考えたんです」

 地方都市の、豊かではない家庭で育った杏奈は、シングルマザーの母の後押しもあって東京の大学に進学するが、入学した2020年にコロナ感染が始まり、授業も受けられない状態が続く。

 東京の狭いマンションで孤独な毎日を送る杏奈のもとに深夜、1本の電話がかかってくる。かけてきたのは60年近く前に亡くなったマリリン・モンローで、杏奈は自分以上に孤独なマリリンの話し相手になる。

「古い電話機に死んだ人から電話がかかってくるという設定は、これまでの私の小説のリアリティラインからはかなり逸脱しています。でも、コロナが広がりはじめた2020年には、こんなありえないことが起きるのかという、世界線がゆがむような感覚がありました。ありえないことが起きてもそれほど突飛ではない、という感じだったので、これでいける、と」

 杏奈は社会学部の学生で、3年生になるとジェンダー学のゼミに入る。杏奈がマリリンについて知っていく過程は、山内さんがマリリンの人生を知る過程そのものだそう。

「過去の文献を探すと、1980年代、1990年代に出版されたマリリンの伝記の大半は、男性の著者によって書かれたもの。今読むと書き手のバイアスを感じて読んでいて不快になることがありました。視点を変えたくて、最近アメリカで出た未邦訳の本を翻訳アプリを使って読んだり、国会図書館で古い雑誌にあたって、マリリンがどんなふうに日本で受容されていったのかを調べるといったリサーチに切り替えました」

 頭の弱いセックスシンボルのイメージを押し付けられることにマリリンが苦しんでいたことは知っていたが、伝記の書き手の側にもバイアスがあったのではないかという山内さんの指摘には、目からウロコが落ちる思いをした。

自分と同世代をちゃんとした大人として書こうと心がけた

 杏奈がマリリンの孤独に向き合う、1人暮らしの部屋の場面は杏奈の視点で語られるが、大学では視点が変わって杏奈も登場人物の1人になる。ゼミのやりとりはリアルで、実際に大学で行われているゼミを取材させてもらったそうだ。

「私も大学ではゼミに入っていたんですがほとんど記憶がなくて(笑い)。今のゼミって、学生たちが全部運営していて、ゼミ長の学生が『なんでも聞いてください』と頼もしかったり、みんな勉強熱心で、とても刺激になりました」

 10人のゼミ生を半分に分けて、教室に来るグループとオンラインで参加するグループを交互に振り分けるハイブリッド型の授業は、コロナの時代ならではのものだろう。

 ゼミを指導する松島教授と、杏奈の母、杏奈の親の世代の若い人に対するつかず離れずの距離感が絶妙だ。

「ふだんは見守って、必要最低限なところだけ話に入る松島教授のやり方は、見学させてもらった先生の距離感そのままですね。松島教授は非正規の教員歴が長くて上の教員につぶされそうになったことがある設定にしていて、自分がそういう目に遭ったからこそ下の世代を抑圧してはいけないという思いが強い。私は松島教授や杏奈の母親世代に属しているので、同世代をちゃんとした大人として書こうと心がけました」

 20代で小説の新人賞を受賞したとき、これから何が書きたいか編集者から聞かれた山内さんは「女の子どうしの友情」と答えたそうだ。それは少女小説で書くことで、大人の女性作家は恋愛小説を書いてください、と編集者に言われて衝撃を受けた経験がある。

「自分の書きたいものって何だろうって考えているときに、上野千鶴子さんの『女ぎらい』を連載で読んで、頭を殴られるというか0.01ぐらいだった視力が2.0まで回復する感じがして、いきなり世界の見え方が変わりました。書きたいと思っていた『女の子どうしの友情』だって立派なフェミニズムだったんだとわかったのが30歳のときで、それが作家のスタート地点です。

 そこから現在まで、フェミニズムを物語の中に溶け込ませるようにしてずっと小説を書いてきましたが、今回はマリリンをよく知らない大学生の女の子がマリリンを研究するという設定なので、踏み込んで、フェミニズムについてストレートにわかる内容になっています。この本を読んでマリリン・モンローの印象が変わったという感想を聞くこともあって、書いてよかったなと思います」

【プロフィール】
山内マリコ(やまうち・まりこ)/1980年富山県生まれ。2008年に「女による女のためのR—18文学賞」読者賞を受賞。2012年、受賞作を含む連作短編集『ここは退屈迎えに来て』でデビュー。そのほか『アズミ・ハルコは行方不明』『あのこは貴族』『選んだ孤独はよい孤独』『一心同体だった』『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』などの小説や、『買い物とわたし お伊勢丹より愛をこめて』『山内マリコの美術館は一人で行く派展』『結婚とわたし』などのエッセイ集がある。

取材・構成/佐久間文子

※女性セブン2024年8月8・15日号

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